嘘つきは英雄の始まり

ひふみ黒

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第7話 「最強の暗殺者」が挑んできました

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「カイト様、あ~ん♡」

「カイト様、こちらのお口も空いていますよ? 神聖なる咀嚼を……」


王城のVIPルーム。

俺、黒瀬カイトは、朝食の席で死んだ魚のような目をしていた。


右には、焼きたての(黒焦げの)肉を突き出してくる元ドラゴンのルビィ。

左には、聖水で洗った(味がしない)野菜を突き出してくる聖女エリス。


ここは天国か?

いや、地獄だ。

昨夜、二人の「どちらと一緒に寝るか」論争が勃発し、結局三人で川の字(俺が真ん中)で寝ることになった。

結果、俺はルビィの寝返り(プレス機並みの圧力)と、エリスの寝言(呪詛のような祈り)に挟まれ、一睡もできなかったのだ。


(……逃げたい。どこでもいい、静かな独房へ行きたい)


そんな俺の切実な願いが通じたのか、部屋の扉がノックされた。

入ってきたのは、顔面蒼白の文官だ。


「か、カイト様! 緊急事態です! 闘技場へお越しください!」


「闘技場? 嫌だ。俺はコタツで寝たい」


「そ、そう仰らずに! 他国の外交官たちが『英雄の実力を見せろ』とうるさいのです! 特に……あの方(・・・)が」


文官が震えている。

嫌な予感しかしない。

俺は二人の嫁(自称)を引き連れ、しぶしぶ闘技場へと向かった。


***


王城に併設された大闘技場。

そこには、観客席を埋め尽くす貴族や各国の外交官たちがいた。


「見ろ、あれが『不動の英雄』か……」

「魔力1だと言うが、本当なのか?」

「ハッタリに決まっている。化けの皮を剥いでやるわ」


刺すような視線。

そして、闘技場の中央に立っていたのは、全身を黒い包帯とレザーアーマーで包んだ、不気味な男だった。


「……ヒヒッ。お初にお目にかかりますねぇ、英雄サマ」


男が歪んだ笑みを浮かべる。

その手には、禍々しい紫色の短剣が握られている。


「俺はガレット。この国の裏仕事を統括する『幻影部隊(ファントム)』の隊長ですぅ」


暗殺者の親玉だ。

先日、俺を襲ってミンチにされた部下のリベンジに来たらしい。


「アンタの実力、どうも胡散臭い。魔道具も狂わせ、ドラゴンも手懐けた……その『タネ』、俺が暴いて殺して差し上げますよぉ」


ガレットの姿が、陽炎のように揺らぐ。

『光学迷彩(ステルス)』。

気配遮断の上位スキルだ。


(マズい……! あいつ、ガチで殺しに来てる!)


ルビィとエリスが前に出ようとする。

「無礼な鼠ですわ。消します」

「浄化が必要ですね」


「待て」


俺は二人を制した。

ここで二人に戦わせれば、「カイトは女の後ろに隠れる腰抜けだ」と判断され、外交官たちに舐められる。

それは、詐欺師としての「信用失墜(ゲームオーバー)」を意味する。


俺は震える足で、闘技場の中央へと進み出た。


「……俺を試すか。いい度胸だ」


俺はあえて、武器を持たずに直立不動の姿勢をとった。


「ルールは不要だ。好きに殺しに来い。……俺に『触れる』ことができればの話だがな」


「ヒヒッ! 言いましたねぇ……後悔して死になさいッ!!」


ガレットの姿が、完全に消えた。

足音もしない。風の音もしない。

完全なる透明人間。


俺は棒立ちのまま、冷や汗をダラダラ流していた。


(どこだ!? どこから来る!? 右か? 後ろか!?)


見えない。何も見えない。

死の恐怖で、心臓が爆発しそうだ。

だが、動けば隙ができる。キョロキョロすれば「見えていない」ことがバレる。


俺に残された道は一つ。

「すべて見えている」という演技(ハッタリ)を突き通すことだけ!


(来る……! 殺気が肌を刺す……!)


