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第10話 鏡の国の論理(ロジック)
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「20億円……本気ですか?」
ラプラスの手が、わずかに空中で止まった。
彼女の陶器のような仮面に、初めて「躊躇」の亀裂が入った瞬間だった。
「ああ。僕の負債リミットまで、あと18億しかない。
つまり、この20億の勝負に負ければ、その瞬間に僕の脳は君たちの所有物になる。
……望むところだろう?」
僕は挑発的に笑い、テーブルの上に乱暴にチップを積み上げた。
さらに、手元にあった「71億の負債が入ったタブレット」を、チップの横に無造作に放り投げた。
「さあ、配ってくれ」
ラプラスは無言で頷き、シューター(カードケース)からカードを引き抜いた。
その動きは相変わらず完璧だ。
機械的で、無駄がなく、そして――あまりにも早すぎる。
カードが配られる。
僕の手札:『K(10)』と『Q(10)』。合計20。
最強の手だ。
これなら、ディーラーがブラックジャック(21)を出さない限り、負けることはない。
ディーラーのオープンカード:『A』。
会場が凍りつく。
ディーラーにエースが見えている。
もし伏せ札(ホールカード)が『10』や『絵札』なら、ブラックジャック完成。
僕の20億は即座に没収され、ゲームオーバーだ。
「……インシュランス(保険)は?」
ラプラスが淡々と尋ねる。
インシュランスとは、ディーラーがブラックジャックである可能性に賭けて、保険金を払うルールだ。
「必要ない」
僕は即答した。
「強気ですね。では、勝負を」
ラプラスが、伏せ札に手を伸ばす。
その指先がカードをめくろうとした、その瞬間。
「ストップ」
僕の声が、カジノルームに鋭く響いた。
「……何か?」
「めくる前に、一つ予言をしてやろう」
僕は眼鏡の位置を直し、テーブルに置いた自分の「タブレット」を指差した。
真っ黒な画面が、天井のシャンデリアの光を反射している。
「その伏せ札は『8』だ。
そして、その次にシューターから出てくるカードは『K』。
さらにその次は『Q』だ」
ラプラスの動きが完全に止まった。
「……何を根拠に?」
「根拠? 『物理法則』だよ」
僕はタブレットの画面をコンコンと叩いた。
「君はこの11戦、完璧に勝ち続けてきた。
確率論ではあり得ないほどの勝率だ。
だから僕は観察した。カードではなく、君の『視線』と『光源』を」
僕は天井のシャンデリアを指差した。
「この部屋のシャンデリアは、特殊な波長の光を放っている。
そして、君が使っているカードの裏面には、その光にだけ反応する『偏光インク』が塗られている。
肉眼では見えないが、特定の角度から光を当てると、カードの数字が浮かび上がる仕組みだ」
能見が身を乗り出す。
「えっ!? じ、じゃあ裏から見て数字がわかってたのか!?」
「ああ。
だが、それだけじゃない。
ラプラス、君の位置からなら、シューターに入っている『次のカード』の裏面も見えるはずだ。
君は、次に配られるカードを知っていた。
だから、僕がバーストするカードが来る時はヒットさせ、僕が良い手になる時は、自分が勝てる手になるように『セカンド・ディール(二枚目を配るイカサマ)』で調整していたんだろう?」
「……」
ラプラスは沈黙している。肯定も否定もしない。
「証拠ならあるぞ。
僕のタブレットを見ろ」
僕はテーブルに置いたタブレットの角度を変えた。
黒い画面が鏡となり、シューターに入っているカードの裏面を映し出す。
そこには、シャンデリアの光を受けて、薄っすらと浮かび上がる『K』の文字が見えた。
「なっ……見えた! 本当に見えたぞ!」
能見が叫ぶ。
「僕は途中から、このタブレットを『鏡』として使っていたんだ。
君が見ている世界を、僕も共有させてもらったよ」
僕はラプラスを冷徹に見据えた。
「さて、予言の答え合わせだ。
伏せ札をめくれ。それは『8』だ」
ラプラスは、もはや逃げ場がないことを悟ったのか、ゆっくりとカードをめくった。
『8』。
合計19。
僕の手札は20。
ディーラー19。
――僕の勝ちだ。
「……プレイヤー、ウィン」
ラプラスの声が、初めて震えた。
20億円分のチップが、倍の40億円になって僕の手元に押し寄せた。
負債総額カウンターが逆回転を始める。
-6,143,508,542円。
一撃で20億を取り返し、さらに利益を上乗せした。
リミットまでの距離が、一気に安全圏へと遠のく。
「バカな……偏光インクの波長は、人間の網膜では感知しにくい設定のはず……」
ラプラスが小声で漏らす。
その「人形」のような仮面が剥がれ落ち、動揺する「人間」の顔が覗いていた。
「残念だったな。
僕の隣には、色彩のエキスパートがいるんだ」
僕は歪を見た。
彼女は、僕がタブレットを置いた瞬間から、僕の意図に気づいていた。
「歪。君には見えていただろ?
