殺人事件? 知ったことか、俺は定時で帰る。

白山 乃愛

文字の大きさ
5 / 22

第5話 聖なる結婚式の悲劇(新郎は俺だ)

しおりを挟む
【19:30:00】

葛城 湊(かつらぎ みなと)は、人生で最も重要な『式』に臨んでいた。

場所は、都内の高級ホテル『ロイヤル・マリッジ』の披露宴会場。
大学時代の親友の結婚式だ。
新郎新婦が入場し、盛大な拍手が送られている。

だが、湊の心はここにはない。
彼の魂は、数次元先の『電脳世界』にある。

(あと30分……! 待っていてくれ、猫耳メイドちゃん……!)

今日の20時00分。
湊が全給料を注ぎ込んでいるVRアイドル『猫耳メイドちゃん』との、抽選で1名だけが選ばれる『VR結婚式イベント』が執り行われる。

当選倍率は50万倍。
奇跡的に当選した湊は、20時ジャストにVRゴーグルを装着し、マイクに向かって「誓います」と言わなければならない。
言えなければ、権利剥奪。
俺の花嫁は、電子の藻屑と消える。

「……帰る。ご祝儀(5万円)は包んだ。友情より愛情だ。俺は嫁の元へ帰る」

「先輩、最低ですね! 新郎は泣いてますよ!」

ドレスアップした二階堂(にかいどう)アリスが、呆れ顔で言った。
彼女はなぜか、引き出物袋に入りきらなかった『松阪牛のカタログギフト(10キロ分)』を小脇に抱えている。

「知るか。あいつには3次元の嫁がいる。俺には2次元しかいない。ハンデ戦だ」

「思考回路がバグってます!」

「……よし、今だ。キャンドルサービスの隙に脱出する」

湊が席を立ち、出口へ向かおうとした、その時だった。

「キャァァァァァァッ!!」

会場が暗転し、悲鳴が響き渡った。
スポットライトが消え、非常灯が点滅する。
そして、明かりが戻った時――

高砂(たかさご)の席から、新婦の姿が消えていた。
代わりに残されていたのは、一枚の黒いカードと、新郎の絶叫。

「マ、マリアがいないぃぃぃ! 神隠しだぁぁぁ!」

湊は天を仰いだ。
これは、湊の「VR結婚式」の破綻を告げる、地獄のウェディングベルだった。

「……聞こえない。俺の鼓膜は今、猫耳メイドちゃんの声しか受信しない」

「行きますよ、新郎(予定)先輩!!」

アリスが湊のタキシードの襟を掴み、引きずっていく。

「離せ! 俺は誓いのキスをしなきゃいけないんだ! 唇のコンディションを整える時間が必要なんだ!」

「新婦がいないと披露宴が終わりません! 終わらないと帰れませんよ!」

「……ッ! そうか、そういうことか!」

湊の目の色が変わった。
新婦を取り戻さなければ、この会場は封鎖され、事情聴取で朝まで拘束される。
それは、猫耳メイドちゃんとの永遠の別れ(離婚)を意味する。

「やるぞ二階堂。……新婦を奪還し、20時(挙式)までに祭壇(自宅のPC前)へ帰還する」

   

現場は、ホテルの最上階『ロイヤル・スイートルーム』だった。
犯人からの電話で指定された場所だ。
部屋の中央には、猿ぐつわをされ、椅子に縛られた新婦。
そして、その横に立つ、奇怪な仮面をつけた男。

「よく来たな、名探偵葛城湊。……待っていたぞ」

「……誰だ、アンタは」

湊が時計を見る。
19時32分。
あと3分。
これを1分で片付ければ、ダッシュでタクシーに乗り……いや、ギリギリだ。

「俺は『全日本残業推進協議会(全残協)』のエージェント、コードネーム『休日出勤』だ」

「は?」

「我々の目的は、貴様だ。貴様のような『定時退社のカリスマ』を精神的に追い詰め、残業の素晴らしさを骨の髄まで教え込むことにある!」

男が高らかに笑う。

「さあ、ゲームを始めようか! この新婦の椅子の下には、高性能な『圧力感知式爆弾』が仕掛けられている! 新婦が動けばドカンだ! 解除したければ、我々が用意した『未処理の稟議書(りんぎしょ)3000枚』にハンコを押せ!」

男が指差した先には、山積みのダンボール。
中には、どうでもいい書類がぎっしり。

「これを全部承認し終わる頃には、月曜の朝になっているだろう! ハハハハ! さあ、サビ残の時間だ!」

「……轟さん、出番だ」

湊が背後を振り返るが、いつもの刑事はいない。

「あれ? 轟刑事は?」

「轟刑事なら、下の階で『シャンパンタワーを直飲み』して泥酔し、つまみ出されました!」

「あのアル中が……!」

湊は、仮面の男(休日出勤)を睨みつけた。

時刻は19時33分。
あと2分。
ハンコを押している暇など、1ナノ秒もない。

「……起動(ブート)、成婚(マリッジ)モード。」

カッ!

思考加速。
湊の脳内から「友情」の文字が消え失せる。
残るのは、VRゴーグルのバッテリー残量と、誓いの言葉のみ。

【スキャン開始】
……対象A:新婦。椅子に拘束。
……対象B:爆弾。椅子の下に設置。赤いランプが点滅。
……対象C:犯人。仮面男。手にリモコン。

(……ん?)

