借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第16話 指一本の市場価値(マーケット・プライス)

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「指一本……?」

会場がどよめく。

狂った冗談かと思われたが、司会者の目は笑っていない。
彼は手元のハンマーを弄びながら、ステージ上の巨大なスクリーンを指差した。


「当オークションでは、皆様の身体パーツおよび余命を、リアルタイムで『金額』に換算いたします。
これを『生命査定(ライフ・バリュエーション)』と呼びます」

スクリーンに、人体図が表示される。
そこには、まるで肉屋の部位表のように、細かな価格が設定されていた。


・右手の小指:200万円
・眼球(片側):1,500万円
・余命1年(労働力換算):300万円
・記憶(エピソード単位):変動相場制


「おいおい、冗談だろ……」

能見が青ざめる。

「俺の指、たった200万かよ……」


「標準的な価格だ」

僕は冷ややかに言った。

「日本の労働災害補償の基準や、裏社会での相場をベースにしている。
……いや、少し『安い』な。運営が中抜きしている証拠だ」


「感心している場合ですか!
これ、落札したら本当に切られるんですか!?」

「当然だ。見ろ、全員の首を」

僕が顎でしゃくると、参加者全員の首に装着された、黒いチョーカーが鈍く光った。
第3ステージ入場時に強制装着されたものだ。


「あれはただの拘束具じゃない。
『医療用ナノマシン注入器』だ。

落札が決まった瞬間、神経毒で麻酔をかけられ、止血剤と共に切断ロボットが処置を行う。
あるいは、寿命(余命)を支払った場合、心臓に負担をかける薬剤が投与され、生理学的に老化させられる」


「ひっ……!」

逃げ場はない。
ここは、命をチップにするカジノだ。


「それでは、オークションを開始します!

商品(ロットナンバー1):『政治家の裏金入金リスト』が入ったUSBメモリ。
最低落札価格(スタート)は、日本円換算で【1,000万円】!」


1,000万円。
つまり、指5本分。あるいは余命3年分。


「はい、入札します」

スッ、と手が挙がった。

白スーツの男、西園寺レオだ。
彼はシャンパングラスを傾けながら、まるでカフェで注文するように言った。


「【左腕一本】で」


会場が凍りつく。

左腕。査定表によれば、その価値は『3,000万円』。
スタート価格の3倍を一撃で提示した。


「お、おい……正気か?」
「腕だぞ? なくなったら二度と戻らないんだぞ?」

周囲の参加者たちがドン引きする中、西園寺は涼しい顔で笑っている。


「どうしたんだい?
安いものじゃないか。腕なんて義手(プロテーゼ)にすればいい。
最新の電動義手なら、生身より高機能だよ?」

「……イカれてやがる」

能見が震える。

西園寺レオ。
彼は「痛み」や「欠損」を、単なる「コスト(経費)」としてしか捉えていない。
このゲームにおいて、最も厄介なタイプだ。


「さあ、3,000万円(左腕)の提示が出ました!
他にいませんか?
このUSBがあれば、現職大臣を失脚させ、数億円の強請(ゆす)りが可能ですよ!」

司会者が煽る。
だが、誰も手を挙げない。
腕一本を失うリスクに見合うリターンではないからだ。


「では、カウントに入ります。
3,000万円、ワン。
3,000万円、ツー……」


「待て」

僕は静かに手を挙げた。


「おや? 煤だらけのネズミ君」

西園寺が面白そうにこちらを見る。

「対抗するのかい?
私の左腕(3,000万)を超えるには……君なら『両足』くらい出さないと足りないよ?」


「いいや。
僕の身体は使わない」

僕は隣にいる能見の肩を抱いた。


「えっ? あ、芥川さん?」

「入札だ。
【能見貞治の『前歯すべて』】」


「はぁぁぁぁぁぁッ!?!?
ふざけんな! なんで俺の歯なんだよ!!」

能見が絶叫する。

だが、僕は無視して司会者に告げた。

「査定表を見ろ。
『永久歯(上下28本)』の査定額は、インプラント治療費と精神的苦痛を考慮して、一本150万。
合計4,200万円になるはずだ」


司会者が手元の端末を確認し、ニヤリと笑った。

「……受理します(アクセプト)。
能見様の『前歯すべて』、評価額4,200万円!
西園寺様の左腕を上回りました!」


「いやだぁぁ! 歯がないとか無理! 絶対ムリ!!」

能見が泣き叫び、暴れようとするが、首のチョーカーから微弱な電気が流れ、強制的に大人しくさせられる。


「落ち着け能見。
まだ『落札』したわけじゃない」

僕は西園寺を見据えた。

「さあ、どうする?
君の左腕より、この男の歯の方が『価値が高い』と判定された。
降りるか? それとも、さらに上の部位を切り落とすか?」

これはチキンレースだ。
西園寺は「自分の体」をチップにしている。
僕は「他人の体(能見)」をチップにしている。


「……くくっ、あはははは!」

西園寺が肩を震わせて笑い出した。
その目は、完全に据わっている。

「最高だ。君は本当に面白いね!
他人を犠牲にすることに、一ミリも躊躇がない!
合理的だ! まさに合理的経済人(エコノミック・マン)だ!」


西園寺は、自分の右目を指で押し広げた。

「いいだろう。乗ってやるよ。
次は【右眼球】だ。
査定額は1,500万だが……これに『視神経』と『美的損失』のオプションを上乗せして、5,000万と評価してもらえるかな?」