僕のタブレット越しに映った、あのカードの『色』が」
「はい!」
歪が力強く頷いた。
「直接見てもわからなかったけど……
芥川さんのタブレットという『黒い鏡』を通した時だけ、カードの裏に『気持ち悪い緑色の数字』が浮かんで見えました!
だから私、芥川さんが20億賭けた時も、怖くありませんでした!」
そう。
彼女の共感覚は、直接的な光には反応しなかったが、反射光(間接光)になった途端に、その異常性を感知したのだ。
僕の「物理的推論」と、彼女の「感覚」。
二つが合わさって初めて、このイカサマは見抜けた。
「さあ、ラプラス。
イカサマの種は割れた。
ここからは、お互いに手札が丸見えの『完全情報ゲーム』だ」
僕は積み上がった40億円のチップを、すべて前に押し出した。
「次も全額ベット(コロガシ)だ。
次は君が、恐怖する番だ」
ラプラスの手が震え、カードを取り落とした。
確率の魔女は、鏡の国で自らの魔法に溺れ、敗北した。
ラプラスの手が、わずかに空中で止まった。
彼女の陶器のような仮面に、初めて「躊躇」の亀裂が入った瞬間だった。
「ああ。僕の負債リミットまで、あと18億しかない。
つまり、この20億の勝負に負ければ、その瞬間に僕の脳は君たちの所有物になる。
……望むところだろう?」
僕は挑発的に笑い、テーブルの上に乱暴にチップを積み上げた。
さらに、手元にあった「71億の負債が入ったタブレット」を、チップの横に無造作に放り投げた。
「さあ、配ってくれ」
ラプラスは無言で頷き、シューター(カードケース)からカードを引き抜いた。
その動きは相変わらず完璧だ。
機械的で、無駄がなく、そして――あまりにも早すぎる。
カードが配られる。
僕の手札:『K(10)』と『Q(10)』。合計20。
最強の手だ。
これなら、ディーラーがブラックジャック(21)を出さない限り、負けることはない。
ディーラーのオープンカード:『A』。
会場が凍りつく。
ディーラーにエースが見えている。
もし伏せ札(ホールカード)が『10』や『絵札』なら、ブラックジャック完成。
僕の20億は即座に没収され、ゲームオーバーだ。
「……インシュランス(保険)は?」
ラプラスが淡々と尋ねる。
インシュランスとは、ディーラーがブラックジャックである可能性に賭けて、保険金を払うルールだ。
「必要ない」
僕は即答した。
「強気ですね。では、勝負を」
ラプラスが、伏せ札に手を伸ばす。
その指先がカードをめくろうとした、その瞬間。
「ストップ」
僕の声が、カジノルームに鋭く響いた。
「……何か?」
「めくる前に、一つ予言をしてやろう」
僕は眼鏡の位置を直し、テーブルに置いた自分の「タブレット」を指差した。
真っ黒な画面が、天井のシャンデリアの光を反射している。
「その伏せ札は『8』だ。
そして、その次にシューターから出てくるカードは『K』。
さらにその次は『Q』だ」
ラプラスの動きが完全に止まった。
「……何を根拠に?」
「根拠? 『物理法則』だよ」
僕はタブレットの画面をコンコンと叩いた。
「君はこの11戦、完璧に勝ち続けてきた。
確率論ではあり得ないほどの勝率だ。
だから僕は観察した。カードではなく、君の『視線』と『光源』を」
僕は天井のシャンデリアを指差した。
「この部屋のシャンデリアは、特殊な波長の光を放っている。
