殺人事件? 知ったことか、俺は定時で帰る。

白山 乃愛

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第10話 100億の犬(教育によくないデス)

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【09:00:00】

葛城探偵事務所。
朝。
しかし、事務所の中は死んだように静かだった。

「……おい、聖(ひじり)。トイレの水が流れないぞ」

葛城 湊(かつらぎ みなと)が、トイレのドアを開けたまま青ざめている。
デスクで電卓を叩く御茶ノ水 聖(おちゃのみず ひじり)は、顔も上げずに答えた。

「ああ、元栓を閉めました」

「は?」

「水道代の無駄です。……トイレは『1日3回』まで。朝・昼・晩にまとめて流します。それまでは『貯めて』ください」

「昭和の小学校か!! 臭うだろ!」

「消臭剤(100均)を置いておきます。……それより所長、息をしすぎです」

「息!?」

「酸素を消費するとお腹が減りますよね? 食費の無駄です。……呼吸は『1分間に5回』に抑えてください」

「殺す気か!!」

湊が酸欠寸前でツッコミを入れていると、事務所のドアが開いた。

「ごきげんよう~! ……あれ? 空気が薄いですね」

二階堂(にかいどう)アリスが出勤してきた。
彼女の手には、コンビニの袋。

「先輩! 見てください! 『肉まん』買ってきました! 温かいですよ~」

「でかした二階堂! 熱源だ! この冷え切った事務所に暖を取れ!」

湊が肉まんに手を伸ばした瞬間。
シュッ!
聖の手が伸び、肉まんを袋ごと奪取した。

「没収です」

「ああっ! 俺の朝飯!」

「事務所内への『匂いの出るもの』の持ち込みは禁止です。……壁紙に匂いがつくと、退去時のクリーニング代がかさみます」

「潔癖症かお前は!!」

聖は肉まんを自分の引き出し(鍵付き)にしまい、一枚の依頼書をデスクに叩きつけた。

「無駄口はそこまで。……仕事です。稼いでください」

聖が依頼書を開く。

「今回のクライアントは、あの大手玩具メーカー『バンダイ・ナムコイ』。……彼らが社運をかけて開発した、最新鋭のAIペットロボット『ワンダフル・ポチ』が、昨夜盗まれました」

「おもちゃ? また猫探しか?」

「ただのおもちゃではありません。……開発費『100億円』。人間の幼児並みの知能を持ち、見たもの聞いたものを全て吸収して成長する、究極の学習ロボットです」

「ひゃ、100億!?」

湊とアリスが顔を見合わせる。

「報酬は?」

「即金で『1000万円』です」

「いっせんまん!!」

湊が立ち上がった。
1000万あれば、利子を払って、残りでトイレの水を流せる!

「やるぞ二階堂! 犯人はどこだ! すぐにカチ込むぞ!」

「場所は特定済みです。……港区の廃工場。産業スパイの一味が潜伏しています」

「よし、ハンマーを持て! 全員ぶっ飛ばして奪い返す!」

「イエス・ボス!!」

アリスが愛用の『工事用ハンマー』を担ごうとした時。

「待ちなさい」

聖が眼鏡を光らせて立ちはだかった。

「……重要な『条件』があります」

「あ?」

「先ほど申し上げた通り、ポチは『学習ロボット』です。……まだ『真っ白なキャンバス』の状態です」

聖がドスの利いた声で告げる。

「もし、ポチの前で『暴力』や『暴言』を見せた場合……ポチはそれを学習し、性格が『グレて』しまいます。……そうなれば商品価値はゼロ。損害賠償100億円が、貴方の借金に加算されます」

「……は?」

「つまり、今回のミッションは……『極めて紳士的に』、『笑顔で』、『美しい言葉遣いで』、犯人を制圧しなさい」

「無理だろ!! 向こうは凶器を持ってるんだぞ!」

「失敗すれば、マグロ漁船です。……行ってらっしゃいませ、ご主人様(棒読み)」

   