狂気。
こいつは、ゲームを楽しんでいるだけだ。
自分の体がバラバラになる過程を、エンターテインメントとして消費している。


「芥川さん……」

歪が、青ざめた顔で囁く。

「あの人、嘘ついてません。
本当に、目を差し出すつもりです。
……勝てません。あの人は、失うことを怖がっていない」


「……ああ、わかっている」

僕は眼鏡のブリッジを押し上げた。

このオークション、まともに付き合えば負ける。
相手は「痛み」を感じないバケモノだ。
「恐怖」を通貨とするこの市場において、恐怖を感じない人間は無敵の富豪だ。

だが、抜け道はある。
このオークションには、一つだけ「論理的な欠陥(バグ)」がある。


「司会者。確認したいことがある」

僕は西園寺の狂気を無視して、運営側に問いかけた。

「この商品の『価値』を決めているのは誰だ?
需要と供給か?
それとも、お前たちの『独断』か?」


「……何が言いたいのです?」

「西園寺は今、自分の右目に5,000万の値をつけた。
だが、僕には疑問だ。
このUSBメモリに、本当にそれだけの価値があるのか?」

僕はステージ上のUSBを指差した。

「中身を見せろ。
それが本物かどうか、そして『誰の』犯罪記録なのか。
それがわからなければ、適正価格(フェアバリュー)は算出できない」


「……中身は落札してからのお楽しみです」

「なら、降りる」

僕はあっさりと手を下げた。


「えっ……?」

西園寺が拍子抜けした顔をする。

「降りる? 逃げるのかい?」

「違う。損切りだ」

僕は冷徹に言い放った。

「中身不明のジャンク品に、貴重な『資産(能見の歯)』は使えない。
くれてやるよ、そんなゴミ」


「……チッ。つまらないな」

西園寺が舌打ちをした。


「落札!
西園寺様、【右眼球】にて落札です!」

ハンマーが振り下ろされる。


その瞬間。
会場の空気が一変した。

シュッ。

機械的な音と共に、西園寺の首元のチョーカーから、極細のアームが伸びた。
そして、躊躇なく彼の右目に突き刺さった。


「――ッ!!?」

鮮血が舞う。

だが、西園寺は悲鳴一つ上げなかった。
ただ、恍惚とした表情で、くり抜かれた自分の眼球がトレーに乗せられるのを見ていた。


「素晴らしい……。
これが、喪失の重みか……」

血まみれの顔で笑う西園寺。
その異常性に、会場の全員が戦慄した。

だが、僕が見ていたのは彼ではない。
彼が手に入れたUSBメモリだ。


西園寺がそれをPCに接続し、中身を確認した瞬間。
彼の表情が、初めて「失望」に変わった。


「……は? なんだこれ」

スクリーンに映し出されたのは、政治家の犯罪記録ではない。
ただの『料理レシピのテキストデータ』だった。


「だ、ダミーだ!?」

誰かが叫んだ。


「その通り」

司会者が悪びれもなく言った。

「申し上げたはずです。『ある参加者』の犯罪記録だと。
このUSBは、参加者の一人である『主婦』が、スーパーで万引きをした記録……ではなく、彼女が夕食のレシピを保存していたものです。
価値は……プライスレスですね」


静まり返る会場。
5,000万円(右目)を払って手に入れたのは、ただのレシピデータ。


「……ふざけるなよ」

西園寺が低い声で唸る。


「これが『バベルのオークション』です」

司会者は嘲笑った。

「ここでは、商品の価値は保証されません。
皆様が勝手に価値を見出し、勝手に身体を賭け、勝手に絶望する。
それがルールです」


「なるほど」

僕は小さく頷いた。

このゲームの本質が見えた。
これはオークションではない。
「情報の非対称性」を利用した、詐欺ゲームだ。

商品を競り落とすことが目的ではない。
「商品の真贋」を見抜き、相手に「ゴミ」を高値で掴ませる。
それが、このバベルの塔の攻略法(アルゴリズム)だ。


「能見。歯が無事でよかったな」

僕は腰の抜けた能見を見下ろした。


「あ、あぁ……。
でも芥川さん、わざと負けたんですか?
中身がゴミだってわかってて……?」

「確率は半々だった。
だが、リスクリワード(危険と報酬の比率)が合わない。
西園寺は『勝つこと』に執着して、商品の『中身』を見ていなかった。
だから負けたんだ」


僕は血を流す西園寺を見た。
彼は片目を失ったが、その怒りは僕ではなく、運営に向いている。


「……面白い。
実に面白いよ、運営さん」

西園寺が血を拭いながら笑う。

「次は本気で行こうか。
私の体全部を賭けてでも、『本物(アタリ)』を引き当ててやる」


第2ラウンドのベルが鳴る。

次なる商品は、巨大なアタッシュケース。
中身は見えない。

だが、歪が僕の袖を引いた。


「芥川さん……。
あのケースから、すごい『色』がします。
……黄金色です。あれは、絶対に『本物』です!」

「……了解だ」

僕はタブレット(能見のアカウント)を構えた。

「本物」なら、全力で取りに行く。
たとえ、誰の何を犠牲にしてでも。
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