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第13話 熱力学第二法則の番人
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「……開いたぞ」
電子ロックを解除し、重厚な隔壁を押し開ける。
その瞬間、肌を刺すような冷気が吹き出してきた。
第13埠頭の地下深部。
そこは、数千台のサーバーが唸りを上げる「データの墓場」だった。
青白いLEDの光だけが照明代わりの広大な空間。
整然と並んだサーバーラックの列が、まるで摩天楼のようにそびえ立っている。
ここが、僕たちの借金を管理し、分速5%の利息を生み出し続けている心臓部(マザー)だ。
「さむっ……! なんですかここ、冷蔵庫みたいですよ!」
能見が震えながら腕をさする。
「当然だ。これだけの演算装置を稼働させれば、排熱は膨大になる。
強制的に冷却しなければ、システムは数分で熱暴走(メルトダウン)するからな」
僕はタブレットの画面を見た。
現在の気温、摂氏4度。
そして、負債総額カウンター。
-6,201,344,012円。
ダクト移動中にさらに数千万円が増えた。
一刻も早くメインコンソールにアクセスし、金利プログラムを凍結しなければならない。
「急ごう。中央の管理端末はあそこだ」
僕はサーバーの森を抜け、中心部を目指した。
だが、その行く手を遮るように、一つの巨大な「影」が立ち上がった。
「……ここから先は、関係者以外立ち入り禁止だ」
重低音が響く。
サーバーラックの陰から現れたのは、身長2メートルを超える大男だった。
迷彩服にタクティカルベスト。
手にはスタンバトンではなく、実弾装填済みのサブマシンガンが握られている。
「ひっ……じ、銃だ!?」
能見が腰を抜かす。
男は無表情のまま、銃口を僕たちに向けた。
「俺は警備主任のヴォルフ。
運営からの指令だ。『侵入者は問答無用で排除せよ』とな」
物理的な暴力。
これまでのゲームのような「ルール」や「駆け引き」が存在しない、純粋な死の宣告。
「……交渉の余地は?」
僕は両手を挙げて尋ねた。
「ない。俺は数字には興味がない。
俺の仕事は、害虫を駆除することだけだ」
カチャリ、とトリガーに指がかかる。
歪が僕の背中に隠れ、震えている。
彼女の目には、この男がどう見えているのだろうか。
おそらく、感情のない「無機質な鉛色」だろう。
「逃げるぞ、能見! 走れ!」
僕は叫ぶと同時に、近くの消火器を蹴り倒し、白い煙幕を噴射させた。
「無駄だ」
ダダダダッ!!
乾いた銃声が響き、サーバーラックの金属フレームが火花を散らす。
本気だ。殺す気だ。
数学的思考など通用しない。質量と速度(弾丸)の暴力。
僕たちはサーバーの列に身を隠し、冷気の中を走った。
だが、ここは袋小路だ。
出口はあの大男が塞いでいる。
「はぁ、はぁ……あ、芥川さん! どうするんですか!
あいつ、話が通じませんよ!」
能見が泣き叫ぶ。
確かに、言葉は通じない。
だが、「物理法則」なら通じるはずだ。
「……歪。あの男の位置はわかるか?」
「は、はい……足音が聞こえます。
右側の通路から、ゆっくり近づいてきてます……!」
「よし。
ここからは数学の時間だ」
僕は周囲を見渡した。
冷却用のファンが轟音を立て、床下からは冷媒(液体窒素)のパイプが伸びている。
そして、目の前には熱を持って唸るサーバー群。
「熱力学第二法則。
『熱は高温物体から低温物体へと移動し、その逆は自然には起こらない』」
僕は能見の胸ぐらを掴んだ。
「えっ!? な、なに!?」
「能見。君の持っている『2億円のタブレット』を貸せ」
「はぁ!? ふざけんな! これがなくなったら俺は破産……」
「命と金、どっちが大事だ!
