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5話 亀裂
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翌日の放課後。
西日が差し込む渡り廊下で、僕と愛ちゃんは向かい合っていた。
昨日、コンビニのゴミ箱から彼女の下着を回収した僕は、一晩中、その汚れと匂いに犯され続けた。
だからこそ、確信していた。あそこは異常だ。
医療行為なんてものじゃない。あの中野という男は、治療と称して愛ちゃんを性の捌け口にしようとしている。
「……ねえ、愛ちゃん。やっぱり、あの整体院に行くの、もうやめないか?」
僕は意を決して切り出した。
「え?」
愛ちゃんがキョトンとした顔をする。その瞳は澄んでいて、昨日の施術で感じていた快楽の余韻など微塵も感じさせない。それが逆に怖かった。
「だって、昨日の……あの治療、痛そうだったし。それに、すごく汗かいたって言ってたじゃないか。普通の整体で、あんなになるまでやるなんて変だよ」
「変って……どういうこと?」
愛ちゃんの眉がピクリと跳ねた。声のトーンが少し下がる。
「いや、だから……。もっと普通の、整形外科とかに行ったほうがいいんじゃないかって。あのおじさん、なんか目つきも嫌らしいし……」
「たっくん」
愛ちゃんが、僕の言葉を遮った。
その声は、今まで聞いたことがないほど冷たく、鋭い響きを持っていた。
「私の体のこと、何も知らないくせに、適当なこと言わないで」
「え……?」
「整形外科にはもう行ったよ。湿布くれるだけで、全然痛みが引かなかったの。でも、中野先生の治療を受けたら、本当に腰が軽くなったんだよ? あの痛みから解放されるのが、どれだけ嬉しいか、たっくんには分からないでしょ」
彼女は一歩、僕に詰め寄った。
ふわりと、彼女の髪から匂いがした。
シャンプーの香りに混じって、まだ微かに残るベビーオイルの甘ったるい香り。それが僕の脳髄を刺激し、昨夜の興奮をフラッシュバックさせる。
「で、でも! あの治療はおかしいよ。愛ちゃん、昨日の帰り、下着捨てるくらい汚れてたじゃないか。あんなの絶対に変だ!」
僕が焦って声を荒げると、愛ちゃんはハッとしたように目を見開き、そしてすぐに、軽蔑の色を浮かべた眼差しで僕を睨みつけた。
「……あれは『毒素』が出たからだって、言ったでしょ? 好転反応なの」
「そ、それが嘘なんだよ! おっさんが適当なこと言って、愛ちゃんを騙して……」
「先生を悪く言わないで!!」
廊下に響き渡るような大声だった。
愛ちゃんは肩で息をしながら、潤んだ瞳で僕を睨みつけている。
その表情は、大切な恋人を侮辱された女性のようだった。
「先生は言ってたの。『途中でやめると、流れかけた悪いリンパが逆流して、もっと酷い痛みになって固まってしまう』って。今やめたら、一生治らなくなるかもしれないんだよ!?」
「愛ちゃん……」
「私のこと心配してくれるのは嬉しいけど……邪魔しないで。私、やっと信頼できる先生に出会えたんだから」
愛ちゃんはそう言い捨てると、僕に背を向けた。
カバンを握りしめる彼女の手は震えていた。
それは怒りからか、それとも「治療」を受けられないかもしれないという恐怖からか。
「……ごめん。私、今日も予約入れてるから。もう行くね」
彼女は早足で歩き出した。
その足取りは、昨日よりも軽く、そして急いでいるように見えた。
痛みを治しに行くのではない。
あの中野の太い指で、体の奥をかき回される快感を、無意識のうちに渇望している足取りだ。
僕は一人、廊下に取り残された。
彼女を止めようとした僕の言葉は、逆に彼女を中野の方へと押しやってしまった。
「私の痛みを分かってくれるのは先生だけ」。
そんな依存の種が、彼女の中で確実に芽吹いてしまっている。
遠ざかる愛ちゃんの背中から、目に見えない「鎖」が伸びて、あのおっさんの元へと繋がっているのが見えるようだった。
そして僕は、その鎖を断ち切ることもできず、ただ彼女が汚されに行くのを、指をくわえて見ていることしかできないのだ。
