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2話 開発
しおりを挟むあの日以来、僕と愛ちゃんの間に、言葉にはできない薄暗い空気が漂い始めていた。
腰の痛みは数日で引いたはずなのに、愛ちゃんは「中野先生が、根本から矯正しないと癖になると言っているから」という理由で、週に三度は放課後に商店街へ向かうようになったのだ。
「……たっくん、今日も先に行ってて。中野先生との約束があるから」
校門の前で、愛ちゃんは僕と視線を合わせず、少し伏し目がちにそう言った。
彼女の細い首筋からは、あのツンとした湿布の匂いが漂っている。
だが、最近はそれに混じって、もっと重たく、粘りつくような匂いがするようになった。
それは、中野がいつも纏っていた、あの無精髭とポマード、そして微かな煙草が混ざり合った、中年男性特有の脂ぎった匂いだ。
愛ちゃんの白いブラウスの襟元。
そこには、以前はなかった小さなしわが寄っている。
誰かの大きな手で掴まれ、乱暴に引き寄せられたような、不自然な跡。
僕はそのしわの理由を尋ねたかった。
けれど、奥手な僕の唇は、いつも肝心なところで凍りついてしまう。
変化は、匂いや服装だけではなかった。
大人しかった愛ちゃんの様子が、少しずつ、毒を盛られたように変化していった。
ある日の放課後。
一緒に帰ろうと教室で待っていた時、愛ちゃんがぼんやりと窓の外を眺めていた。
その表情は、どこか切羽詰まったような、何かに怯えているようなものだった。
「……あいちゃん? どうしたの、行くよ」
僕が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせ、強張った顔で僕を見た。
「あ……ご、ごめんね。……なんでもないの」
立ち上がった瞬間、愛ちゃんはわずかに顔をしかめ、自分のスカートの裾をギュッと握りしめた。
まるで、身体の奥に残る不快な感覚を、必死に振り払おうとするかのように。
「……痛いだけ。……これは治療だから、痛いだけなんだもん……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、自分に言い聞かせるように呟く愛ちゃん。
その瞳は潤んでいて、まるで自分の中に生まれた「得体の知れない熱」を必死に否定しているように見えた。
無精髭のおっちゃんが、愛ちゃんのこの柔らかそうな足を、どんな手つきで「治療」しているのか。
その想像が僕の脳裏にこびりつき、焼けるような嫉妬と焦燥感が胸を締め付けた。
僕はたまらず、数日後に愛ちゃんを追いかけるようにして、再び中野整体院の扉を叩いた。
受付には、いつものように中野由依が座っていた。
彼女は僕の顔を見るなり、すべてを見透かしたような薄笑いを浮かべる。
「いらっしゃい、佐藤君。……愛ちゃんなら今、ちょうど『深部』の治療に入るところよ」
由依はそう言うと、手にしたペンで、カーテンで仕切られた施術室の方を指した。
僕は待合室の椅子に沈み込むように座る。
静まり返った院内に、低い、地を這うような中野雄三の声が響いた。
「……うーん、やっぱり筋肉の強張りが深いなぁ。指だけじゃ、奥まで届かん」
「え……? あの、先生、治らないんですか……?」
愛ちゃんの不安そうな声。
中野は、困ったような、しかしどこか粘着質な声色で続けた。
「いや、治るよ。ただ、指圧だけじゃ表面しか解せないんだ。……愛ちゃん、今日はオイルを使わせてもらうよ。滑りを良くして、リンパを奥から流すんだ」
「オ、オイルですか……?」
「そう。ただね、このオイルは服につくとシミになって落ちないんだよ。……悪いけど、下着も脱いで横になってもらえるかい?」
「えっ……! し、下着も、ですか……?」
愛ちゃんの息を飲む気配が伝わってくる。
高校生の女の子にとって、見知らぬおじさんの前で下着を脱ぐなんて、ありえないことだ。
しかし、中野の声はあくまで事務的で、落ち着いていた。