死ねば破産もクソもないぞ!」
僕は能見からタブレットをひったくり、それを分解し始めた。
リチウムイオンバッテリーを剥き出しにする。
「いいか、よく聞け。
あの大男は、僕たちを追い詰めるために『熱源探知(サーモグラフィー)』を使っている可能性がある。
この低温環境で、体温を持つ人間は格好の的だ」
僕は剥き出しのバッテリーを、サーバーの冷却パイプの結合部に突き刺した。
「歪、あの男がこの通路に来るまで、あと何秒だ?」
「えっと……あと5秒、4秒……!」
「十分だ」
僕はパイプのバルブを全開にし、同時にバッテリーをショートさせた。
3、2、1……。
「今だ! 全員、伏せろぉぉッ!!」
ドォォォォン!!
爆発音と共に、冷却パイプが破裂した。
封じ込められていた液体窒素(マイナス196度)が、爆発的な勢いで通路に噴出した。
「なっ……!?」
角を曲がってきたヴォルフが、白煙に包まれる。
超低温の冷気は、瞬時に彼の武器と、そして肉体を襲った。
銃の金属パーツが急速冷凍され、もろく収縮する。
そして、彼の着ている防弾ベストや衣服も凍りつき、動きを封じる「氷の檻」となる。
「が、ぁ……!?」
ヴォルフが膝をつく。
人間は、急激な温度変化には勝てない。
どれだけ屈強な筋肉を持っていても、血液が凍りかけては動けない。
「熱力学の勝利だ」
僕は凍りついた通路を歩き、震える大男を見下ろした。
彼はまだ意識があるようだが、銃を構える力は残っていない。
銃身が凍結して、トリガーも引けないだろう。
「悪いな。
僕の計算式には、君のような『ノイズ(暴力)』を処理する変数も含まれているんだ」
僕は凍りついたヴォルフの横を通り抜け、奥にあるメインコンソールへと向かった。
犠牲になったのは、能見の2億円タブレット(と、サーバー数台)。
安いものだ。
「さあ、ご対面だ。マザーコンピュータ。
そのふざけた金利設定、書き換えさせてもらうぞ」
目の前には、巨大なモニターとキーボードが鎮座していた。
借金62億。
ここからは、物理ではなく、純粋論理によるハッキング戦だ。
電子ロックを解除し、重厚な隔壁を押し開ける。
その瞬間、肌を刺すような冷気が吹き出してきた。
第13埠頭の地下深部。
そこは、数千台のサーバーが唸りを上げる「データの墓場」だった。
青白いLEDの光だけが照明代わりの広大な空間。
整然と並んだサーバーラックの列が、まるで摩天楼のようにそびえ立っている。
ここが、僕たちの借金を管理し、分速5%の利息を生み出し続けている心臓部(マザー)だ。
「さむっ……! なんですかここ、冷蔵庫みたいですよ!」
能見が震えながら腕をさする。
「当然だ。これだけの演算装置を稼働させれば、排熱は膨大になる。
強制的に冷却しなければ、システムは数分で熱暴走(メルトダウン)するからな」
僕はタブレットの画面を見た。
現在の気温、摂氏4度。
そして、負債総額カウンター。
-6,201,344,012円。
ダクト移動中にさらに数千万円が増えた。
一刻も早くメインコンソールにアクセスし、金利プログラムを凍結しなければならない。
「急ごう。中央の管理端末はあそこだ」
僕はサーバーの森を抜け、中心部を目指した。
だが、その行く手を遮るように、一つの巨大な「影」が立ち上がった。
「……ここから先は、関係者以外立ち入り禁止だ」
重低音が響く。
サーバーラックの陰から現れたのは、身長2メートルを超える大男だった。
迷彩服にタクティカルベスト。
手にはスタンバトンではなく、実弾装填済みのサブマシンガンが握られている。
「ひっ……じ、銃だ!?」
能見が腰を抜かす。
男は無表情のまま、銃口を僕たちに向けた。
「俺は警備主任のヴォルフ。
運営からの指令だ。『侵入者は問答無用で排除せよ』とな」
物理的な暴力。
これまでのゲームのような「ルール」や「駆け引き」が存在しない、純粋な死の宣告。
「……交渉の余地は?」
僕は両手を挙げて尋ねた。
「ない。俺は数字には興味がない。
俺の仕事は、害虫を駆除することだけだ」
カチャリ、とトリガーに指がかかる。
歪が僕の背中に隠れ、震えている。
彼女の目には、この男がどう見えているのだろうか。
おそらく、感情のない「無機質な鉛色」だろう。
「逃げるぞ、能見! 走れ!」
僕は叫ぶと同時に、近くの消火器を蹴り倒し、白い煙幕を噴射させた。
「無駄だ」
ダダダダッ!!