そして、君が使っているカードの裏面には、その光にだけ反応する『偏光インク』が塗られている。
肉眼では見えないが、特定の角度から光を当てると、カードの数字が浮かび上がる仕組みだ」
能見が身を乗り出す。
「えっ!? じ、じゃあ裏から見て数字がわかってたのか!?」
「ああ。
だが、それだけじゃない。
ラプラス、君の位置からなら、シューターに入っている『次のカード』の裏面も見えるはずだ。
君は、次に配られるカードを知っていた。
だから、僕がバーストするカードが来る時はヒットさせ、僕が良い手になる時は、自分が勝てる手になるように『セカンド・ディール(二枚目を配るイカサマ)』で調整していたんだろう?」
「……」
ラプラスは沈黙している。肯定も否定もしない。
「証拠ならあるぞ。
僕のタブレットを見ろ」
僕はテーブルに置いたタブレットの角度を変えた。
黒い画面が鏡となり、シューターに入っているカードの裏面を映し出す。
そこには、シャンデリアの光を受けて、薄っすらと浮かび上がる『K』の文字が見えた。
「なっ……見えた! 本当に見えたぞ!」
能見が叫ぶ。
「僕は途中から、このタブレットを『鏡』として使っていたんだ。
君が見ている世界を、僕も共有させてもらったよ」
僕はラプラスを冷徹に見据えた。
「さて、予言の答え合わせだ。
伏せ札をめくれ。それは『8』だ」
ラプラスは、もはや逃げ場がないことを悟ったのか、ゆっくりとカードをめくった。
『8』。
合計19。
僕の手札は20。
ディーラー19。
――僕の勝ちだ。
「……プレイヤー、ウィン」
ラプラスの声が、初めて震えた。
20億円分のチップが、倍の40億円になって僕の手元に押し寄せた。
負債総額カウンターが逆回転を始める。
-6,143,508,542円。
一撃で20億を取り返し、さらに利益を上乗せした。
リミットまでの距離が、一気に安全圏へと遠のく。
「バカな……偏光インクの波長は、人間の網膜では感知しにくい設定のはず……」
ラプラスが小声で漏らす。
その「人形」のような仮面が剥がれ落ち、動揺する「人間」の顔が覗いていた。
「残念だったな。
僕の隣には、色彩のエキスパートがいるんだ」
僕は歪を見た。
彼女は、僕がタブレットを置いた瞬間から、僕の意図に気づいていた。
「歪。君には見えていただろ?
僕のタブレット越しに映った、あのカードの『色』が」
「はい!」
歪が力強く頷いた。
「直接見てもわからなかったけど……
芥川さんのタブレットという『黒い鏡』を通した時だけ、カードの裏に『気持ち悪い緑色の数字』が浮かんで見えました!
だから私、芥川さんが20億賭けた時も、怖くありませんでした!」
そう。
彼女の共感覚は、直接的な光には反応しなかったが、反射光(間接光)になった途端に、その異常性を感知したのだ。
僕の「物理的推論」と、彼女の「感覚」。
二つが合わさって初めて、このイカサマは見抜けた。
「さあ、ラプラス。
イカサマの種は割れた。
ここからは、お互いに手札が丸見えの『完全情報ゲーム』だ」
僕は積み上がった40億円のチップを、すべて前に押し出した。
「次も全額ベット(コロガシ)だ。
次は君が、恐怖する番だ」
ラプラスの手が震え、カードを取り落とした。
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