30 / 39
第30話 謁見
しおりを挟む
運命の3日目が訪れた。
世界中の空が快晴に恵まれたその日、浮遊都市『エデン』の巨大なエアポートには、各国の政府専用機や軍用シャトルが次々と着陸していた。
降りてくるのは、テレビのニュースで見慣れた大国の首相、大統領、そして独裁者たち。
彼らは一様に顔面蒼白で、足元もおぼつかない。無理もないだろう。彼らの頭上には、無数の「黒い天使」――シオンが量産したセラフィム・タイプの自律警備ドローンが、無機質な瞳で睨みを利かせているのだから。
「……これが、魔王の城か」
「なんと美しい……。地上の汚染された空気とは別世界だ」
恐怖に震えながらも、彼らは『エデン』の圧倒的な美しさに目を奪われていた。
咲き乱れる極彩色の花々、黄金に輝く建造物、そして空気中に満ちる甘美な芳香。
それは、俺とイヴが放つフェロモンが環境そのものを変質させた結果だ。この空気を吸うだけで、彼らの敵対心は削がれ、本能的な服従心が植え付けられていく。
黄金の宮殿、大広間。
数百人の要人たちが、赤い絨毯の両脇に整列させられていた。
その最奥、一段高い場所に設置された玉座に、俺は頬杖をついて座っていた。
右隣には、煌びやかなドレスを纏った「聖母」イヴ。
左隣には、漆黒の翼を畳んだ「堕天使」セラフィム。
そして玉座の傍らには、冷ややかな笑みを浮かべた息子シオンが控えている。
「ようこそ、旧世界の支配者諸君」
俺が口を開くと、ざわめきが一瞬で静まり返った。マイクなど使っていない。だが、俺の声は彼らの脳髄に直接響く「王の勅命」として届く。
「遠路はるばるご苦労だったな。……俺の作った楽園の居心地はどうだ?」
列の先頭から、一人の老人が進み出た。
『評議会』の現議長、ダグラスだ。かつて世界を裏から操っていたフィクサーも、今の俺の前ではただの老いぼれに過ぎない。
「……お初にお目にかかります、魔王陛下。我々は……貴殿の要求通り、全面的な降伏と、世界統一政府への権限委譲を受け入れる用意があります」
ダグラスは屈辱に震えながらも、恭しく頭を下げた。
手には、分厚い条約書が握られている。
「ほう。随分と素直だな。……抵抗はしないのか?」
「我々の切り札であった『セラフィム』すら手懐けられた今、勝算などありません。……これからは貴殿の忠実な下僕として、新世界の構築に尽力させていただきたい」
ダグラスが跪き、条約書を俺に差し出した。
会場の空気が緩む。歴史的な和解の瞬間――誰もがそう思った。
だが。
俺の傍らで、シオンが「クスクス」と笑い声を漏らした。
「……面白いね、人間って。この期に及んで、まだそんな『玩具』で父上を殺せると本気で思っているんだ」
シオンの言葉に、ダグラスの表情が凍りついた。
「な、何を……」
「その条約書。……紙の繊維一本一本に、遅効性の神経毒『ナノ・ウイルス』が染み込ませてあるね? 触れた瞬間、皮膚から浸透して心臓を止める。……解毒剤のない、暗殺用の特注品だ」
会場にどよめきが走る。
ダグラスが弾かれたように顔を上げ、懐から起爆スイッチのようなものを取り出した。
「ば、化け物め……! 気づかれたなら仕方がない! 道連れだ! このウイルスは空気感染もする! ここで拡散させれば、貴様らもただでは済まないぞ!」
老人の絶叫。
それは、敗者の最後の悪足掻きだった。
だが、俺は玉座から動こうともしなかった。イヴも、セラフィムも、優雅に微笑んでいるだけだ。
「……おいおい、シラけるぜ」
俺は溜息をつき、指をパチンと鳴らした。
「玲子。……片付けろ」
「はい、ご主人様」
影のように控えていた筆頭侍女、玲子が音もなく前に進み出た。
彼女はダグラスがスイッチを押すよりも速く、その手首を掴んでいた。
「なッ……!?」
「ここはこの世で最も神聖な場所。……ゴミを散らかさないでいただけますか?」
ボキッ!!