俺の第六感が、背後の首筋に冷たいものを感じた。

そこだッ!!


俺は振り返らず、虚空に向かってボソリと呟いた。


「……そこ、邪魔だぞ」


詐欺師の鉄則その6。『見えないものは、あることにすればいい』。


俺は指をパチンと鳴らす。

同時に、自分自身の周囲に「見えない壁」があるかのように振る舞った。


「俺の周囲3メートルは、『神の領域(サンクチュアリ)』だ。許可なく踏み込めば……空間ごと断裂するぞ?」


完全なデタラメだ。

だが、「見えない相手」に対して「見えない罠」を宣言する。

これぞ、見えないもの同士の心理戦!


《信仰率60%……判定……》


その時だ。

俺の鼻先に、一匹の羽虫が飛んできた。

ルビィが焦がした肉の煤(スス)がついている。


「ぶ、……っくしょいッ!!!」


俺は盛大にくしゃみをした。

その反動で、体がガクンと前にのめる。


ヒュンッ!!


俺の頭があった場所を、透明な刃が通過した。

偶然だ。

奇跡的なタイミングで、くしゃみが致命傷を回避したのだ。


だが、ガレットには違って見えたらしい。


『な、にィッ!? 見えない背後からの攻撃を、最小限の動きで回避しただとぉ!?』


何もない空間から、驚愕の声が響いた。

俺は鼻水をすすりながら、内心(あっぶねええええ!! 死んだ! 今死んでた!!)と絶叫した。

だが、顔だけは「余裕の笑み」を作る。


「……遅い」


俺は誰もいない空間を睨みつけた。


「言ったはずだ。『神の領域』だと。……お前、もう詰んでいるぞ?」


『馬鹿な! 俺のステルスは完璧なはず……!』


「完璧? 笑わせるな。俺には『線』が見えている」


俺は適当に手をかざし、空気を撫でるような仕草をした。


「お前の動きに合わせて、この空間に『不可視の機雷』を設置した。……あと一歩でも動けば、爆発して木っ端微塵だ」


『ヒッ……!?』


ガレットの足が止まる。

さっきの「神回避(くしゃみ)」を見せられたせいで、俺の言葉に信憑性が生まれてしまったのだ。


(こいつ……見えている! 俺がどこに動くか予測して、罠を張っているのか!?)


疑心暗鬼が、幻覚を生む。


《信仰率85%……判定成功》

《嘘現出:対象に『爆発の幻影』を現実に変えます》


「動くなと言っただろう?」


俺が指を鳴らす。


ドォォォォォンッ!!!


何もない空間が、突如として爆発した。

正確には、ガレットが「ここに地雷があるかも」と一番恐れた場所が、本当に爆発したのだ。


『ギャアアアアアッ!?』


透明化が解け、黒焦げになったガレットが吹き飛んでいく。

彼は地面をごろごろと転がり、俺の足元でピクリとも動かなくなった。


シーン……。


闘技場が静寂に包まれる。

観客たちは、俺が何をしたのかすら理解できていない。

ただ、「棒立ちしていたカイトが指を鳴らした瞬間、最強の暗殺者が自爆した」という事実だけが残った。


「……手加減はした。命までは取らん」


俺は震える足を隠すために、かっこよくマントを翻して背を向けた。

(腰が抜けた……。誰かおんぶしてくれ……)


ワァァァァァァッ!!


遅れて、爆発的な歓声が沸き起こる。

「見ろ! 見えない敵を、見ないまま倒したぞ!」

「空間魔法か!? いや、未来予知か!?」

「カイト様バンザイ!!」


ルビィとエリスが、目をハートにして駆け寄ってくる。


「マスター! 今のくしゃみ(フェイント)、最高にクールでしたわ!」

「神の雷ですね! 素敵ですカイト様! 今夜こそ寝室で、私の中の導火線にも火をつけてください!」


やめろ。

俺の導火線はもう燃え尽きているんだ。


こうして俺は、また一つ伝説を作ってしまった。

『千里眼の英雄』。

ただの花粉症(くしゃみ)が、神の御業として歴史に刻まれた瞬間だった。
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