日本でモブだった俺、レベルの低すぎる異世界では「顔面国宝」兼「全知の賢者」らしい

葉山 乃愛

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第40話 避難訓練で「お・は・し」を守ったら、精鋭部隊のステルス行軍だと恐れられました

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「緊急警報! 緊急警報! 学園内に『音響感知型・キラーバット』の群れが侵入しました!」

突然、校内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
ただの訓練ではない。
魔法生物飼育小屋から、凶暴なコウモリの魔獣が脱走したらしい。

「きゃあああ! 本物の魔獣よ!」
「逃げろ! 音を立てると襲われるぞ!」

廊下はパニックに陥った。
生徒たちが悲鳴を上げて出口へ殺到する。
我先にと押し合い、走り回り、叫び声を上げる。

ギャアアアッ!
天井から巨大なコウモリが急降下し、騒いでいる生徒の服をかすめ飛んだ。

「ひぃぃぃ! 狙われた!」
「静かにしろ! 声を出すな!」

怒号と悲鳴が交錯し、さらなる混乱を招いている。
イグニスも腰を抜かして震えている。

「くそっ……! どこだ!? どこから来る!?」

そんな阿鼻叫喚の中、俺は冷静に立ち上がった。
日本の小学校から叩き込まれてきた、あの鉄則を思い出す。

(こういう時こそ、基本だ)

俺は心の中で唱えた。
『お』……押さない。
『は』……走らない。
『し』……喋らない。
(地域によっては『も』=戻らない、もあるが今回は割愛だ)

俺は無言で教室を出た。
背筋を伸ばし、一定のペースで歩く。
パニックになっている生徒たちの間を、スッ、スッ、と音もなくすり抜けていく。

「……ッ!?」

その異様な姿に、ミアが気づいた。

「拓海様……? なぜ走らないのですか!?」

俺は人差し指を口元に当て、「シーッ」とジェスチャーした。
そして、口パクで伝える。
(お・は・し)

「……!」

ミアがハッと息を飲んだ。

「まさか……。『音(サウンド)』と『風圧(プレッシャー)』を完全に殺している……?」

俺はそのまま廊下を進んだ。
前方から、パニックになった生徒が突っ込んできた。
俺は彼を『押さず』、肩を引いてやり過ごす。
『押さない』。これは不要な接触による音と衝撃を防ぐためだ。

「……見えませんわ」

シャルロット王女が、俺の背中を見つめて呟いた。

「拓海様は歩いているのに……魔獣たちが彼に気づいていない!」

そう、俺の頭上をコウモリたちが飛び回っているが、俺には目もくれない。
奴らは「走る音」「叫び声」「押合う振動」に反応している。
『走らない』『喋らない』を徹底している俺は、奴らにとって「背景」と同じなのだ。

「すごい……! あれぞ伝説の隠密歩法『オ・ハ・シ』!」

剛田が小声で叫ぶ。

「『O(押さない)』……他者との摩擦をゼロにする回避行動!」
「『H(走らない)』……心拍数を一定に保ち、生体反応を消す!」
「『S(喋らない)』……詠唱すら破棄した、無言の意思疎通!」

「これが……王の行軍……!」

俺の落ち着き払った態度を見て、パニックだった生徒たちが正気を取り戻し始めた。

(あ、あの背中についていけば助かるかも……)
(平沢君の真似をするんだ……!)

自然と、俺の後ろに行列ができた。
全員が無言になり、走らず、押さず、整然と俺に続く。
数百人の生徒が、足音一つ立てずに移動する異様な集団。

ギャッ……?
コウモリたちが空中で停止した。
獲物の気配が突然消えたからだ。

「……ここだ」

俺は非常口の扉を静かに開け、校庭へと脱出した。
続く生徒たちも、無言のまま脱出に成功する。

「た、助かった……」
「平沢が……俺たちを導いてくれた……」

校庭に出た瞬間、生徒たちから安堵の溜息が漏れた。
そこへ、遅れて先生たちが駆けつけてきた。

「無事か!? ……って、なんだこの整然とした集団は!?」

松田先生が、一糸乱れぬ俺たちの隊列を見て驚愕した。

「まるで歴戦の精鋭部隊だ……。パニック時の避難において、これほどの統率(リーダーシップ)を発揮するとは!」

「平沢君! 君はいったい何者なんだ!?」

「ただの避難訓練通りですよ」

俺は上履きの裏についた埃をパンパンと払った。
ただ「おはし」を守っただけだ。
だが、この日を境に、俺の歩く姿は「ファントム・ウォーク(亡霊の行進)」と呼ばれ、廊下で俺の後ろを歩くことは「死神の列に加わること」と同義の恐怖(と名誉)とされるようになった。
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