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第24話 オリジナルと、模造された聖女
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青白い溶液の中で、もう一人のアイリが眠っている。
その肌は陶器のように白く、長い睫毛が影を落としている。
胸がわずかに上下していることから、生きていることは分かった。
だが、無数のチューブが彼女の体中に突き刺さり、そこから生命維持に必要な何かが送り込まれているようだった。
「アイリ……?」
僕は隣にいる「僕のアイリ」を見る。
彼女は、幽霊でも見たかのように青ざめ、震える手で口元を覆っていた。
「嘘……なんで……私が、あそこに……?」
彼女の反応は、演技には見えなかった。
本当に、訳が分からないという顔だ。
ドッ、ドッ、ドッ。
不意に、カプセルの横にある巨大なモニターが起動し、心電図のような波形を表示し始めた。
そして、どこか聞き覚えのある、しわがれた老人の声が響いた。
『ようこそ、ここまで辿り着いたね。被験者諸君』
キルケゴールではない。
もっと理知的で、そして傲慢な響きを持つ声。
サカキバラ教授か?
いや、彼は死んだはずだ。
『驚いているかね? そのカプセルの中にある「素体」を見て』
素体。
その言葉に、アイリがビクリと肩を震わせる。
『紹介しよう。彼女こそが、正真正銘の人間、本物のアイリくんだ』
本物。
じゃあ、僕の隣にいる彼女は?
『そして、君の隣にいるのは……私の最高傑作。生体組織とナノマシンで構成された、限りなく人間に近いバイオロイド。「聖女モデル」のプロトタイプだよ』
思考が停止する。
バイオロイド?
隣を見る。
アイリは、自分の両手を見つめ、小刻みに震えていた。
「嘘……私が、偽物……?」
『嘘ではないよ。君の記憶、君の人格、君のタクヤくんへの愛情……それらは全て、そのカプセルの中のオリジナルから抽出したデータを元に、私がプログラムした「アルゴリズム」だ』
老人の声が笑う。
『彼女(オリジナル)は、不治の病で余命いくばくもない。だが、彼女は死ぬ間際に願った。「どうしても、彼に愛されたい」と』
彼……つまり、僕のことか?
『だから私は叶えてやったのだ。彼女の意識をコピーし、健康で、美しく、そして「彼のために何でもする」ように調整された完璧な身体を与えて』
なんてことだ。
僕が愛したアイリは。
僕を守るために手を汚し、笑い、泣いてくれた彼女は。
死にかけの少女が見ている「夢」の代行者でしかなかったのか。
「違う……!」
アイリが叫んだ。
「私は人間よ! 心臓も動いてるし、血だって出るし、痛みだってある!」
彼女は自分の腕を爪で引っ掻く。
赤い血が滲む。
『精巧だろう? それが私の技術だ』
声は残酷に告げる。
『だが、君には決定的な違いがある。……君には「寿命」がない代わりに、「所有者(マスター)」の命令には逆らえない安全装置(セーフティ)が埋め込まれている』
安全装置?
『タクヤくん。君が持っているレンのスマホを見てごらん』
僕は言われるままにスマホを見る。
画面には、新しいアプリのアイコンが表示されていた。
『Master_Control(マスター・コントロール)』。
タップすると、シンプルな操作画面が現れた。
『停止』『初期化』『自壊』。
そして、中央には大きなボタンがある。
『絶対服従モード』。
『それを押せば、彼女は君の言いなりだ。君を殺すことも、自ら命を絶つことも、君が望むままに』
スマホを持つ手が震える。
これが、アイリの正体?
僕の恋人は、スマホ一つで操作できる人形だったのか?
「タクヤくん……」
アイリが僕を見る。
その瞳は、絶望と恐怖で揺れていた。
「私……偽物じゃないよね? タクヤくんを愛してる気持ち、プログラムなんかじゃないよね?」
彼女が僕の腕を掴む。
その手は温かい。
涙で濡れている。
もしこれがプログラムだとしたら、あまりにも残酷すぎる。
『さあ、実験の最終段階だ』
老人の声が高らかに宣言する。
『そのカプセルの中の「オリジナル」を目覚めさせるには、膨大なエネルギーが必要だ。そして、そのエネルギー源となるのは……「プロトタイプ」の生命エネルギーだ』
え?
『タクヤくん。君に選択権を与えよう』
モニターに二つの選択肢が表示される。
**A:プロトタイプ(現在のアイリ)を分解し、オリジナルを蘇生させる。**
**B:オリジナルを見殺しにし、プロトタイプと二人でここから脱出する。**
『Aを選べば、君は「本物の人間」である彼女と結ばれる。ただし、今の彼女(プロトタイプ)は消滅する』
『Bを選べば、今の彼女と生きられる。だが、それはあくまで「作り物」との永遠のママゴトだ』
究極の二択。
本物の命か。
作られた愛か。
「嫌だ……」
アイリが後ずさる。
「死にたくない……私、ここにいるよ! タクヤくんを愛してる私が、ここにいるのに!」
彼女は泣き叫ぶ。
だが、カプセルの中の少女もまた、苦しげに眉を寄せているように見えた。
彼女こそが、僕を本当に愛し、病床で僕を想い続けてくれた「起源(オリジン)」なのだ。
僕の手の中に、スマホがある。
僕の目の前に、二人のアイリがいる。
どちらかを選べば、どちらかが死ぬ。
第五ゲーム『死神の裁判』は、終わっていなかったのだ。
ここが、本当の法廷だ。
僕は、どちらの「アイリ」を殺す?
