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第12話 最短経路の計算(ダイクストラ)
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「芥川さん、待ってください! 本気でこの中を進むんですか!?」
能見の悲鳴が、狭いダクト内に反響する。
カジノルームの床下にあるメンテナンス通路は、大人がようやく一人通れる程度の広さしかない。四方八方に巡らされた太いケーブルが、血管のように脈打ち、熱を帯びている。
「静かにしろ、能見。計算が狂う」
僕はタブレットを片手に、壁面の配線構成をスキャンし続けていた。
運営のシステムは「分速5%」という暴力的な金利で僕たちを縛っている。
正規の扉を通り、次のゲームのルール説明を聞き、迷い、葛藤する――その「情緒的な時間」こそが、運営にとっての最大の利益だ。
なら、その時間を物理的にカット(剪定)する。
「歪、右から二番目のケーブルの色はどう見える?」
「えっと……すごく不気味な、濁った紫色に見えます。時々、バチバチって赤い火花が混ざってるみたい」
「……高圧電流か。第2中継サーバーへのメインラインだな。そこは避ける」
歪の「色」は、物理的な危険すら可視化する。
絶縁体の劣化による微細な放電や、過負荷による過熱。
通常の人間には「黒い束」にしか見えない配線が、彼女には「正解の地図」として見えている。
「この先、30メートル地点でダクトが二股に分かれているはずだ。そこを左へ行く」
「な、なんでわかるんですか? 地図も持っていないのに!」
「建築学的な推論だ。
このカジノルームの空調の吸気量と、サーバー室から漏れる排熱のベクトルを逆算すれば、冷却効率の最も高い場所に中央処理装置(CPU)があることは明白だ。
最短経路(ショートカット)は、僕の脳内で既に導き出されている」
僕は匍匐(ほふく)前進で、迷いなく闇を進む。
『……警告、警告。管理区域内への不正侵入を検知』
不意に、ダクト内に合成音声の警告が鳴り響いた。
前方の角から、赤いレーザー光が走る。
「ひっ、見つかった!」
「想定内だ。
運営もバカじゃない。物理的な侵入者に対する『掃除屋(クリーナー)』を配備しているはずだ」
曲がり角の先から、カサカサと不快な機械音が近づいてくる。
暗視カメラと、スタンガン機能を備えた4足歩行型の警備ドローンだ。
この狭いダクト内では、回避は不可能。
「歪、目を閉じろ。能見、舌を噛まないように踏ん張れ」
「え? えっ!?」
僕は持っていたタブレットを、ドローンのレンズに向けて掲げた。
ただ掲げたのではない。
カジノルームから持ち出した、偏光インク付きのトランプを1枚、タブレットの背面に貼り付けていた。
「物理法則の講義(レッスン)だ」
ドローンがスタンガンの電極を突き出し、僕たちを無力化しようと放電を開始した瞬間。
僕はタブレットの画面を最大輝度で発光させ、さらにトランプの「偏光加工」を特定の角度でドローンのセンサーに反射させた。
『エラー。光学センサーのオーバーフロー。再起動を試行――』
強烈な反射光が、狭いダクト内で乱反射する。
さらに、僕はドローンの放電が放つ「電磁ノイズ」を逆利用するように、近くの露出した高圧ケーブルにタブレットの充電コードを突き刺した。
「計算終了(チェックメイト)」
バチィッ!!
