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第18話 箱舟
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東京湾の海面は、黒い油を流したように静まり返っていた。
俺たちを乗せたボートは、沖合に浮かぶ巨大な洋上プラントへと音もなく近づいていく。
表向きは海水淡水化施設。だが、その実態は組織の心臓部『箱舟(アーク)』への入り口だ。
「……震えてるぞ、玲子」
俺は隣に座る玲子の肩に手を置いた。彼女は高級なコートに身を包んでいるが、顔色は蒼白だ。
「だ、大丈夫よ。……夫が残したセキュリティコードがあれば、メインゲートまでは入れるはず」
「頼りにしてるぜ。あんたは俺の勝利の女神だからな」
俺が耳元で囁くと、彼女はそれだけで陶酔したように頬を染め、震えを止めた。俺のフェロモンは、恐怖さえも麻痺させる安定剤になるらしい。
「到着するわ。……ここからはミスは許されない」
マリアがボートの操舵を切りながら、冷徹な声で告げた。彼女はいつものドレスではなく、動きやすいタクティカルスーツに身を包んでいる。その手には、最新鋭のハッキングデバイスが握られていた。
プラントの搬入口にボートを接舷させる。
警備員はいない。全てが自動化された無機質な空間だ。
玲子が震える手で認証パネルにIDカードをかざし、虹彩認証を行う。
『認証完了。ようこそ、管理者権限代行者、姫川玲子様』
重厚な金属音が響き、床の一部がスライドして、地下へと続く巨大なエレベーターが現れた。
「……ビンゴだ」
俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
表示板の数字が凄まじい勢いで減っていく。地下10階、20階……いや、深度計を見る限り、海底トンネルよりも深く潜っている。
「『箱舟』は、東京湾の海底岩盤をくり抜いて作られた巨大データセンターよ。……その排熱を利用して、さらに地下の『培養槽』を温めていると言われているわ」
マリアの説明に、俺は眉をひそめた。
「培養槽だと?」
「ええ。貴方のような『検体』を作るための実験場……あるいは、不老不死のための『スペアボディ』を保管する場所かもしれない」
背筋が寒くなる話だ。俺はこの巨大な悪意のシステムの一部に過ぎなかったということか。
だが、今の俺は違う。システムを食い破るウイルスだ。
チン、という軽い音と共にエレベーターが停止した。
扉が開く。
そこには、青白い光に照らされた、SF映画のような光景が広がっていた。
見渡す限りのサーバーラック。そして中央には、鎮座する巨大なカプセル状のスーパーコンピュータ。
「これが……『箱舟』の本体……」
玲子が息を呑む。
俺たちは静寂の中、中央の端末へと歩み寄った。
「玲子、バックドアを開けろ」
「は、はい……」
彼女が端末に特殊なコードを入力し始める。
マリアは周囲を警戒しながら、自身のデバイスを接続し、防衛システムへの介入を開始した。
「順調ね。……これなら、あと5分で全権限を掌握できる」
簡単すぎる。
俺の「パチンコ打ちの勘」が、警鐘を鳴らしていた。
確変中だからこそ、落とし穴がある。組織の最深部が、こんなに無防備なはずがない。
「……おい、待て。玲子、手を止めろ」
俺が鋭く声を上げた瞬間だった。
サーバー室の空気が一変した。
青白かった照明が、毒々しい赤へと切り替わる。
『警告。不正なアクセスを検知。生体スキャンを開始します』
無機質な合成音声が響き渡り、天井から無数のレーザーセンサーが照射された。
「きゃぁっ!?」
玲子が悲鳴を上げる。
センサーは玲子やマリアを素通りし、一直線に俺へと集まった。
『検体番号408を確認。……危険度SS。排除シークエンスを起動』
「バレてやがったか……!」
ガシャガシャガシャ!