【11:00:00】

港区、廃工場。
湊とアリスは、工場の入り口に立っていた。
中からは、男たちの下品な笑い声が聞こえる。

「……いいか二階堂。今回は『教育テレビ』だと思え」

湊は冷や汗を流しながら言った。

「絶対に『ぶっ殺す』とか言うなよ。ポチが覚える。……常に『お』をつけろ。『おパンチ』とか言え」

「分かりました先輩! 私、茶道部(幽霊部員)でしたから得意です!」

「よし、突入だ。……笑顔を忘れるな」

二人は、工場の扉を「そっ」と開けた。

   

工場の中。
中央のデスクの上に、それはあった。
フワフワの毛並みに覆われた、愛らしい子犬型ロボット。
『ワンダフル・ポチ』だ。
つぶらな瞳(カメラ)が、こちらを見ている。

『クゥ~ン? ボク、ポチ! アソボ!』

「……いた。あれが100億の純真無垢だ」

周囲には、屈強な男たちが6人。鉄パイプを持っている。

「あぁん? なんだテメェらは!」
「どこのもんだオラァ!」

男たちが凄んでくる。
通常ならここで乱闘だが、今日はポチが見ている。

湊は、引きつった営業スマイルを浮かべた。

「ごきげんよう、皆様。……本日は、素晴らしいお日柄ですね」

「は?」

男たちが困惑する。

「そちらの可愛らしいワンちゃんを、……『お譲り』いただけないでしょうか?」

「ふざけんな! ぶっ殺すぞ!」

男の一人が鉄パイプを振り上げた。
ポチが怯える。
『クゥ~ン……?』

「いかん! 教育に悪い!」

湊が叫ぶ(小声で)。
「二階堂! やれ! ……ただし『エレガント』にだ!」

「承知いたしました、お兄様!!」

アリスが、スカートの裾をつまんでカーテシー(お辞儀)をした。

「失礼いたします、殿方。……少々、お眠りになっていただけますか?」

アリスは、襲いかかってきた男の手首を優しく掴んだ。
そして、合気道のように流れるような動作で、

ボキィッ!!(鈍い音)

「ぎゃああああ! 手首がぁぁぁ!」

「あら、ごめんなさい。……骨が『お脆(もろ)い』ようですわね」

アリスはニッコリ笑いながら、男を優しく床に叩きつけた。

「て、テメェ!」

残りの5人が一斉に襲いかかる。
アリスは舞うように動いた。

「ごめんあそばせ!」(鳩尾に膝蹴り)
「おやすみなさいませ!」(延髄斬り)
「良い夢を!」(ジャーマンスープレックス)

優雅な言葉とは裏腹に、行われているのは一方的な蹂躙(じゅうりん)だった。
ポチが尻尾を振る。
『キャッキャ! タノシイ! オネエチャン、ツヨイ!』

「よし、いいぞ! ポチは『ダンス』だと思ってる!」

湊はポチを抱きかかえた。
これで確保完了だ。
あとは帰るだけ……。

その時だった。

「……待ちやがれぇぇぇ!!」

工場の奥から、リーダー格の大男が現れた。
手には『チェーンソー』を持っている。

「俺たちの商品を奪う気か! ミンチにしてやる!」

ブォォォォン!!
チェーンソーが唸りを上げる。
ポチが湊の腕の中で震える。

「まずい! あんな凶悪な音を聞かせたらトラウマになる!」

湊はポチの耳(マイク)を塞いだ。
しかし、大男が迫る。
アリスは他の男たちの対応で手が離せない。

「死ねぇぇぇ!!」

刃が湊に迫る。
逃げ場がない。
このままでは切られる。
死ぬ。
死んだら借金はどうなる?
いや、死ぬことより怖いのは……

(……ここでポチが壊れたら、聖に殺される!!)