乾いた銃声が響き、サーバーラックの金属フレームが火花を散らす。
本気だ。殺す気だ。
数学的思考など通用しない。質量と速度(弾丸)の暴力。
僕たちはサーバーの列に身を隠し、冷気の中を走った。
だが、ここは袋小路だ。
出口はあの大男が塞いでいる。
「はぁ、はぁ……あ、芥川さん! どうするんですか!
あいつ、話が通じませんよ!」
能見が泣き叫ぶ。
確かに、言葉は通じない。
だが、「物理法則」なら通じるはずだ。
「……歪。あの男の位置はわかるか?」
「は、はい……足音が聞こえます。
右側の通路から、ゆっくり近づいてきてます……!」
「よし。
ここからは数学の時間だ」
僕は周囲を見渡した。
冷却用のファンが轟音を立て、床下からは冷媒(液体窒素)のパイプが伸びている。
そして、目の前には熱を持って唸るサーバー群。
「熱力学第二法則。
『熱は高温物体から低温物体へと移動し、その逆は自然には起こらない』」
僕は能見の胸ぐらを掴んだ。
「えっ!? な、なに!?」
「能見。君の持っている『2億円のタブレット』を貸せ」
「はぁ!? ふざけんな! これがなくなったら俺は破産……」
「命と金、どっちが大事だ!
死ねば破産もクソもないぞ!」
僕は能見からタブレットをひったくり、それを分解し始めた。
リチウムイオンバッテリーを剥き出しにする。
「いいか、よく聞け。
あの大男は、僕たちを追い詰めるために『熱源探知(サーモグラフィー)』を使っている可能性がある。
この低温環境で、体温を持つ人間は格好の的だ」
僕は剥き出しのバッテリーを、サーバーの冷却パイプの結合部に突き刺した。
「歪、あの男がこの通路に来るまで、あと何秒だ?」
「えっと……あと5秒、4秒……!」
「十分だ」
僕はパイプのバルブを全開にし、同時にバッテリーをショートさせた。
3、2、1……。
「今だ! 全員、伏せろぉぉッ!!」
ドォォォォン!!
爆発音と共に、冷却パイプが破裂した。
封じ込められていた液体窒素(マイナス196度)が、爆発的な勢いで通路に噴出した。
「なっ……!?」
角を曲がってきたヴォルフが、白煙に包まれる。
超低温の冷気は、瞬時に彼の武器と、そして肉体を襲った。
銃の金属パーツが急速冷凍され、もろく収縮する。
そして、彼の着ている防弾ベストや衣服も凍りつき、動きを封じる「氷の檻」となる。
「が、ぁ……!?」
ヴォルフが膝をつく。
人間は、急激な温度変化には勝てない。
どれだけ屈強な筋肉を持っていても、血液が凍りかけては動けない。
「熱力学の勝利だ」
僕は凍りついた通路を歩き、震える大男を見下ろした。
彼はまだ意識があるようだが、銃を構える力は残っていない。
銃身が凍結して、トリガーも引けないだろう。
「悪いな。
僕の計算式には、君のような『ノイズ(暴力)』を処理する変数も含まれているんだ」
僕は凍りついたヴォルフの横を通り抜け、奥にあるメインコンソールへと向かった。
犠牲になったのは、能見の2億円タブレット(と、サーバー数台)。
安いものだ。
「さあ、ご対面だ。マザーコンピュータ。
そのふざけた金利設定、書き換えさせてもらうぞ」
目の前には、巨大なモニターとキーボードが鎮座していた。
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