激しい火花が散り、ダクト内が真っ白に染まった。
ドローンの電磁波と、高圧電流の干渉による「電磁パルス(EMP)」の発生。
高性能な警備ドローンほど、繊細な基板が過負荷に耐えられず、一瞬でガラクタへと変わる。
「……ふぅ。これでしばらくは追っ手も来ない」
僕はショートして煙を吹くドローンの残骸を蹴り飛ばし、先を急いだ。
「すごすぎる……。
でも芥川さん、今の放電でタブレット、壊れちゃったんじゃ……」
能見が心配そうに僕の手元を覗き込む。
「壊れていない。
放電のピークに合わせて電圧を逃がす回路を、事前に歪のヘアピンを使って即席で組んでおいた。
精密機械を信用しすぎるな、能見。最後に勝つのは、論理だ」
僕は、再び暗闇の中にタブレットの明かりを灯した。
モニターの負債カウンターを見る。
-6,143,508,542円。
金利が更新されるまで、あと12秒。
だが、僕たちの目前には、巨大な鋼鉄の壁が立ち塞がっていた。
マザーコンピュータが鎮座する、第13埠頭の「心臓」へと繋がる隔壁だ。
「さあ、お出ましだ。
金利を司る『死神』の正体を見に行こう」
僕は隔壁の制御盤に、生き残ったタブレットを接続した。
分速5%の利息が僕の人生を食いつぶす前に、システムそのものを「搾取」する戦いが始まる。
能見の悲鳴が、狭いダクト内に反響する。
カジノルームの床下にあるメンテナンス通路は、大人がようやく一人通れる程度の広さしかない。四方八方に巡らされた太いケーブルが、血管のように脈打ち、熱を帯びている。
「静かにしろ、能見。計算が狂う」
僕はタブレットを片手に、壁面の配線構成をスキャンし続けていた。
運営のシステムは「分速5%」という暴力的な金利で僕たちを縛っている。
正規の扉を通り、次のゲームのルール説明を聞き、迷い、葛藤する――その「情緒的な時間」こそが、運営にとっての最大の利益だ。
なら、その時間を物理的にカット(剪定)する。
「歪、右から二番目のケーブルの色はどう見える?」
「えっと……すごく不気味な、濁った紫色に見えます。時々、バチバチって赤い火花が混ざってるみたい」
「……高圧電流か。第2中継サーバーへのメインラインだな。そこは避ける」
歪の「色」は、物理的な危険すら可視化する。
絶縁体の劣化による微細な放電や、過負荷による過熱。
通常の人間には「黒い束」にしか見えない配線が、彼女には「正解の地図」として見えている。
「この先、30メートル地点でダクトが二股に分かれているはずだ。そこを左へ行く」
「な、なんでわかるんですか? 地図も持っていないのに!」
「建築学的な推論だ。
このカジノルームの空調の吸気量と、サーバー室から漏れる排熱のベクトルを逆算すれば、冷却効率の最も高い場所に中央処理装置(CPU)があることは明白だ。
最短経路(ショートカット)は、僕の脳内で既に導き出されている」
僕は匍匐(ほふく)前進で、迷いなく闇を進む。
『……警告、警告。管理区域内への不正侵入を検知』
不意に、ダクト内に合成音声の警告が鳴り響いた。
前方の角から、赤いレーザー光が走る。
「ひっ、見つかった!」
「想定内だ。
運営もバカじゃない。物理的な侵入者に対する『掃除屋(クリーナー)』を配備しているはずだ」
曲がり角の先から、カサカサと不快な機械音が近づいてくる。
暗視カメラと、スタンガン機能を備えた4足歩行型の警備ドローンだ。
この狭いダクト内では、回避は不可能。
「歪、目を閉じろ。能見、舌を噛まないように踏ん張れ」
「え? えっ!?」
僕は持っていたタブレットを、ドローンのレンズに向けて掲げた。
ただ掲げたのではない。
カジノルームから持ち出した、偏光インク付きのトランプを1枚、タブレットの背面に貼り付けていた。
「物理法則の講義(レッスン)だ」
ドローンがスタンガンの電極を突き出し、僕たちを無力化しようと放電を開始した瞬間。
僕はタブレットの画面を最大輝度で発光させ、さらにトランプの「偏光加工」を特定の角度でドローンのセンサーに反射させた。
『エラー。光学センサーのオーバーフロー。再起動を試行――』
強烈な反射光が、狭いダクト内で乱反射する。
さらに、僕はドローンの放電が放つ「電磁ノイズ」を逆利用するように、近くの露出した高圧ケーブルにタブレットの充電コードを突き刺した。
「計算終了(チェックメイト)」
バチィッ!!
激しい火花が散り、ダクト内が真っ白に染まった。
ドローンの電磁波と、高圧電流の干渉による「電磁パルス(EMP)」の発生。
高性能な警備ドローンほど、繊細な基板が過負荷に耐えられず、一瞬でガラクタへと変わる。
「……ふぅ。これでしばらくは追っ手も来ない」
僕はショートして煙を吹くドローンの残骸を蹴り飛ばし、先を急いだ。
「すごすぎる……。
でも芥川さん、今の放電でタブレット、壊れちゃったんじゃ……」
能見が心配そうに僕の手元を覗き込む。
「壊れていない。
放電のピークに合わせて電圧を逃がす回路を、事前に歪のヘアピンを使って即席で組んでおいた。
精密機械を信用しすぎるな、能見。最後に勝つのは、論理だ」
僕は、再び暗闇の中にタブレットの明かりを灯した。
モニターの負債カウンターを見る。
-6,143,508,542円。
金利が更新されるまで、あと12秒。
だが、僕たちの目前には、巨大な鋼鉄の壁が立ち塞がっていた。
マザーコンピュータが鎮座する、第13埠頭の「心臓」へと繋がる隔壁だ。
「さあ、お出ましだ。
金利を司る『死神』の正体を見に行こう」
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