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第15話 摩天楼のバベル
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エレベーターが上昇を続ける。
地下深くから、地上へ。
鼓膜を圧迫する気圧の変化が、移動距離の長さを物語っていた。
「……なぁ、芥川さん。
俺、どうなるんだ?」
能見が、震える手で自分の空っぽのポケットをさすった。
彼の命綱だった「2億円のタブレット」は、地下通路で液体窒素の起爆剤となり、電子の藻屑と消えた。
「俺、タブレットがないぞ。
資産データも消えたんじゃないか?
これじゃ次のゲームに参加どころか、会場に入った瞬間に『退場(死)』だろ……」
「安心しろ。
運営のサーバーは、個人の端末(ハード)ではなく、ID(アカウント)で資産を管理している」
僕は、自分のタブレットを操作し、能見のアカウント状況を確認した。
「お前の2億円のデータは無事だ。
ただし、端末がない以上、お前は自力でベットすることも、パスすることもできない。
つまり――」
僕は能見の方を向き、冷酷な事実を告げた。
「お前はもう『プレイヤー』ではない。
僕の『所有物(アイテム)』だ」
「は、はいぃぃ!?」
「次のステージでは、僕が指示通りに動けと言ったら動け。
拒否権はない。
嫌ならここで降りて、窒息死するか?」
「や、やります! 犬でも駒でもなんでもやりますよぉ!」
チン、と軽やかなベルが鳴った。
扉が開く。
そこには、地下の陰鬱な空気とは無縁の、目がくらむような光景が広がっていた。
「うわぁ……! きれい……」
歪が感嘆の声を漏らす。
そこは、超高層ビルの最上階だった。
全面ガラス張りのフロアからは、宝石箱をひっくり返したような夜景が一望できる。
天井には巨大なシャンデリア。
床は大理石。
そして、タキシードやイブニングドレスを着飾った、優雅な男女たちがグラスを片手に談笑していた。
「ようこそ、選ばれし債務者の皆様」
フロアの中央、一段高いステージに、燕尾服の男が立っていた。
司会者(オークショニア)だ。
「ここは『バベル・タワー』の最上階。
第3ステージの会場でございます」
僕は周囲を見渡した。
地下での泥臭いサバイバルとは違う。
ここにいるのは、知性と品性を装った、上級の「詐欺師」たちだ。
彼らの目を見ればわかる。
誰もが笑顔の裏で、他人の資産をどうやって奪うか、その計算だけをしている。
「おや?
なんだか、薄汚いネズミが紛れ込んだようだね」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、白のスーツを着こなした長身の男が立っていた。
手にはシャンパングラス。
整えられた金髪と、爬虫類のように細い目。
「地下のダクトを通ってきたのかい?
服が煤(すす)だらけだよ。
……臭うなぁ、貧乏人の匂いだ」
男はわざとらしく鼻をつまみ、周囲の客たちの笑いを誘った。
「……誰だ、お前は」
僕が尋ねると、男は優雅に一礼した。
「失敬。
私は西園寺(さいおんじ)レオ。
この『バベル』のトップランカーであり……君のような『バグ使い』を駆除するために雇われた、プロのプレイヤーさ」
西園寺。
その名前を聞いた瞬間、能見が息を呑んだ。
「さ、西園寺だって!?
あの『投資銀行の若き帝王』か!?
なんでこんなところに……あいつ、資産数千億を持ってる超富裕層だぞ!?」
「暇つぶしさ」
西園寺は薄く笑った。
「金なんて腐るほどある。
私が欲しいのは、君たちが絶望する瞬間の『表情』だけだ」
歪が、僕の袖を強く握りしめた。
「……芥川さん。
この人、危険です」
「色が読めるか?」
「はい。でも……色が『反転』してます。
笑っているのに、悲しい色。
怒っているのに、嬉しい色。
……この人、心が壊れてます」
「なるほど。サイコパスか」
僕は眼鏡を押し上げた。
地下の「暴力装置(ヴォルフ)」の次は、地上の「異常者(サイコパス)」か。
運営も、飽きさせない演出をしてくれる。
「皆様、お待たせいたしました!」
司会者が手を叩き、会場の照明が落ちた。
スポットライトがステージを照らす。
「これより、第3ステージ『バベルの断頭台(オークション)』を開催いたします!
今回のルールは簡単。
皆様には、これから出品される『ある商品』を競り落としていただきます」
「ただし!」
司会者の声が低くなる。
「通貨として使用できるのは『現金』ではありません。
皆様の『寿命』『記憶』そして『身体の一部』……。
それらをチップとして換算し、ベットしていただきます!」
会場がざわめく。
寿命。記憶。身体。
比喩ではない。
この運営なら、本当に「徴収」する技術を持っているはずだ。
「それでは、最初の商品(ロットナンバー1)の登場です!」
幕が上がる。
そこに置かれていたのは、宝石でも美術品でもない。
一つの「USBメモリ」だった。
「これは、ある参加者の『消したい過去の犯罪記録』です!
さあ、いくらで買いますか?