「大丈夫、心配いらないよ。ほら、この大きなバスタオルを使うから。脱いだらすぐに腰から下にかけてあげる。施術中はずっと隠れているから、何も見えやしないよ」
「でも……」
「ここに来る患者さんは、みんなそうやって治療しているんだ。恥ずかしいことじゃない、医療行為だからね。……早く治して、また元気に走りたいだろう?」
「……はい、でも……」
「佐藤君も待っているんだ。早く終わらせてあげよう」
僕の名前を出されたことで、愛ちゃんの抵抗が崩れたのが分かった。
「……わかり、ました。……タオル、絶対にかけてくださいね……?」
衣擦れの音がする。
スカートのファスナーが下ろされる音。
そして、愛ちゃんが一番恥じらうであろう、小さな布切れが太ももを滑り落ちる音。
僕は待合室で、耳を塞ぎたかった。
愛ちゃんが、あの無精髭のおっちゃんの前で、何も纏わない下半身を晒してしまった。
「よし、いい子だ。……さあ、力を抜いて」
ヌチャッ……。
大量のオイルが肌に塗られる、重たくて湿った音が響いた。
「ひゃっ……! 冷たい……っ」
「すぐに温かくなる。……ほら、滑りが良くなっただろう。これなら奥まで指が入る」
ヌチュ、クチュ……。
先ほどまでの乾いた音とは違う、卑猥な水音が院内に満ちる。
オイルに塗れた中野の指が、愛ちゃんの太ももを、膝裏を、そして鼠径部へと、ぬめるように這い回る。
「……んっ、ぁ……! 先生、そこ……っ」
「リンパが詰まっているねぇ。……どうだい、指圧よりも深く入るだろう?」
「……あ、うぅ……っ、なんか、変です……ヌルヌルして……っ」
「それがいいんだ。摩擦がないから、筋肉の繊維一本一本まで触れることができる。……ほら、内側の際どいところも、これなら痛くない」
「あ……っ、だめ、先生……! そこは、近すぎます……っ」
「みんな最初はそう言うんだ。でもね、ここを流さないと意味がない。……タオルで隠れているから大丈夫だ。わしを信じなさい」
中野の言葉巧みな誘導に、愛ちゃんは反論できなくなっていく。
羞恥心と警戒心で固くなっていた身体が、オイルの滑りと巧みな手技によって、強制的に解かされていく。
「……っ、やだ……身体が、熱い……っ! ……変な感じがするぅ……っ」
「そう、血行が良くなっているんだ。……素直な身体だねぇ、愛ちゃんは。……こんなに反応して」
「ちがう……っ! 反応なんて……っ! ……あ……ぅ……?」
愛ちゃんの拒絶の言葉が、不意に、甘い吐息へと変わった。
ヌチュヌチュという音は、次第に速く、激しくなっていく。
見えないはずの秘部。そのギリギリを、オイルまみれの太い指が行き来する。
「……な、なに……これ……? ……怖いのに……なんで……?」
「……どうだい? じわじわと、痺れるような感覚が広がるだろう?」
「……っ、やだ……お腹の奥が、変なの……っ! たっくん、助けて……っ」
心の中で僕を呼んでいるのか、それとも無意識に漏れ出た言葉なのか。
愛ちゃんは混乱していた。
おっちゃんの太い指に汚されている恐怖。それなのに、脳がとろけるような快感が湧き上がってくる矛盾。
その得体の知れない感覚に、彼女は泣きじゃくっていた。
由依はそれを、雑誌をめくる手を止めることすらなく、満足そうに聞き入っていた。
カーテンの向こう。
タオル一枚の下で、全裸同然になった僕の愛ちゃん。
その華奢な肢体が、無精髭のおっちゃんのオイルまみれの手で弄ばれ、開発されていく。
「……あ、あぁ……っ、だめ、どうして……っ、気持ち、いいなんて……うそだぁ……っ」
自分の感覚を信じられず、苦悩する愛ちゃんの嗚咽。
僕は待合室で、ズボンの上から自分のモノを強く握りしめた。
愛ちゃんが、僕の手の届かない場所へ連れ去られていく。
その事実に打ちのめされながら、僕は自分のどうしようもない興奮を、止めることができなかった。
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