その肌は陶器のように白く、長い睫毛が影を落としている。
胸がわずかに上下していることから、生きていることは分かった。
だが、無数のチューブが彼女の体中に突き刺さり、そこから生命維持に必要な何かが送り込まれているようだった。
「アイリ……?」
僕は隣にいる「僕のアイリ」を見る。
彼女は、幽霊でも見たかのように青ざめ、震える手で口元を覆っていた。
「嘘……なんで……私が、あそこに……?」
彼女の反応は、演技には見えなかった。
本当に、訳が分からないという顔だ。
ドッ、ドッ、ドッ。
不意に、カプセルの横にある巨大なモニターが起動し、心電図のような波形を表示し始めた。
そして、どこか聞き覚えのある、しわがれた老人の声が響いた。
『ようこそ、ここまで辿り着いたね。被験者諸君』
キルケゴールではない。
もっと理知的で、そして傲慢な響きを持つ声。
サカキバラ教授か?
いや、彼は死んだはずだ。
『驚いているかね? そのカプセルの中にある「素体」を見て』
素体。
その言葉に、アイリがビクリと肩を震わせる。
『紹介しよう。彼女こそが、正真正銘の人間、本物のアイリくんだ』
本物。
じゃあ、僕の隣にいる彼女は?
『そして、君の隣にいるのは……私の最高傑作。生体組織とナノマシンで構成された、限りなく人間に近いバイオロイド。「聖女モデル」のプロトタイプだよ』
思考が停止する。
バイオロイド?
隣を見る。
アイリは、自分の両手を見つめ、小刻みに震えていた。
「嘘……私が、偽物……?」
『嘘ではないよ。君の記憶、君の人格、君のタクヤくんへの愛情……それらは全て、そのカプセルの中のオリジナルから抽出したデータを元に、私がプログラムした「アルゴリズム」だ』
老人の声が笑う。
『彼女(オリジナル)は、不治の病で余命いくばくもない。だが、彼女は死ぬ間際に願った。「どうしても、彼に愛されたい」と』
彼……つまり、僕のことか?
『だから私は叶えてやったのだ。彼女の意識をコピーし、健康で、美しく、そして「彼のために何でもする」ように調整された完璧な身体を与えて』
なんてことだ。
僕が愛したアイリは。
僕を守るために手を汚し、笑い、泣いてくれた彼女は。
死にかけの少女が見ている「夢」の代行者でしかなかったのか。
「違う……!」
アイリが叫んだ。
「私は人間よ! 心臓も動いてるし、血だって出るし、痛みだってある!」
彼女は自分の腕を爪で引っ掻く。
赤い血が滲む。
『精巧だろう? それが私の技術だ』
声は残酷に告げる。
『だが、君には決定的な違いがある。……君には「寿命」がない代わりに、「所有者(マスター)」の命令には逆らえない安全装置(セーフティ)が埋め込まれている』
安全装置?
『タクヤくん。君が持っているレンのスマホを見てごらん』
僕は言われるままにスマホを見る。
画面には、新しいアプリのアイコンが表示されていた。
『Master_Control(マスター・コントロール)』。
タップすると、シンプルな操作画面が現れた。
『停止』『初期化』『自壊』。
そして、中央には大きなボタンがある。
『絶対服従モード』。
『それを押せば、彼女は君の言いなりだ。君を殺すことも、自ら命を絶つことも、君が望むままに』
スマホを持つ手が震える。
これが、アイリの正体?
僕の恋人は、スマホ一つで操作できる人形だったのか?
「タクヤくん……」
アイリが僕を見る。
その瞳は、絶望と恐怖で揺れていた。
「私……偽物じゃないよね? タクヤくんを愛してる気持ち、プログラムなんかじゃないよね?」
彼女が僕の腕を掴む。
その手は温かい。
涙で濡れている。
もしこれがプログラムだとしたら、あまりにも残酷すぎる。
『さあ、実験の最終段階だ』
老人の声が高らかに宣言する。
『そのカプセルの中の「オリジナル」を目覚めさせるには、膨大なエネルギーが必要だ。そして、そのエネルギー源となるのは……「プロトタイプ」の生命エネルギーだ』
え?
『タクヤくん。君に選択権を与えよう』
モニターに二つの選択肢が表示される。
**A:プロトタイプ(現在のアイリ)を分解し、オリジナルを蘇生させる。**
**B:オリジナルを見殺しにし、プロトタイプと二人でここから脱出する。**
『Aを選べば、君は「本物の人間」である彼女と結ばれる。ただし、今の彼女(プロトタイプ)は消滅する』
『Bを選べば、今の彼女と生きられる。だが、それはあくまで「作り物」との永遠のママゴトだ』
究極の二択。
本物の命か。
作られた愛か。
「嫌だ……」
アイリが後ずさる。
「死にたくない……私、ここにいるよ! タクヤくんを愛してる私が、ここにいるのに!」
彼女は泣き叫ぶ。
だが、カプセルの中の少女もまた、苦しげに眉を寄せているように見えた。
彼女こそが、僕を本当に愛し、病床で僕を想い続けてくれた「起源(オリジン)」なのだ。
僕の手の中に、スマホがある。
僕の目の前に、二人のアイリがいる。
どちらかを選べば、どちらかが死ぬ。
第五ゲーム『死神の裁判』は、終わっていなかったのだ。
ここが、本当の法廷だ。
僕は、どちらの「アイリ」を殺す?
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