壁面が展開し、中から現れたのは警備員ではない。
多脚型の自律警備ロボットだ。銃口とブレードを備えた、殺戮のためだけの機械。
「俊弘さん! フェロモンは機械には効かないわよ!」
マリアが叫びながら、ハンドガンを抜く。
だが、数は10体以上。まともにやり合えば蜂の巣だ。
「……上等だ。機械相手なら、遠慮なく壊せるってもんだろ!」
俺は近くにあった消火器をもぎ取り、先頭のロボットに投げつけた。
同時に、床を蹴って走り出す。
「マリア、玲子を守ってハッキングを続けろ! 俺が囮になる!」
「無茶よ!」
「無茶をするのが『確変』だろ!」
俺は迫り来る鋼鉄の群れに向かって、ニヤリと笑ってみせた。
生物としての本能が通用しない相手。
だが、今の俺の身体能力は、とっくに人間を辞めている。
機械の駆動音と、俺の咆哮が、地下深くの密室で激突した。
俺たちを乗せたボートは、沖合に浮かぶ巨大な洋上プラントへと音もなく近づいていく。
表向きは海水淡水化施設。だが、その実態は組織の心臓部『箱舟(アーク)』への入り口だ。
「……震えてるぞ、玲子」
俺は隣に座る玲子の肩に手を置いた。彼女は高級なコートに身を包んでいるが、顔色は蒼白だ。
「だ、大丈夫よ。……夫が残したセキュリティコードがあれば、メインゲートまでは入れるはず」
「頼りにしてるぜ。あんたは俺の勝利の女神だからな」
俺が耳元で囁くと、彼女はそれだけで陶酔したように頬を染め、震えを止めた。俺のフェロモンは、恐怖さえも麻痺させる安定剤になるらしい。
「到着するわ。……ここからはミスは許されない」
マリアがボートの操舵を切りながら、冷徹な声で告げた。彼女はいつものドレスではなく、動きやすいタクティカルスーツに身を包んでいる。その手には、最新鋭のハッキングデバイスが握られていた。
プラントの搬入口にボートを接舷させる。
警備員はいない。全てが自動化された無機質な空間だ。
玲子が震える手で認証パネルにIDカードをかざし、虹彩認証を行う。
『認証完了。ようこそ、管理者権限代行者、姫川玲子様』
重厚な金属音が響き、床の一部がスライドして、地下へと続く巨大なエレベーターが現れた。
「……ビンゴだ」
俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
表示板の数字が凄まじい勢いで減っていく。地下10階、20階……いや、深度計を見る限り、海底トンネルよりも深く潜っている。
「『箱舟』は、東京湾の海底岩盤をくり抜いて作られた巨大データセンターよ。……その排熱を利用して、さらに地下の『培養槽』を温めていると言われているわ」
マリアの説明に、俺は眉をひそめた。
「培養槽だと?」
「ええ。貴方のような『検体』を作るための実験場……あるいは、不老不死のための『スペアボディ』を保管する場所かもしれない」
背筋が寒くなる話だ。俺はこの巨大な悪意のシステムの一部に過ぎなかったということか。
だが、今の俺は違う。システムを食い破るウイルスだ。
チン、という軽い音と共にエレベーターが停止した。
扉が開く。
そこには、青白い光に照らされた、SF映画のような光景が広がっていた。
見渡す限りのサーバーラック。そして中央には、鎮座する巨大なカプセル状のスーパーコンピュータ。
「これが……『箱舟』の本体……」
玲子が息を呑む。
俺たちは静寂の中、中央の端末へと歩み寄った。
「玲子、バックドアを開けろ」
「は、はい……」
彼女が端末に特殊なコードを入力し始める。
マリアは周囲を警戒しながら、自身のデバイスを接続し、防衛システムへの介入を開始した。
「順調ね。……これなら、あと5分で全権限を掌握できる」
簡単すぎる。
俺の「パチンコ打ちの勘」が、警鐘を鳴らしていた。
確変中だからこそ、落とし穴がある。組織の最深部が、こんなに無防備なはずがない。
「……おい、待て。玲子、手を止めろ」
俺が鋭く声を上げた瞬間だった。
サーバー室の空気が一変した。
青白かった照明が、毒々しい赤へと切り替わる。
『警告。不正なアクセスを検知。生体スキャンを開始します』
無機質な合成音声が響き渡り、天井から無数のレーザーセンサーが照射された。
「きゃぁっ!?」
玲子が悲鳴を上げる。
センサーは玲子やマリアを素通りし、一直線に俺へと集まった。
『検体番号408を確認。……危険度SS。排除シークエンスを起動』
「バレてやがったか……!」
ガシャガシャガシャ!
壁面が展開し、中から現れたのは警備員ではない。
多脚型の自律警備ロボットだ。銃口とブレードを備えた、殺戮のためだけの機械。
「俊弘さん! フェロモンは機械には効かないわよ!」
マリアが叫びながら、ハンドガンを抜く。
だが、数は10体以上。まともにやり合えば蜂の巣だ。
「……上等だ。機械相手なら、遠慮なく壊せるってもんだろ!」
俺は近くにあった消火器をもぎ取り、先頭のロボットに投げつけた。
同時に、床を蹴って走り出す。
「マリア、玲子を守ってハッキングを続けろ! 俺が囮になる!」
「無茶よ!」
「無茶をするのが『確変』だろ!」
俺は迫り来る鋼鉄の群れに向かって、ニヤリと笑ってみせた。
生物としての本能が通用しない相手。
だが、今の俺の身体能力は、とっくに人間を辞めている。
機械の駆動音と、俺の咆哮が、地下深くの密室で激突した。
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