「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

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第36話 【突破口】泥だらけの凱旋と、社員たちの叛逆

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午前9時50分。東京、大手町。


近代的な高層ビルが立ち並ぶオフィス街を、場違いな一台の車が走っていた。


車体の下半分が泥で茶色く染まった、白い軽トラック。

その助手席で、私は絶望的な光景を目にしていた。


「……嘘でしょ」


フロントガラスの向こう。
目指す一条グループ本社ビルの正面玄関前は、黒山の人だかりになっていた。


パトカーの赤色灯が回り、規制線が張られ、無数のマスコミがカメラを構えている。

さらに、警棒を持った私設警備員たちが、蟻の這い出る隙間もないほどに配置されていた。


「……母上も必死だな」


ハンドルを握る蓮が、サングラス越しにその光景を睨んだ。


「『部外者の侵入を防ぐ』という名目だろう。俺の顔を見たら、即座に取り押さえて総会終了まで拘束する気だ」


「どうするの!? 正面突破なんて無理だよ!」


「強行突破はリスクが高い。……軽トラごと特攻するか?」


「ダメに決まってるでしょ! 逮捕されちゃう!」


時刻は9時55分。
株主総会開始まで、あと5分。

ここで足止めを食らえば、すべてが終わる。

蓮が悔しそうにハンドルを叩いた、その時だった。


「……蓮、裏口へ回って!」


「裏口?」


「そう! 地下駐車場の搬入口! 私、あそこの構造なら詳しいから!」


私はかつて、このビルの『清掃員』として働いていた記憶を呼び覚ました。
そして、ウエディングプランナーとして機材を搬入した経験も。


「正面は封鎖されてるけど、地下のゴミ収集ルートなら、この時間は収集車が出入りするためにゲートが開いてるはず!」


「……なるほど。汚れたルートか。今の俺たちにはお似合いだ」


蓮はニヤリと笑い、急ハンドルを切った。


軽トラがタイヤをきしませ、ビルの裏通りへと滑り込む。

予想通り、地下へのスロープには『搬出作業中』の看板が出ていた。

警備員は……一人だけ!


「止まれ! 関係車両以外は立ち入り禁止だ!」


警備員が慌てて立ちはだかる。

しかし、蓮はアクセルを緩めない。


「どけェッ!!」


「ひぃッ!?」


猛スピードで突っ込んでくる泥だらけの軽トラに恐れをなし、警備員が横っ飛びに避ける。

私たちはそのまま、薄暗い地下駐車場へと突入した。


キキーッ!

急ブレーキと共に、軽トラが搬入口のシャッター前で止まる。

しかし。


「……くそッ! 閉まっているだと!?」


なんと、開いているはずのシャッターが、完全に下ろされていた。
百合子会長は、裏口すらも封鎖していたのだ。


「万事休すか……」


蓮がハンドルに突っ伏した。
51%の株があっても、会場に入れなければただの紙切れ。

ここまで来て、私たちは負けるのか。


「……諦めないで!」


私はドアを開け、軽トラから飛び降りた。
そして、閉ざされたシャッターに向かって叫んだ。


「開けて! お願い、誰かいないの!?」


「無駄だ美月。……中も掌握されているはずだ」


「違う! 中にいるのは敵だけじゃない!」


私はシャッターをガンガンと叩いた。


「みんな、聞こえる!? 私よ、相沢美月よ!」


「社長が帰ってきたの! 私たちの『魔王』が帰ってきたのよ!!」


「開けて! お願いだから!!」


私の声が、地下駐車場に虚しく響く。

……反応はない。


ダメか。
そう思って膝から崩れ落ちそうになった、その時。


ガガガガガ……!


重苦しいモーター音が響き、シャッターが少しずつ上がり始めた。


「……!」


蓮が顔を上げる。

シャッターの向こうから現れたのは、数人の警備員たちが、数人の「スーツ姿の男女」に取り押さえられている光景だった。


「放せ! 社長命令だぞ!」
「うるさい! 俺たちの社長は一人だけだ!」


警備員を羽交い絞めにしているのは、かつて蓮が引き抜き、そして私が『Operation Wedding』で鼓舞した、新会社の社員たちだった!


「相沢さん! 社長!」


先頭に立っていた法務部の男性が、乱れたネクタイのまま叫んだ。


「お待ちしておりました! 会場までのルートは確保してあります!」


「お前たち……!」


蓮が軽トラから降り立つ。
その目には、驚きと、それ以上の熱い感情が浮かんでいた。


「……社長。遅刻ですよ」


社員の一人が、泣きそうな顔で笑った。


「さあ、行ってください! 百合子会長の解任動議、準備は万端です!」


「……ああ。よくやった」


蓮はジャケットの襟を正し、泥だらけの革靴で一歩を踏み出した。


「行くぞ、美月。……俺たちの城へ」


「はいッ!」


私たちは社員たちが作ってくれた花道を駆け抜けた。

目指すは最上階、大会議室。

エレベーターが上昇する。
数字が増えるたびに、私の心臓の鼓動も早くなる。


チン。

到着のベルが鳴った。

時刻は10時00分ジャスト。


「……準備はいいか」


「いつでも」


蓮が私の手を強く握る。

そして。


バンッ!!


重厚な会議室の扉が、蓮の蹴りによって豪快に開け放たれた。


「――待たせたな」


数百人の株主、役員、そして議長席に座る百合子会長。
全員の視線が、泥だらけの私たちに突き刺さる。


静寂を切り裂き、魔王の帰還。

伝説の株主総会が、今、幕を開ける。
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