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第38話 【女帝の落日】引導を渡す者、そして逆転の採決
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「……はっ、あはははは!」
静まり返った会場に、百合子会長の乾いた高笑いが響いた。
彼女は扇子で口元を隠し、蔑むような目で蓮を見下ろした。
「51%の遺言書? ……何を言い出すかと思えば。そんなカビの生えた紙切れ一枚で、この私が退くとでも?」
彼女は役員たちを見渡した。
「皆さん、騙されないで。これは明らかに『偽造』よ。……横領の次は公文書偽造なんて、どこまで落ちるつもりかしら」
「偽造ではない。……祖父の直筆と実印だ」
「証明できるの? 亡くなった人の筆跡なんて、どうとでも真似できるわ。……警備員! この妄想に取り憑かれた不法侵入者を摘み出しなさい!」
百合子会長の指示で、会場の隅に控えていた数人の男たちが動き出した。
株主たちも「やっぱり偽物か……」「警察を呼べ」とざわめき始める。
数字(株数)の力を見せつけても、それを「無効」と言い張る権力者。
このままでは、力づくで排除される。
「……往生際が悪いな、母上」
蓮は動じなかった。
泥だらけのスーツのポケットから、もう一つの切り札――スマートフォンを取り出した。
「証明なら、ここにいる」
蓮がスマホを演壇のマイクに近づけ、スピーカーモードにした。
『……百合子。見苦しいぞ』
会場のスピーカーから、重厚で、誰もが聞き覚えのあるしゃがれた声が響き渡った。
その声を聞いた瞬間、百合子会長の顔が凍りついた。
「そ、その声は……源次郎様……?」
『お前が信じぬなら、ワシが証人になろう。……その遺言書は、10年前に先代とお前の父が、ワシの目の前で作成し、神崎に託したものじゃ』
画面には、ビデオ通話で繋がった源次郎翁の顔が映し出されている。
一条グループのご意見番にして、百合子会長が唯一頭の上がらない重鎮。
その彼が、蓮の正当性を保証したのだ。
『百合子よ。……お前は経営者としては優秀だった。だが、人の親としては失格じゃ』
翁の声が、静かに、しかし重く会場に染み渡る。
『蓮は、泥を啜ってでも這い上がってきた。……その姿こそ、創業者が求めた「不屈の精神」そのもの。……今こそ、席を譲る時じゃ』
「そ、そんな……まさか翁まで……!」
百合子会長がよろめき、演台に手をついた。
彼女の絶対的な権威が、音を立てて崩れ去っていく。
さらに、追い打ちをかけるように、株主席から一人の男が立ち上がった。
「……私も、証言します」
震える声。けれど、はっきりとした意思を持って立ち上がったのは、蓮の父・壮一郎氏だった。
「あ、あなた……!?」
「その遺言書は本物だ。……父さんが書くのを、私も見ていた」
壮一郎氏は、初めて妻の目を真っ直ぐに見返した。
「百合子。もう終わりにしよう。……僕たちは、蓮の翼を折ることしかしてこなかった。……これ以上、あの子の邪魔をするのはやめよう」
「あ、あなたまで……! 裏切るの!?」
「裏切りじゃない。……親としての、せめてもの償いだ」
夫の反逆。
翁の証言。
そして、目の前に突きつけられた51%の遺言書。
会場の空気が一変した。
「解任だ!」「新社長を認めろ!」
先ほどまで静観していた株主たちが、一斉に蓮の名前を叫び始めたのだ。
オセロの黒が、一瞬にして白へと裏返る。
それは、恐怖政治が終わる瞬間だった。
「……採決を取る」
蓮は静かに告げた。
「現経営陣の解任、および、一条蓮の新社長就任に賛成の方は……起立を願います」
ザッ。
その音は、波のようだった。
会場にいた9割以上の株主が、一斉に立ち上がったのだ。
源次郎翁の5%、浮動票、そして蓮自身の51%。
圧倒的多数。
「……可決されました」
蓮は百合子会長を見た。
彼女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちていた。
「……終わりだ、母上」
蓮はマイクを置き、演壇を降りた。
そして、呆然とする役員たちや、興奮する株主たちの間を通り抜け、私のもとへ戻ってきた。
「……蓮」
「終わったぞ、美月」
彼の顔には、勝利の昂りも、復讐の喜びもなかった。
ただ、長い長い旅を終えた旅人のような、安らかな表情があった。
「帰ろう。……俺たちの、本当の家に」
「うん……!」
私は泥だらけの彼に抱きついた。
会場中から、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それは、新社長への祝福であり、泥にまみれて愛を貫いた「人間・一条蓮」への称賛だった。
私たちは拍手の中、手を取り合って会場を後にした。
後ろで百合子会長が何かを叫んでいた気がするけれど、もうその声は私たちには届かなかった。