借金への恐怖が、湊の理性を吹き飛ばした。

「……う、うわぁぁぁぁぁ!!」

湊は、叫んでしまった。
ポチの耳を塞いでいた手が、恐怖で緩んだ瞬間。
湊の、魂の叫びが工場に響き渡った。

「金ぇぇぇぇぇ!! 俺の金ぇぇぇぇ!! 1000万んんんん!!」

「は?」

大男が一瞬怯んだ隙に、アリスが背後から飛び蹴りを決めた。

「退場(ログアウト)ですわぁぁぁ!」

ドゴォォォォン!!

大男は吹っ飛び、チェーンソーと共に壁にめり込んだ。
静寂が戻る。

「……はぁ……はぁ……助かった……」

湊はへたり込んだ。
腕の中のポチを見る。
ポチは、キョトンとしている。

『……?』

「……大丈夫か? 変なこと覚えてないよな?」

ポチは無邪気に尻尾を振った。
セーフだ。
湊は安堵した。

「よし、帰ろう二階堂。……1000万が待っている」

   

【13:00:00】

クライアントの応接室。
バンダイ・ナムコイの重役たちがズラリと並んでいる。
湊は、自信満々でポチをテーブルに置いた。

「ご確認ください。傷ひとつない、新品同様です」

「おお! 素晴らしい!」

重役がポチの電源を入れた。
聖も、後ろで電卓を構えている。

「AIのチェックを行います。……ポチ、ご挨拶は?」

重役が優しく話しかける。
固唾を飲んで見守る湊とアリス。
さあ、可愛い声で鳴いてくれ。

ポチが口を開いた。
そして、湊の声色を完璧にコピーした、ドスの利いた声で叫んだ。

『カネェェェェ!! オレノ、カネェェェェ!!』

「…………」

会議室が凍りついた。

『イッセンマンンンン!! ヨコセェェェェ!!』

ポチは重役に向かって、金を無心するように吠え続けた。

「……な、なんだこれは……」

重役が震える手で湊を指差す。

「君たち……! この純真なAIに、何を教え込んだんだ!! 『守銭奴(しゅせんど)』になってるじゃないか!!」

「ち、違うんです! それは生きるための叫びで……!」

「ええい、返品だ! こんな薄汚い心のロボット、売り物にならん! 初期化費用を請求する!」

「そ、そんなぁぁぁ!」

   

【15:00:00】

葛城探偵事務所。
湊は、土下座していた。
聖のデスクの前で。

「……申し訳、ございませんでした……」

聖は、冷たい目で新しい請求書を作成していた。

「報酬1000万円はキャンセル。……さらに、クライアントからの『精神的苦痛による慰謝料』および『AI初期化費用』で、マイナス300万円です」

「……はい」

「よって、貴方の借金総額は、5億800万円になりました」

「……増えてる」

湊は床に突っ伏した。
命がけで戦い、上品に振る舞い、結果、守銭奴ロボットを生み出して借金が増えた。

「ああ、それと所長」

聖が、没収していた肉まんを電子レンジで温めながら言った。

「今回のペナルティとして……今月のトイレの使用回数、1日『2回』に減らします」

「人間の尊厳に関わるだろぉぉぉ!!」

「文句があるなら、稼いでください。……次は『スズメバチの駆除(防護服なし)』です。報酬8000円。……行ってらっしゃい」

聖が肉まんを一口食べる。
その匂いだけが、空腹の湊とアリスの鼻をくすぐる。

「……行こう、先輩。……スズメバチの幼虫って、貴重なタンパク質らしいですよ」

「……食えるかバカ」

湊はよろよろと立ち上がった。
終わらない返済。
終わらない日常。
だが、湊の目には、まだ微かな光が宿っていた。

(……見てろよ聖。……いつかその肉まん、俺が全部食ってやる……!)

今日もまた、丸の内の片隅で、社畜探偵の悲鳴がこだまする。
俺たちの定時は、まだまだ遠い。

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