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第45話 【錬金術師の逆襲】100億の札束と、0円の価値
しおりを挟む会場に入った瞬間、蓮は不機嫌そうにサングラスをかけ直した(屋内です)。
都内の超高級ホテル『グランド・ミレニアム』の大宴会場。
シャンデリアの輝き、宝石をまとったセレブたち、そして飛び交う万札の香り。
「あら、見て。あの方……」
「なんて素敵なドレスなの。どこのブランドかしら?」
ざわめきが起こる。
視線の先は、蓮ではなく――私だった。
「えっ……私?」
「当然だ。……素材はともかく、俺の仕立て(フィッティング)は完璧だからな」
蓮は鼻高々に私の腰に手を添えた。
地下倉庫の廃棄ドレスをリメイクした『ミッドナイトブルー』のドレス。
その落ち着いた色合いと、蓮がミリ単位で調整したシルエットは、派手なドレスを着飾った他の女性たちの中で、逆に「洗練された美しさ」として際立っていたのだ。
「ようこそ! 我が宿敵(とも)よ!」
そこへ、主役のレオナルドが現れた。
彼は全身を金色のタキシード(!)で包み、両脇にモデル美女をはべらせていた。
「へぇ……。みすぼらしいドレスで来るかと思ったけど、意外とやるね。……どこのオートクチュールだい?」
レオナルドが悔しそうに私のドレスを観察する。
「『メゾン・ド・イチジョウ』だ。……非売品だがな」
蓮はニヤリと笑った。
(※原価0円です)
「ふん。……まあいい。勝負は『寄付金額』だ」
レオナルドは指をパチンと鳴らした。
会場の中央に巨大なスクリーンが降りてくる。
そこには『現在の寄付総額』が表示されていた。
「ルールは簡単。……この会場で、最も多くの『価値』を提供した方が勝ちだ」
レオナルドはステージに上がり、マイクを握った。
「レディース・アンド・ジェントルメン! 今宵のチャリティーのために、僕から最初のプレゼントだ!」
彼が合図をすると、天井からバサバサと何かが降ってきた。
それは――小切手だった。
「1枚につき100万円の小切手だ! ……全部で1億円分ある! 拾った人は寄付箱へ入れてくれ!」
「きゃあああ!!」
「レオナルド様ーーッ!!」
会場はパニックになった。
セレブたちが床に這いつくばって小切手を拾う。
品性のかけらもない光景だ。
「……下品な男だ」
蓮は冷ややかに見つめていた。
「どうだい蓮! 君にこれができるか!? ……あ、今の君はキャッシュ(現金)がないんだったね!」
レオナルドが挑発する。
スクリーンには『レオナルド・グラハム:1億円』の文字。
「……美月」
「はい」
「ハンカチを貸せ」
「え? はい」
蓮は私のハンカチを受け取ると、ゆっくりとステージへ上がっていった。
マイクスタンドの前に立つ魔王。
会場が静まり返る。
「……金なら出さない」
蓮の第一声に、会場から失笑が漏れた。
「なんだ、負け惜しみか?」
「落ちぶれたな、一条も」
しかし、蓮は動じなかった。
「現金をばら撒くなど、猿でもできる。……俺が提供するのは『未来の利益』だ」
蓮はポケットから一枚の名刺を取り出し、高々と掲げた。
「これより、俺の『経営コンサルティング権(1時間)』をオークションにかける」
「……は?」
会場がどよめいた。
「俺は先週、倒産寸前だった一条グループを、たった3日で黒字化させた。……そのノウハウを、御社の経営課題に合わせて提供する」
蓮は鋭い眼光で、会場にいる経営者たちを見回した。
「1時間の相談で、10億の利益を生む自信がある。……さあ、欲しい奴は値をつけろ」
シン……と静まり返った直後。
「3000万!!」
「5000万だ! うちの再建を頼む!」
「1億! いや2億出す!!」
爆発的な入札が始まった。
ここにいるのは、金の匂いに敏感な投資家や経営者ばかり。
「現金のバラマキ(100万)」よりも、「魔王の頭脳(数億の利益)」の方が遥かに価値があると、瞬時に計算したのだ。
「な、なんだと……!?」
レオナルドが青ざめる。
価格はあっという間に『5億円』を突破した。
「6億……7億……! おい、誰か止めろ!」
レオナルドが叫ぶが、熱狂は止まらない。
蓮は涼しい顔でハンカチで額を拭きながら、私にウインクを送ってきた。
(見たか。これが『無形資産』の力だ)
「く、くそっ……! ならばこれでどうだ!」
追い詰められたレオナルドが、禁断の一手を打った。
「僕は……その『相沢美月』のドレスに100億出す!!」
「!?」
会場が凍りついた。
100億。
桁が違う。
「どうだ蓮! ……その女のドレスを脱がせて、僕に渡せば100億だ! 勝負は僕の勝ちだ!」
レオナルドが勝ち誇る。
会場の視線が、私と、私の着ているドレスに集まる。
100億の価値がついたドレス。
それを渡すということは、私が公衆の面前で下着姿になるということだ。
「……」
蓮の顔から、表情が消えた。
彼はゆっくりとマイクを外し、レオナルドに歩み寄った。
「……おい」
「ひっ」
マイクを通していないのに、その声は会場の隅々まで聞こえた気がした。
「勘違いするなよ、三流ホテル王」
蓮は私の前に立ち、背中で私を隠した。
「このドレスの原価は0円だ」
「は……?」
「だが、これを着ている美月の価値は『プライスレス(無限大)』だ。……100億? 1兆積んでも、指一本触れさせん」
蓮はレオナルドの胸ぐらを掴み上げた。
「金で女の服を剥ごうとするその性根……経営者以前に、男として終わっている」
蓮が手を離すと、レオナルドは腰を抜かしてへたり込んだ。
「……勝負あったな」
その時。
パチ、パチ、パチ……。
会場の隅にいた老紳士が拍手を始めた。
それは、世界的なファッションデザイナー、ジャン・ピエール氏だった。
「ブラボー! ……『0円の素材で無限の美を創る』。これこそが真のラグジュアリーだ!」
ワァァァァァッ!!
会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
それはレオナルドの金への称賛ではなく、蓮の「美学」と「愛」への称賛だった。
スクリーンには『勝者:一条蓮』の文字。
寄付金額は『測定不能(プライスレス)』と表示されていた。
「……帰るぞ、美月」
「うん……!」
蓮は私の手を取り、堂々と会場を後にした。
レオナルドは床に散らばった小切手の上で、呆然と口を開けていた。
「……ふぅ。疲れた」
帰りのタクシー(経費節約のためハイヤーではない)。
蓮はネクタイを緩め、シートに深く沈み込んだ。
「かっこよかったよ、蓮。……100億断るなんて」
「当然だ。……あんな薄汚い金で、お前の肌を晒せるか」
「でも……コンサル権、7億で落札されちゃったけど……」
「……あ」
蓮が固まった。
「……忘れていた。落札したのは確か、大阪の『なにわ建設』の社長だったな」
「うん。『明日から毎日来てや!』って言ってたよ」
「……地獄だ」
蓮が頭を抱えた。
勝負には勝った。
美月も守った。
しかしその代償として、多忙な社長業に加え、大阪のおっちゃんのコンサル業務(激務)が追加されてしまったのだった。
「……美月」
「はい」
「スケジュール調整、頼む。……あと、移動は深夜バスだ。新幹線代がもったいない」
「えええー!?」
世界一かっこいい魔王様は、やっぱり世界一ドケチな経営者だった。
それでも、0円のドレスを着た私は、世界で一番幸せなシンデレラなのかもしれない。
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