借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第9話 悪魔の証明と、沈黙する色彩

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「では、ミニマム・ベット(最低賭け金)は1億円とさせていただきます」

ラプラスの無機質な声と共に、ゲームが始まった。
最低1億円。つまり、僕はあと29回負ければ、前頭葉を切り取られて廃人となる。
一般的な感覚では狂気の沙汰だが、この71億の負債を返済するには、これくらいのレートでなければ話にならない。

「ベット。1億円だ」

僕はチップを置いた。
ラプラスの手が動き、カードが配られる。

僕の手札:『J(10)』と『7』。合計17。
ディーラーのオープンカード(見せ札):『Q(10)』。

ブラックジャックにおいて「17」は、強くも弱くもない微妙な数字だ。
通常なら「スタンド(引かない)」がセオリー。
だが、このデッキには「2~6」がない。
もしディーラーの伏せ札(ホールカード)が『A』や『10』なら、相手は20か21。
僕の負けだ。

「……スタンドだ」

僕は確率に従い、ステイを選んだ。
この変則ルールでヒット(もう1枚引く)すれば、ほぼ確実にバーストする。
相手がバーストするのを待つのが、唯一の論理的生存ルートだ。

ラプラスが伏せ札を開く。
『8』。
合計18。

「ディーラー18。プレイヤー17。
……You Lose(あなたの負けです)」

チップが回収される。
負債総額カウンターが動く。
-7,243,508,542円。

「くっ……! いきなり1億が消えたぞ!」
能見が悲鳴を上げる。

「静かにしろ。ただの確率の偏りだ」

僕は冷静さを保ち、次のチップを置く。
だが、そこからが地獄の始まりだった。

第2戦。
僕:19。ディーラー:20。
負け。

第3戦。
僕:18。ディーラー:19。
負け。

第4戦。
僕:バースト(23)。ディーラー:18。
負け。

「……おかしい」

10ゲームが経過した頃、僕の背中には冷たい汗が伝っていた。
10戦全敗。
負債は一気に10億円増え、-81億円を突破した。
リミットの100億まで、あと19億。

「あ、芥川さん……これ、ヤバくないですか?
一度も勝ててませんよ!?」

能見がガタガタと震えている。
そんなことは言われなくてもわかっている。

「歪。ラプラスの『色』はどうだ?
イカサマの気配はあるか?」

僕は隣の歪に尋ねた。
彼女はずっとラプラスを凝視している。
だが、その表情は曇ったままだ。

「……見えません。
相変わらず、彼女からは『無』しか感じ取れないんです。
カードを配る手にも、視線の動きにも、感情の色が全く乗っていません。
まるで……自動販売機と戦っているみたい」

歪の「共感覚」は、相手の感情の揺らぎや悪意を色として捉える能力だ。
つまり、相手が「機械的に」イカサマをしている場合、あるいは「完璧に心を殺して」いる場合、彼女の目は無力化される。

「続きまして、第11戦。
レートアップ(賭け金上昇)のお時間です」

ラプラスが淡々と告げた。
運営の罠だ。負けが込んで焦りが生まれたタイミングで、レートを釣り上げて一気に殺しに来る。

「次は、5億円でいかがでしょう?」

「……乗るかよ、そんなの!」
能見が叫ぶ。

「いや、受ける」

僕は5億円分のチップを押し出した。
ここで引けば、ジリ貧で死ぬだけだ。どこかで流れを変えなければならない。

カードが配られる。
僕の手札:『A』と『9』。合計20。
来た。これは強い。
ディーラーのオープンカードは『9』。

こちらの勝率は極めて高い。
確率論で言えば、90%以上の確率で引き分け以上(プッシュ・オア・ウィン)に持ち込める。

「スタンド」

僕は勝利を確信して待った。
ラプラスが伏せ札を開く。

『A』。
合計20。

「……プッシュ(引き分け)です」

チップは戻ってきた。負けではない。
だが、背筋が凍りつくような悪寒が走った。

(まただ……)

ここまでの11戦。
ディーラーの手札は、常に僕の手札を「わずかに上回る」か、あるいは「同点」を出している。
まるで、僕の手札が見えているかのように。
いや、それどころか「これから配られるカード」を知っているかのように。

「……イカサマだ」

僕は低く呟いた。

「カードに細工があるのか? それともシューター(カードケース)に仕掛けが?」

「いいえ。カードは毎回新品を使用し、シャッフルはお客様の目の前で行っております」

ラプラスは無表情のまま答えた。
嘘をついている気配すらない。事実なのだろう。

「じゃあなんで勝てないんだよ!
確率的におかしいだろ! 11回やって一度も勝てないなんて!」
能見が吠える。

僕は思考を加速させる。
確率は嘘をつかない。だが「前提条件」が違えば、導き出される解は変わる。
もし、このゲームが「ブラックジャック」ではなく、別のルールで動いているとしたら?

ラプラスの指先を見る。
流れるようなシャッフル。完璧な配り。
機械的すぎるその動きの中に、人間には知覚できない「ノイズ」が隠されているとしたら?

『残り負債許容量:18億円』

モニターの数字が、赤く点滅し始めた。
あと数回負ければ、僕の脳は物理的に破壊される。

「芥川さん……」

歪が、泣きそうな顔で僕の手を握りしめた。
その手は冷たく、小刻みに震えている。
いつも僕を信じてくれていた彼女が、初めて「恐怖」に飲まれようとしていた。

「ごめんなさい……私、役立たずで……
色が……何も見えなくて……」

「謝るな、歪」

僕は彼女の手を強く握り返した。

「君が見えないなら、僕が見てやる。
この完璧すぎる確率の裏にある、悪魔の尻尾(ロジック)を」

僕はラプラスを睨みつけた。
焦るな。計算しろ。
なぜ彼女は「強い」のか。
なぜ僕の論理(セオリー)は通じないのか。

その時。
ふと、配られたカードの「裏面」が、シャンデリアの光を反射して一瞬だけ光った。

(……反射?)

違和感。
カジノのカードは、光の反射を防ぐエンボス加工がされているはずだ。
だが今、微かに光が歪んだ。

僕は眼鏡のつるに指を当て、数式を組み立て直した。
イカサマの可能性。物理的ギミック。
そして、ラプラスという「観測者」の存在。

一つの仮説が、脳裏をよぎる。

「……なるほど。そういうことか」

僕は口元を歪めた。

「ラプラス。レートを上げよう」

「芥川さん!?」

「次の勝負。――『20億円』だ」

会場がどよめく。
20億。
負ければ即座にリミットオーバー。
僕の人生が終わる、ラストベットだ。

「承知いたしました」

ラプラスの手が動く。
死へのカウントダウンか、それとも起死回生の反撃か。
僕は、見えないはずの「勝利の色彩」を、論理の網膜で捉えようとしていた。
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