殺人事件? 知ったことか、俺は定時で帰る。

白山 乃愛

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第8話 筋肉村の掟(前編:炭水化物禁止区域)

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【16:45:00】

地図から抹消された秘境『剛力村(ごうりきむら)』。
村民全員がボディビルダーという、プロテイン臭い集落。

村の入り口にある検問所で、一人の男が震えていた。
葛城 湊(かつらぎ みなと)である。

「……こ、米……。銀シャリ……。卵かけご飯……」

彼は禁断症状を起こしていた。
この村の掟は絶対だ。
『炭水化物(カーボ)は麻薬』。
白米、パン、麺類は「白い悪魔」と呼ばれ、所持が見つかれば即刻、村の広場で「スクワット1万回の刑」に処される。

「おい湊くん! バッグの底から『おにぎりの包み紙(残骸)』が出てきたぞ! 密輸か!?」

検問を行っているのは、アリスの父親であり村長の『二階堂 巌(いわお)』。
彼の大胸筋は、湊の頭よりデカイ。

「ち、違う! それは……アロマだ! 俺は米の匂いを嗅がないと眠れないんだ!」

「ならん! 没収だ! 代わりに『ささみスティック(味なし)』をやる。食え」

「いらねえよ! パサパサして喉に詰まるんだよ!」

湊は空腹と絶望で発狂寸前だった。
今日の17時00分。
村唯一の『下山バス』が来る。
それに乗れば、1時間後には駅前の『牛丼屋』へ行ける。

「あと15分……。生きて帰る……。そして牛丼の『特盛つゆだく』に『温玉』を乗せて飲む……」

湊が牛丼の幻覚を見た、その時だった。

「ヌオォォォォォォッ!!」

村の聖地『マッスル・テンプル(公民館)』から、野太い悲鳴が響き渡った。
それは、湊の「牛丼計画」を粉砕する、筋肉の断末魔だった。

「……俺は何も聞いていない。俺の耳は今、店員さんの『いらっしゃいませ』しか受信しない」

「行きますよ、カタボリック先輩!!」

タンクトップ姿の二階堂(にかいどう)アリスが、湊のジャージの襟を掴んで軽々と持ち上げる。
彼女はなぜか、片手で『村のシンボル(黄金のケトルベル・100キロ)』でアームカールをしている。

「離せ! 俺は米を食うんだ! インスリンを出させろ!」

「人が死んでるんですよ! 血糖値と人命、どっちが大事なんですか!」

「血糖値に決まってるだろうが! 脳のガソリンだぞ!」

湊が引きずられていった先は、蒸気が充満するテンプルの中だった。

   

現場は、サウナ室の前のトレーニングエリアだった。
ベンチプレス台の上で、村一番の力自慢である長老が、バーベルの下敷きになって白目を剥いている。

「長老ぉぉぉ! なぜだぁぁぁ!」

現場検証をしているのは、警察ではない。
村の自警団『マッスル・ポリス(MP)』だ。
全員がブーメランパンツ一丁で、ポージングしながら現場を囲んでいる。

「いいか! これは『事故』だ! 長老は300キロへの挑戦中に力尽きた! 筋肉の神の御元へ旅立たれたのだ!」

自警団長がダブルバイセップスを決めながら涙を流した。

「……暑苦しい。酸素が薄い」

湊はげんなりして時計を見た。
16時48分。
あと12分。
この筋肉バカたちに任せていては、バスに乗り遅れる。

「……起動(ブート)、糖質渇望(カーボ・クレイビング)モード。」

カッ!

思考加速。
湊の脳内から「基礎代謝」の文字が消え失せる。
残るのは、バスの時刻表と、牛丼の券売機の配置のみ。

【スキャン開始】
……対象A:遺体。バーベルに押しつぶされているが、外傷がない。
……対象B:口元。長老の口の端に、微かに『黒い粉』がついている。
(……ん?)
湊の目が、バーベルのプレート(重り)を捉える。
6枚ついている。合計300キロ。
だが、一番端のプレートから、甘い匂いがする。

……対象C:容疑者(ジムにいた3名)。
村長(アリス父)、自警団長、そして、村に派遣されている『ひ弱な駐在員』。

(あの駐在……)
・この村で唯一、ガリガリの体型。
・制服のポケットが、四角く膨らんでいる。
・そして、何より……。

(……確定。ギルティ)

カカカカッ!
脳内で情報が結合する。

(黒い粉=鉄錆ではない。ココアパウダー?)
(ポケットの膨らみ=コンビニの菓子パン?)
(バーベルの正体=凶器であり、食料)

思考時間、0.02秒。
結論:瞬殺。

「……甘いな。筋肉より甘い」

湊は自警団長の前に割り込んだ。

「おい、プロテイン中毒の皆さん」

「なんだと!? ガリガリ君!」

「あんたたちが筋肉を弔っている間に、俺は解決して帰る。……犯人は、そこの駐在員だ」

駐在員が、眼鏡を光らせた。

「な、何を言ってるんですか! 僕みたいなもやしっ子に、300キロのバーベルなんて扱えませんよ!」

「扱えるさ。……そのバーベル、鉄じゃない」

「は?」

「それは……『巨大バウムクーヘン』を圧縮して、黒いチョコでコーティングした塊だ!」

「なっ……!?」

村民たちがざわつく。
「バ、バウムクーヘンだと……!?」「伝説のスイーツか!?」「脂質の塊だ!」

「長老は重さで死んだんじゃない。……トレーニング中に甘い匂いに気づき、誘惑に負けてバーベルを齧(かじ)ったんだ。そして、数十年ぶりの『精製糖』と『ショートニング』のショックで、脳が幸福死したんだ!」

湊が長老の口元を指差す。

「証拠は、長老の歯だ。……チョコチップが挟まってるぞ」

駐在員の顔色が青ざめる。

「しょ、証拠は……」

「証拠は、あんたのポケットだ。……さっきから『バター』の匂いがプンプンするぞ。この村には存在しない、『背徳の香り』がな」

湊が駐在員のポケットに手を突っ込み、強引に引き出した。
出てきたのは――
『北海道バター蒸しケーキ』。

「……!!」

村民たちが悲鳴を上げる。
「ケーキだ……!」「悪魔の食べ物だ……!」「目が潰れる!」

<第8話(前編)・終わり>
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