乾いた音が響き、ダグラスの手首があらぬ方向に曲がった。
スイッチが床に落ちる前に、玲子はそのハイヒールでそれを踏み砕く。
さらに彼女は、もう片方の手で条約書を奪い取ると、なんとそれを口に含み、バリバリと噛み砕いて飲み込んでしまった。
「ぐ、あぁぁぁ……ッ! き、貴様……毒が……!」
ダグラスが恐怖で後ずさる。
だが、玲子は涼しい顔で口元の紙片を拭った。
「毒? ……ああ、少しピリッとするスパイスですね。ご主人様の体液を毎日いただいている私には、これくらいでは腹痛も起きませんわ」
常人の致死量の数千倍の毒を平然と消化するメイド。
俺の因子(ご主人様成分)を取り込み続けた彼女もまた、とっくに人間を辞めていたのだ。
「……さて、余興は終わりだ」
俺はゆっくりと立ち上がり、階段を降りた。
ダグラスは腰を抜かし、這いつくばって後退る。
「ひ、ひぃぃッ! 助けてくれ! 魔が差したんだ! 命だけは……!」
「命乞いか。……いいぜ、聞いてやる」
俺はダグラスの頭を鷲掴みにし、軽々と持ち上げた。
「ただし、人間としての命じゃない。……これからは『生きた家具』として、この宮殿の床を舐めて暮らすなら、生かしておいてやるよ」
「か、家具……!?」
「シオン、改造手術は任せる。……思考能力は残したまま、二度と人語を話せないようにしてやれ」
「承知しました、父上。……最高のインテリアに仕立て上げますよ」
シオンが楽しげに指を振ると、ダグラスの体が宙に浮き、悲鳴と共に別室へと連れ去られていった。
静寂が戻った大広間。
残された各国の代表たちは、ガタガタと震えながら一斉に床に額を擦り付けた。
もはや、反逆の意志など微塵も残っていない。絶対的な恐怖と、生物としての格の違いを見せつけられ、彼らの心は完全に折れていた。
「……聞いたな、お前たち」
俺は大広間に響き渡る声で告げた。
「今日この瞬間をもって、旧世界は終わった。
国境も、法律も、宗教も、全て廃止だ。
これからは俺が法であり、秩序であり、神だ」
『は、ハハーッ!! 魔王陛下万歳!! エデン万歳!!』
数百人の指導者たちが、涙と鼻水を垂れ流しながら斉唱する。
その光景は、滑稽でありながら、どこか壮観だった。
俺はイヴを振り返った。
彼女は満足そうに微笑み、俺に寄り添った。
「おめでとう、私の王。……これで世界は、私たちの『牧場』になったわ」
「ああ。……だが、これで終わりじゃない」
俺は窓の外、青く輝く地球を見据えた。
「地球(ここ)は狭すぎる。……シオン、『次の準備』はできているな?」
「もちろんです。……月面基地の建造、および火星テラフォーミング計画。……いつでも着手できます」
俺たちの野望は、惑星一つでは収まらない。
宇宙へ。
銀河の果てまで、俺の種をばら撒きに行く。
確変は終わらない。
これは、星々を股にかけた、新たな神話のプロローグに過ぎないのだから。
世界中の空が快晴に恵まれたその日、浮遊都市『エデン』の巨大なエアポートには、各国の政府専用機や軍用シャトルが次々と着陸していた。
降りてくるのは、テレビのニュースで見慣れた大国の首相、大統領、そして独裁者たち。
彼らは一様に顔面蒼白で、足元もおぼつかない。無理もないだろう。彼らの頭上には、無数の「黒い天使」――シオンが量産したセラフィム・タイプの自律警備ドローンが、無機質な瞳で睨みを利かせているのだから。
「……これが、魔王の城か」
「なんと美しい……。地上の汚染された空気とは別世界だ」
恐怖に震えながらも、彼らは『エデン』の圧倒的な美しさに目を奪われていた。
咲き乱れる極彩色の花々、黄金に輝く建造物、そして空気中に満ちる甘美な芳香。
それは、俺とイヴが放つフェロモンが環境そのものを変質させた結果だ。この空気を吸うだけで、彼らの敵対心は削がれ、本能的な服従心が植え付けられていく。
黄金の宮殿、大広間。
数百人の要人たちが、赤い絨毯の両脇に整列させられていた。
その最奥、一段高い場所に設置された玉座に、俺は頬杖をついて座っていた。
右隣には、煌びやかなドレスを纏った「聖母」イヴ。
左隣には、漆黒の翼を畳んだ「堕天使」セラフィム。
そして玉座の傍らには、冷ややかな笑みを浮かべた息子シオンが控えている。
「ようこそ、旧世界の支配者諸君」
俺が口を開くと、ざわめきが一瞬で静まり返った。マイクなど使っていない。だが、俺の声は彼らの脳髄に直接響く「王の勅命」として届く。
「遠路はるばるご苦労だったな。……俺の作った楽園の居心地はどうだ?」
列の先頭から、一人の老人が進み出た。
『評議会』の現議長、ダグラスだ。かつて世界を裏から操っていたフィクサーも、今の俺の前ではただの老いぼれに過ぎない。
「……お初にお目にかかります、魔王陛下。我々は……貴殿の要求通り、全面的な降伏と、世界統一政府への権限委譲を受け入れる用意があります」