ズボンのポケットの中で、昨日拾った下着の感触を確かめる。
今の僕と愛ちゃんを繋ぐものは、この汚れた布切れ一枚だけになってしまった。
西日が差し込む渡り廊下で、僕と愛ちゃんは向かい合っていた。
昨日、コンビニのゴミ箱から彼女の下着を回収した僕は、一晩中、その汚れと匂いに犯され続けた。
だからこそ、確信していた。あそこは異常だ。
医療行為なんてものじゃない。あの中野という男は、治療と称して愛ちゃんを性の捌け口にしようとしている。
「……ねえ、愛ちゃん。やっぱり、あの整体院に行くの、もうやめないか?」
僕は意を決して切り出した。
「え?」
愛ちゃんがキョトンとした顔をする。その瞳は澄んでいて、昨日の施術で感じていた快楽の余韻など微塵も感じさせない。それが逆に怖かった。
「だって、昨日の……あの治療、痛そうだったし。それに、すごく汗かいたって言ってたじゃないか。普通の整体で、あんなになるまでやるなんて変だよ」
「変って……どういうこと?」
愛ちゃんの眉がピクリと跳ねた。声のトーンが少し下がる。
「いや、だから……。もっと普通の、整形外科とかに行ったほうがいいんじゃないかって。あのおじさん、なんか目つきも嫌らしいし……」
「たっくん」
愛ちゃんが、僕の言葉を遮った。
その声は、今まで聞いたことがないほど冷たく、鋭い響きを持っていた。
「私の体のこと、何も知らないくせに、適当なこと言わないで」
「え……?」
「整形外科にはもう行ったよ。湿布くれるだけで、全然痛みが引かなかったの。でも、中野先生の治療を受けたら、本当に腰が軽くなったんだよ? あの痛みから解放されるのが、どれだけ嬉しいか、たっくんには分からないでしょ」
彼女は一歩、僕に詰め寄った。
ふわりと、彼女の髪から匂いがした。
シャンプーの香りに混じって、まだ微かに残るベビーオイルの甘ったるい香り。それが僕の脳髄を刺激し、昨夜の興奮をフラッシュバックさせる。
「で、でも! あの治療はおかしいよ。愛ちゃん、昨日の帰り、下着捨てるくらい汚れてたじゃないか。あんなの絶対に変だ!」
僕が焦って声を荒げると、愛ちゃんはハッとしたように目を見開き、そしてすぐに、軽蔑の色を浮かべた眼差しで僕を睨みつけた。
「……あれは『毒素』が出たからだって、言ったでしょ? 好転反応なの」
「そ、それが嘘なんだよ! おっさんが適当なこと言って、愛ちゃんを騙して……」
「先生を悪く言わないで!!」
廊下に響き渡るような大声だった。
愛ちゃんは肩で息をしながら、潤んだ瞳で僕を睨みつけている。
その表情は、大切な恋人を侮辱された女性のようだった。
「先生は言ってたの。『途中でやめると、流れかけた悪いリンパが逆流して、もっと酷い痛みになって固まってしまう』って。今やめたら、一生治らなくなるかもしれないんだよ!?」
「愛ちゃん……」
「私のこと心配してくれるのは嬉しいけど……邪魔しないで。私、やっと信頼できる先生に出会えたんだから」
愛ちゃんはそう言い捨てると、僕に背を向けた。
カバンを握りしめる彼女の手は震えていた。
それは怒りからか、それとも「治療」を受けられないかもしれないという恐怖からか。
「……ごめん。私、今日も予約入れてるから。もう行くね」
彼女は早足で歩き出した。
その足取りは、昨日よりも軽く、そして急いでいるように見えた。
痛みを治しに行くのではない。
あの中野の太い指で、体の奥をかき回される快感を、無意識のうちに渇望している足取りだ。
僕は一人、廊下に取り残された。
彼女を止めようとした僕の言葉は、逆に彼女を中野の方へと押しやってしまった。
「私の痛みを分かってくれるのは先生だけ」。
そんな依存の種が、彼女の中で確実に芽吹いてしまっている。
遠ざかる愛ちゃんの背中から、目に見えない「鎖」が伸びて、あのおっさんの元へと繋がっているのが見えるようだった。
そして僕は、その鎖を断ち切ることもできず、ただ彼女が汚されに行くのを、指をくわえて見ていることしかできないのだ。
ズボンのポケットの中で、昨日拾った下着の感触を確かめる。
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