まずは『指一本』からスタートです!」
狂気。
洗練された狂気が、ここにある。
「……面白くなってきたな」
僕は煤けた服のまま、一歩前へ出た。
西園寺が、楽しそうにこちらを見ている。
借金62億の数学者と、資産数千億のサイコパス。
地上300メートル、逃げ場のない天空のオークションが開幕する。
地下深くから、地上へ。
鼓膜を圧迫する気圧の変化が、移動距離の長さを物語っていた。
「……なぁ、芥川さん。
俺、どうなるんだ?」
能見が、震える手で自分の空っぽのポケットをさすった。
彼の命綱だった「2億円のタブレット」は、地下通路で液体窒素の起爆剤となり、電子の藻屑と消えた。
「俺、タブレットがないぞ。
資産データも消えたんじゃないか?
これじゃ次のゲームに参加どころか、会場に入った瞬間に『退場(死)』だろ……」
「安心しろ。
運営のサーバーは、個人の端末(ハード)ではなく、ID(アカウント)で資産を管理している」
僕は、自分のタブレットを操作し、能見のアカウント状況を確認した。
「お前の2億円のデータは無事だ。
ただし、端末がない以上、お前は自力でベットすることも、パスすることもできない。
つまり――」
僕は能見の方を向き、冷酷な事実を告げた。
「お前はもう『プレイヤー』ではない。
僕の『所有物(アイテム)』だ」
「は、はいぃぃ!?」
「次のステージでは、僕が指示通りに動けと言ったら動け。
拒否権はない。
嫌ならここで降りて、窒息死するか?」
「や、やります! 犬でも駒でもなんでもやりますよぉ!」
チン、と軽やかなベルが鳴った。
扉が開く。
そこには、地下の陰鬱な空気とは無縁の、目がくらむような光景が広がっていた。
「うわぁ……! きれい……」
歪が感嘆の声を漏らす。
そこは、超高層ビルの最上階だった。
全面ガラス張りのフロアからは、宝石箱をひっくり返したような夜景が一望できる。
天井には巨大なシャンデリア。
床は大理石。
そして、タキシードやイブニングドレスを着飾った、優雅な男女たちがグラスを片手に談笑していた。
「ようこそ、選ばれし債務者の皆様」
フロアの中央、一段高いステージに、燕尾服の男が立っていた。
司会者(オークショニア)だ。
「ここは『バベル・タワー』の最上階。
第3ステージの会場でございます」
僕は周囲を見渡した。
地下での泥臭いサバイバルとは違う。
ここにいるのは、知性と品性を装った、上級の「詐欺師」たちだ。
彼らの目を見ればわかる。
誰もが笑顔の裏で、他人の資産をどうやって奪うか、その計算だけをしている。
「おや?
なんだか、薄汚いネズミが紛れ込んだようだね」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、白のスーツを着こなした長身の男が立っていた。
手にはシャンパングラス。
整えられた金髪と、爬虫類のように細い目。
「地下のダクトを通ってきたのかい?
服が煤(すす)だらけだよ。
……臭うなぁ、貧乏人の匂いだ」
男はわざとらしく鼻をつまみ、周囲の客たちの笑いを誘った。
「……誰だ、お前は」
僕が尋ねると、男は優雅に一礼した。
「失敬。
私は西園寺(さいおんじ)レオ。
この『バベル』のトップランカーであり……君のような『バグ使い』を駆除するために雇われた、プロのプレイヤーさ」
西園寺。
その名前を聞いた瞬間、能見が息を呑んだ。
「さ、西園寺だって!?
あの『投資銀行の若き帝王』か!?
なんでこんなところに……あいつ、資産数千億を持ってる超富裕層だぞ!?」
「暇つぶしさ」
西園寺は薄く笑った。
「金なんて腐るほどある。
私が欲しいのは、君たちが絶望する瞬間の『表情』だけだ」
歪が、僕の袖を強く握りしめた。
「……芥川さん。
この人、危険です」
「色が読めるか?」
「はい。でも……色が『反転』してます。
笑っているのに、悲しい色。
怒っているのに、嬉しい色。
……この人、心が壊れてます」
「なるほど。サイコパスか」
僕は眼鏡を押し上げた。
地下の「暴力装置(ヴォルフ)」の次は、地上の「異常者(サイコパス)」か。
運営も、飽きさせない演出をしてくれる。
「皆様、お待たせいたしました!」
司会者が手を叩き、会場の照明が落ちた。
スポットライトがステージを照らす。
「これより、第3ステージ『バベルの断頭台(オークション)』を開催いたします!
今回のルールは簡単。
皆様には、これから出品される『ある商品』を競り落としていただきます」
「ただし!」
司会者の声が低くなる。
「通貨として使用できるのは『現金』ではありません。
皆様の『寿命』『記憶』そして『身体の一部』……。
それらをチップとして換算し、ベットしていただきます!」
会場がざわめく。
寿命。記憶。身体。
比喩ではない。
この運営なら、本当に「徴収」する技術を持っているはずだ。
「それでは、最初の商品(ロットナンバー1)の登場です!」
幕が上がる。
そこに置かれていたのは、宝石でも美術品でもない。
一つの「USBメモリ」だった。
「これは、ある参加者の『消したい過去の犯罪記録』です!
さあ、いくらで買いますか?
まずは『指一本』からスタートです!」
狂気。
洗練された狂気が、ここにある。
「……面白くなってきたな」
僕は煤けた服のまま、一歩前へ出た。
西園寺が、楽しそうにこちらを見ている。
借金62億の数学者と、資産数千億のサイコパス。
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