湊の目が、犯人の『手元』を捉える。
男が持っているリモコン。
そして、部屋の隅にある『ルームサービスのワゴン』。

カカカカッ!
脳内で情報が結合する。

(リモコン=テレビ用。メーカーロゴが見える)
(爆弾のランプ=点滅リズムが一定すぎる。100均の自転車用ライト?)
(犯人の靴=ホテルの従業員用革靴)

思考時間、0.1秒。
結論:瞬殺。

「……茶番だ」

湊は吐き捨てるように言った。

「おい、休日出勤とか言ってる社畜」

「なんだと!?」

「その爆弾はダミーだ。……椅子の下の赤いランプ、あれは自転車のテールランプだ。点滅のリズムが『強・弱・点滅』になってるぞ」

「な、なぜバレた!?」

「予算が無かったのか? ……そして、本物の起爆スイッチは、お前のポケットの中にあるスマホだ。特定の番号にかけると、新婦のドレスに仕込んだ『発煙筒』が作動する仕組みだろう」

男がポケットを押さえる。

「貴様……!」

「そして、お前の正体は、このホテルの『チーフ・プランナー』だ。……その革靴、踵(かかと)に『寿(ことぶき)』のシールが剥がれかけてついている。さっきの披露宴で、引き出物を運んでいたスタッフと同じだ」

男が仮面をかなぐり捨てた。
そこには、先ほどまで笑顔で司会をしていたプランナーの顔があった。

「バレてしまっては仕方がない! そうだ、俺は『全残協』の構成員だ! 完璧な計画だったのに……!」

「動機は? どうせ『全残協』のノルマとかだろう」

男が、血走った目で叫んだ。

「それもある! だがな、個人的な恨みもあるんだ!」

「なんだ」

「俺はな……この新郎新婦の結婚式のために! 半年間、休みなしで準備してきたんだ! 『感動のサプライズ』『涙の演出』を!」

「それはお前の仕事だろ」

「だがな! 新郎新婦は! 俺が徹夜で作った『プロフィールムービー(大作・20分)』を見て! 『長げぇよ。TikTokみたいに15秒にして』って言ったんだぁぁぁぁ!!」

「……は?」

「20分の大作を15秒だと!? 俺の半年間をショート動画扱いしやがった! 俺の残業を否定する奴は、一生独身でいろぉぉぉ!」

「…………」

湊は腕時計を見た。
19時34分。
あと1分。

湊は、深く深くため息をついた。

「気持ちは分かるが、20分は長い。……いいか、世の中には『どうでもいいムービー』と『一生に一度のVR挙式』がある。お前は前者を押し付け、後者を奪おうとした。……万死に値する」

「うるさい! お前も道連れだ! 発煙筒で燻製にしてやる!」

男がスマホを取り出し、発信ボタンを押そうとする。

しかし、湊は動かない。
腕時計を見る。19時34分30秒。

「二階堂」

「はいっ!」

「そのブラック企業戦士に、ケーキ入刀しろ」

「イエス・ボス!!」

アリスは、部屋の入り口に飾ってあった『特大ウェディングケーキ(高さ5メートル・300人分)』に手をかけた。
生クリームとスポンジの塔。
総重量、推定100キロ。

「ファースト・バイト(物理)ですぅぅぅぅ!」

ドゴォォォォォォォン!!!!!

「ぐぼぉぉぉぉ! 甘ぇぇぇぇ!」

男は美しい放物線を描き、スイートルームの壁に激突。
全身が生クリームまみれになり、雪だるまのようになって沈黙した。

「……ナイス・カロリー」

「えへへ、お腹いっぱいです!」

湊はパンパンと手を払う。

「よし、解決。新婦の拘束を解け。俺は帰る。猫耳メイドちゃんが待っている」

「はい! ……あ、先輩」

「なんだ! 今は1フレームも無駄にするな!」

「さっき、ケーキを投げた時に……ちょっとコントロールが……」

「コントロールが、どうした!」

アリスは、壁のひび割れを指差した。
犯人が激突した、その場所。
そこには、ホテルの全システムを管理する『メインサーバー・パネル』があった。

バチバチバチッ……。

嫌な音が響く。
そして、犯人のポケットから落ちたスマホが、誤作動でパネルに接触した。
湊のスマホも、Wi-Fi経由で同期してしまっていた。

「……あ」

次の瞬間。

ホテルの全客室、全宴会場にある『巨大スクリーン』と『館内放送』がジャックされた。

映し出されたのは、湊のスマホ画面(VRアプリ)。
そして、スピーカーから大音量で流れる、湊のアバター(美少女)の声。

『ああん! ご主人様ぁ! 早くチューしてぇ! ブヒィィィ!』

「…………」

時が、止まった。

この映像と音声は、下の階で披露宴を行っている親友、恩師、親族、そして元カノ……全員の目に焼き付けられた。

【20:00:00】

湊の腕時計が、無情な時を告げる。

それは、VR結婚式の開始時刻であり、湊が『社会的』に死亡した時刻でもあった。

湊は、白目を剥いて、ゆっくりとクリームの中に倒れ込んだ。

「……終わった……俺の人生が……」

「せ、先輩! 生きて! 強く生きて!」

湊の目から、光が消えた。
彼は、地獄の底から響くような声で命じた。

「……二階堂」

「は、はいぃぃ!」

「あのプランナー(犯人)を、ウェディングドレスに着替えさせろ」

「へ?」

「あいつと……俺が……ここで結婚式を挙げる」

「ええええええ!? 地獄の同性婚!?」

「俺の尊厳は死んだ。……ならば、あいつの尊厳も道連れだ。誓いのキスをするぞ。持ってこい」

「ひぃぃぃ! クリームまみれのおっさんとキス!? それ法的に許される刑罰ですかぁぁぁ!」

こうして、俺の『VR結婚式計画』は、高級ホテルでの『公開処刑』と『おっさんとのクリームまみれのキス』という伝説に変わった。

だが、俺は忘れない。
『全残協』……。
俺の人生を破壊した貴様らを、絶対に許さない。
俺は必ず、定時の向こう側へ辿り着く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...