ダグラスは屈辱に震えながらも、恭しく頭を下げた。
手には、分厚い条約書が握られている。
「ほう。随分と素直だな。……抵抗はしないのか?」
「我々の切り札であった『セラフィム』すら手懐けられた今、勝算などありません。……これからは貴殿の忠実な下僕として、新世界の構築に尽力させていただきたい」
ダグラスが跪き、条約書を俺に差し出した。
会場の空気が緩む。歴史的な和解の瞬間――誰もがそう思った。
だが。
俺の傍らで、シオンが「クスクス」と笑い声を漏らした。
「……面白いね、人間って。この期に及んで、まだそんな『玩具』で父上を殺せると本気で思っているんだ」
シオンの言葉に、ダグラスの表情が凍りついた。
「な、何を……」
「その条約書。……紙の繊維一本一本に、遅効性の神経毒『ナノ・ウイルス』が染み込ませてあるね? 触れた瞬間、皮膚から浸透して心臓を止める。……解毒剤のない、暗殺用の特注品だ」
会場にどよめきが走る。
ダグラスが弾かれたように顔を上げ、懐から起爆スイッチのようなものを取り出した。
「ば、化け物め……! 気づかれたなら仕方がない! 道連れだ! このウイルスは空気感染もする! ここで拡散させれば、貴様らもただでは済まないぞ!」
老人の絶叫。
それは、敗者の最後の悪足掻きだった。
だが、俺は玉座から動こうともしなかった。イヴも、セラフィムも、優雅に微笑んでいるだけだ。
「……おいおい、シラけるぜ」
俺は溜息をつき、指をパチンと鳴らした。
「玲子。……片付けろ」
「はい、ご主人様」
影のように控えていた筆頭侍女、玲子が音もなく前に進み出た。
彼女はダグラスがスイッチを押すよりも速く、その手首を掴んでいた。
「なッ……!?」
「ここはこの世で最も神聖な場所。……ゴミを散らかさないでいただけますか?」
ボキッ!!
乾いた音が響き、ダグラスの手首があらぬ方向に曲がった。
スイッチが床に落ちる前に、玲子はそのハイヒールでそれを踏み砕く。
さらに彼女は、もう片方の手で条約書を奪い取ると、なんとそれを口に含み、バリバリと噛み砕いて飲み込んでしまった。
「ぐ、あぁぁぁ……ッ! き、貴様……毒が……!」
ダグラスが恐怖で後ずさる。
だが、玲子は涼しい顔で口元の紙片を拭った。
「毒? ……ああ、少しピリッとするスパイスですね。ご主人様の体液を毎日いただいている私には、これくらいでは腹痛も起きませんわ」
常人の致死量の数千倍の毒を平然と消化するメイド。
俺の因子(ご主人様成分)を取り込み続けた彼女もまた、とっくに人間を辞めていたのだ。
「……さて、余興は終わりだ」
俺はゆっくりと立ち上がり、階段を降りた。
ダグラスは腰を抜かし、這いつくばって後退る。
「ひ、ひぃぃッ! 助けてくれ! 魔が差したんだ! 命だけは……!」
「命乞いか。……いいぜ、聞いてやる」
俺はダグラスの頭を鷲掴みにし、軽々と持ち上げた。
「ただし、人間としての命じゃない。……これからは『生きた家具』として、この宮殿の床を舐めて暮らすなら、生かしておいてやるよ」
「か、家具……!?」
「シオン、改造手術は任せる。……思考能力は残したまま、二度と人語を話せないようにしてやれ」
「承知しました、父上。……最高のインテリアに仕立て上げますよ」
シオンが楽しげに指を振ると、ダグラスの体が宙に浮き、悲鳴と共に別室へと連れ去られていった。
静寂が戻った大広間。
残された各国の代表たちは、ガタガタと震えながら一斉に床に額を擦り付けた。
もはや、反逆の意志など微塵も残っていない。絶対的な恐怖と、生物としての格の違いを見せつけられ、彼らの心は完全に折れていた。
「……聞いたな、お前たち」
俺は大広間に響き渡る声で告げた。
「今日この瞬間をもって、旧世界は終わった。
国境も、法律も、宗教も、全て廃止だ。
これからは俺が法であり、秩序であり、神だ」
『は、ハハーッ!! 魔王陛下万歳!! エデン万歳!!』
数百人の指導者たちが、涙と鼻水を垂れ流しながら斉唱する。
その光景は、滑稽でありながら、どこか壮観だった。
俺はイヴを振り返った。
彼女は満足そうに微笑み、俺に寄り添った。
「おめでとう、私の王。……これで世界は、私たちの『牧場』になったわ」
「ああ。……だが、これで終わりじゃない」
俺は窓の外、青く輝く地球を見据えた。
「地球(ここ)は狭すぎる。……シオン、『次の準備』はできているな?」
「もちろんです。……月面基地の建造、および火星テラフォーミング計画。……いつでも着手できます」
俺たちの野望は、惑星一つでは収まらない。
宇宙へ。
銀河の果てまで、俺の種をばら撒きに行く。
確変は終わらない。
これは、星々を股にかけた、新たな神話のプロローグに過ぎないのだから。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる