「中に出して。……お土産に持って帰りたいの」――上京前夜。ずっと好きだった幼馴染が、排卵検査薬を握りしめて俺のベッドに潜り込んできた。

葉山 乃愛

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第6話 宛先不明の「お土産」

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朝の光が、無慈悲に部屋を照らし出していた。
 
目を覚ますと、隣にいたはずの愛梨の温もりが消えていた。
 
「……愛梨?」
 
体を起こすと、部屋の隅にある姿見の前で、愛梨がジャケットを羽織っているところだった。
昨夜の、あの狂気じみた情事の痕跡はどこにもない。
髪は完璧に整えられ、メイクも隙がない。まるで、これから大事な商談に向かうキャリアウーマンのようだ。
 
「……おい、何してんだよ」
 
俺は掠れた声で呼びかけた。
 
「これから一緒に住むんだろ? 荷解き、手伝うよ」
 
昨夜、彼女は言ったはずだ。『東京なんて行かない』『拓也と一緒に住む』と。
だから俺たちは、避妊もせず、後先考えずに求め合ったんじゃないか。
 
しかし、愛梨は鏡越しに俺を一瞥し、困ったように眉を下げた。
 
「ごめんね、拓也。……あれ、嘘」
 
「は……?」
 
「新幹線の時間、もうすぐだから。行かなきゃ」
 
愛梨は足元に置いてあったキャリーバッグのハンドルを握った。
昨夜、中身は空っぽだと言っていた段ボール箱も、いつの間にかガムテープで封がされている。
 
「待てよ! 嘘ってなんだよ! お前、東京には行かないんじゃ……」
 
「行くよ。……待ってる人がいるもん」
 
待ってる人。その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
 
「待ってる人って……お前、東京で一人暮らしするんじゃなかったのかよ。就職するって……」
 
「就職はするよ」
 
愛梨は妖艶に微笑み、バッグから一枚の写真を取り出して、俺の枕元に放り投げた。
 
「『神宮寺(じんぐうじ)家の嫁』に、就職するの」
 
写真に写っていたのは、都内の有名私大の門の前で、高級車にもたれかかる優男だった。
線の細い、神経質そうな男。俺とは似ても似つかない。
 
「……誰だよ、これ」
 
「私の婚約者。……病院経営してる一族の跡取り息子」
 
脳が理解を拒絶した。
婚約者? 結婚?
そんな話、一度も聞いていない。俺はずっと、愛梨は夢を追いかけて一人で東京へ行くものだとばかり……。
 
「驚いた? 言ってなかったもんね」
 
愛梨は悪戯が成功した子供のような顔をした。
 
「でも、彼には致命的な欠点があるの。……種がないの」
 
「……え?」
 
「無精子症。子供ができない体なの。でも、向こうの親は『跡取りを産め』ってうるさくて。彼もプライドが高いから、自分が不能だなんて認められない。……そこで、私の出番」
 
愛梨の声が、スッと低くなった。
 
「『私に任せて。あなたの子を産んでみせるわ』って言ったら、彼、泣いて喜んでた。……私が他の男と寝てくるって知ってるくせに、見て見ぬふりして送り出したの」
 
点と点が、戦慄とともに繋がっていく。
 
彼女が言った『お土産』という言葉。
あれは、俺との思い出を指す感傷的な言葉じゃなかった。
文字通り、神宮寺家へ持参するための『手土産(胎児)』のことだったんだ。
 
「じゃあ……昨日の夜、俺のところに来たのは……」
 
「精子バンクなんて、どこの誰か分からない種は嫌でしょ? 不細工が生まれたら困るし、変な病気も怖い」
 
愛梨はコツコツとヒールを鳴らして俺に近づき、俺の頬に冷たい手を添えた。
 
「だから、選んだの。……拓也を」
 
「……俺を?」
 
「うん。健康で、顔も良くて、昔から私の言うことは何でも聞いてくれて……絶対に秘密を守ってくれる『幼馴染』。最高のドナーだと思わない?」
 
俺の中で、昨夜の「純愛」が音を立てて崩れ落ちた。
好きだから抱かれたんじゃない。
一緒に生きていきたいから求めたんじゃない。
俺は、ただの「安全で優秀な種馬」として搾取されただけだったのだ。
 
「『東京には行かない』って言ったのも……」
 
「そう言わないと、拓也、安心して中に出してくれないでしょ? 『責任取る』とか重いこと言われたら面倒だし」
 
完璧だった。
排卵日を計算し、引っ越し前夜というシチュエーションを利用し、俺の情欲と独占欲を極限まで煽り、確実に「着床」させるための舞台装置。
 
俺は怒りで震えた。
 
「ふざけんな……! 俺はお前の道具じゃねぇぞ!」
 
「道具じゃないよ。……共犯者でしょ?」
 
愛梨はスマホの画面を見せた。
そこには、俺が昨夜言った数々のセリフが録音されていた。
 
「これ、向こうの家に送ったらどうなるかな? ……でも、私が無事に男の子を産めば、このデータは消してあげる」
 
逃げ場はなかった。
だが、不思議なことに、俺の身体の奥底で、暗い炎が燃え上がっていた。
騙されたという怒り以上に、歪んだ興奮が背筋を駆け上がってくる。
 
俺の遺伝子が、東京の大金持ちの家に入り込む。
あの写真の優男が、何も知らずに俺の子供を「パパ」として育て、その家の財産をすべて俺の分身に継承させる。
それは、底辺の生活を送る俺にとって、あまりにも甘美な復讐劇(シナリオ)だった。
 
「……あと、15分ある」
 
俺は愛梨の手首を掴んだ。
 
「念には念を入れなきゃな。……俺の種で子宮を満タンにしてやるよ」
 
愛梨は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。
 
「……ふふ。やっぱり、拓也を選んで正解だった」
 
彼女は自らスカートを捲り上げ、まだ俺の体液で汚れたままの下着のない秘部を晒した。
 
「仕上げをして、拓也。……神宮寺家の跡取りを、私のタンク満タンに注ぎ込んで?」
 
俺は、震える手で彼女の腰を引き寄せた。
もう、愛の言葉はいらない。
これは、俺と愛梨が世界に仕掛ける、人生を賭けた「托卵」という名のゲームだ。
 
ズプッ……!
 
乾いた音と共に、俺たちは再び繋がった。
その行為は、別れのセックスではなく、共犯契約の調印式だった。
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