こうして、一条グループ史上最大の「お家騒動」は幕を閉じた。
しかし、物語はまだ終わらない。
すべてを手に入れた魔王が、最後に叶えるべき「たった一つの願い」が残っているのだから。
静まり返った会場に、百合子会長の乾いた高笑いが響いた。
彼女は扇子で口元を隠し、蔑むような目で蓮を見下ろした。
「51%の遺言書? ……何を言い出すかと思えば。そんなカビの生えた紙切れ一枚で、この私が退くとでも?」
彼女は役員たちを見渡した。
「皆さん、騙されないで。これは明らかに『偽造』よ。……横領の次は公文書偽造なんて、どこまで落ちるつもりかしら」
「偽造ではない。……祖父の直筆と実印だ」
「証明できるの? 亡くなった人の筆跡なんて、どうとでも真似できるわ。……警備員! この妄想に取り憑かれた不法侵入者を摘み出しなさい!」
百合子会長の指示で、会場の隅に控えていた数人の男たちが動き出した。
株主たちも「やっぱり偽物か……」「警察を呼べ」とざわめき始める。
数字(株数)の力を見せつけても、それを「無効」と言い張る権力者。
このままでは、力づくで排除される。
「……往生際が悪いな、母上」
蓮は動じなかった。
泥だらけのスーツのポケットから、もう一つの切り札――スマートフォンを取り出した。
「証明なら、ここにいる」
蓮がスマホを演壇のマイクに近づけ、スピーカーモードにした。
『……百合子。見苦しいぞ』
会場のスピーカーから、重厚で、誰もが聞き覚えのあるしゃがれた声が響き渡った。
その声を聞いた瞬間、百合子会長の顔が凍りついた。
「そ、その声は……源次郎様……?」
『お前が信じぬなら、ワシが証人になろう。……その遺言書は、10年前に先代とお前の父が、ワシの目の前で作成し、神崎に託したものじゃ』
画面には、ビデオ通話で繋がった源次郎翁の顔が映し出されている。
一条グループのご意見番にして、百合子会長が唯一頭の上がらない重鎮。
その彼が、蓮の正当性を保証したのだ。
『百合子よ。……お前は経営者としては優秀だった。だが、人の親としては失格じゃ』
翁の声が、静かに、しかし重く会場に染み渡る。
『蓮は、泥を啜ってでも這い上がってきた。……その姿こそ、創業者が求めた「不屈の精神」そのもの。……今こそ、席を譲る時じゃ』
「そ、そんな……まさか翁まで……!」
百合子会長がよろめき、演台に手をついた。
彼女の絶対的な権威が、音を立てて崩れ去っていく。
さらに、追い打ちをかけるように、株主席から一人の男が立ち上がった。
「……私も、証言します」
震える声。けれど、はっきりとした意思を持って立ち上がったのは、蓮の父・壮一郎氏だった。
「あ、あなた……!?」
「その遺言書は本物だ。……父さんが書くのを、私も見ていた」
壮一郎氏は、初めて妻の目を真っ直ぐに見返した。
「百合子。もう終わりにしよう。……僕たちは、蓮の翼を折ることしかしてこなかった。……これ以上、あの子の邪魔をするのはやめよう」
「あ、あなたまで……! 裏切るの!?」
「裏切りじゃない。……親としての、せめてもの償いだ」
夫の反逆。
翁の証言。
そして、目の前に突きつけられた51%の遺言書。
会場の空気が一変した。
「解任だ!」「新社長を認めろ!」
先ほどまで静観していた株主たちが、一斉に蓮の名前を叫び始めたのだ。
オセロの黒が、一瞬にして白へと裏返る。
それは、恐怖政治が終わる瞬間だった。
「……採決を取る」
蓮は静かに告げた。
「現経営陣の解任、および、一条蓮の新社長就任に賛成の方は……起立を願います」
ザッ。
その音は、波のようだった。
会場にいた9割以上の株主が、一斉に立ち上がったのだ。
源次郎翁の5%、浮動票、そして蓮自身の51%。
圧倒的多数。
「……可決されました」
蓮は百合子会長を見た。
彼女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちていた。
「……終わりだ、母上」
蓮はマイクを置き、演壇を降りた。
そして、呆然とする役員たちや、興奮する株主たちの間を通り抜け、私のもとへ戻ってきた。
「……蓮」
「終わったぞ、美月」
彼の顔には、勝利の昂りも、復讐の喜びもなかった。
ただ、長い長い旅を終えた旅人のような、安らかな表情があった。
「帰ろう。……俺たちの、本当の家に」
「うん……!」
私は泥だらけの彼に抱きついた。
会場中から、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それは、新社長への祝福であり、泥にまみれて愛を貫いた「人間・一条蓮」への称賛だった。
私たちは拍手の中、手を取り合って会場を後にした。
後ろで百合子会長が何かを叫んでいた気がするけれど、もうその声は私たちには届かなかった。
こうして、一条グループ史上最大の「お家騒動」は幕を閉じた。
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