殺人事件? 知ったことか、俺は定時で帰る。

白山 乃愛

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第13話 500億の男(0円の恋人)

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【翌朝 09:00:00】

葛城探偵事務所。
焼却炉からの生還を果たした翌日。

「……ふぁ~あ。よく寝た」

葛城 湊(かつらぎ みなと)は、全身の包帯をさすりながら起きた。
デスクを見る。
そこには、いつものように御茶ノ水 聖(おちゃのみず ひじり)が座っていた。
ただし、眼鏡は湊が渡した「100均の老眼鏡(度数が合っていない)」をかけている。

「おはようございます、所長。……遅刻ですよ」

「うるせぇ。……おい、聖。CEOに繋げ」

「はい?」

「決算の時間だ。……5億500万。今日ですべて終わらせる」

湊は不敵に笑った。
聖は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに業務モードに戻り、電話を繋いだ。

『……葛城湊くん。生きていたか』

スピーカーから、全残協CEOの不機嫌な声が響く。

「ようCEO。……昨日の焼却炉、暖かかったぜ。……ところで、俺の『心停止連動型・暴露ウイルス』の件だが」

『……ッ! アレか! 私の裏帳簿データが拡散されるという……!』

「ああ。……実はあれ、裏帳簿だけじゃないんだ」

湊は、受話器に向かってニヤニヤしながら言った。

「あんた……去年の忘年会で、『セーラームーンのコスプレ』して、『ムーンライト伝説』を完コピしてただろ?」

『なっ……!?』

「しかも、カツラがズレてた。……あの動画、俺の脳内クラウドには『4K高画質』で保存されてるんだが……世界中に流していいか?」

『ば、馬鹿な! あの宴会は「完全個室」だったはずだ!』

「俺は探偵だぞ? ……さあ、どうする? 全残協の威信(と、あんたの社会的な死)を守るか、俺の借金を消すか」

沈黙。
電話の向こうで、何かが折れる音がした。

『……分かった……。……消そう。……全額だ』

「話が早くて助かる。……じゃあな、美少女戦士」

ガチャン。
通話が切れた。

「……しゃあぁぁぁぁぁ!! 勝ったぁぁぁぁ!!」

湊がガッツポーズをして、椅子の上で回転した。

「見たか聖! 二階堂! 俺の完全勝利だ! 借金0円! フリーダム!!」

「すごいです先輩! ハッタリだけで5億を消しました!」

二階堂アリスがクラッカー(物理)を鳴らす。
事務所はお祭り騒ぎだ。

しかし。
聖だけは、静かにパソコンを閉じた。

「……おめでとうございます、所長」

「おう! これで肩の荷が下りたぜ!」

「……では、私の役目も終わりですね」

聖が立ち上がる。
彼女は、既に荷物をまとめていた。
段ボール箱が一つ。

「私は『借金管理』のために派遣された監視役。……債務が消滅した今、ここにいる理由はありません」

「……あ?」

「本社に戻ります。……短い間でしたが、お世話になりました」

聖が、深々とお辞儀をする。
その顔は、無表情だった。
だが、眼鏡の奥の瞳が、僅かに揺れているのを、湊は見逃さなかった。

「……おい、待てよ」

湊が呼び止める。

「……帰るのか?」

「はい。辞令ですので」

「……そうか。……ま、せいぜい元気でな」

湊は素っ気なく言った。
引き止めない。
ここで引き止めれば、彼女のキャリアに傷がつく。
彼女はエリートだ。
こんなゴミ溜めのような事務所にいるべき人間じゃない。

「……はい。失礼します」

聖がドアノブに手をかける。
アリスが「えっ、聖さん行っちゃうんですか!?」と泣きそうになる。

ガチャ。
ドアが開く。
聖が出て行こうとした、その時。

「……あーあ。困ったなぁ」

湊が、わざとらしく大きな独り言を言った。

「明日から『確定申告』の準備しなきゃなぁ。……領収書が3万枚あるんだよなぁ。……俺、計算できないから、全部『雑費』で出しちゃうかなぁ」

ピクッ。
聖の足が止まる。

「そんで、税務署に入られて、追徴課税でまた借金地獄かなぁ。……ああ、可哀想な俺」

「…………」

聖が、ドアノブを握りしめたまま震えている。
経理のプロとしてのプライドか。
それとも、別の感情か。

聖は、ゆっくりと振り返った。
顔が真っ赤だ。
そして、鬼のような形相で湊に詰め寄った。

「……なめてるんですか?」

「え?」

「3万枚の領収書を雑費!? ……貴方はバカですか!? 消費税区分はどうするんですか!?」

「いや、だから俺はバカだから……」

「貸しなさい!!」

聖は、自分の荷物を放り投げ、湊のデスクに戻ってきた。
そして、電卓を高速で叩き始めた。

「……ちょ、お前、帰るんじゃ……」

「帰れません!!」

聖が叫んだ。
眼鏡がズレるのも構わずに。

「借金は消えましたが……まだ『未払い』が残っています!」

「はぁ!? CEOが全額消しただろ!」

「CEOのは『元金』です! ……私が言っているのは、昨夜の『交通費』です!」

聖が、しわくちゃになったレシートを叩きつける。

「昨夜! 焼却炉から脱出した後! ……貴方、財布を燃やしたとか言って、私にタクシー代を払わせましたよね!?」

「……あ」

湊が目を逸らす。
そうだった。
カッコよく助けた後、帰りのタクシーで「悪い、細かいのがない(全財産ゼロ)」と言って、聖に払わせたのだった。

「ここから湾岸エリアまでの深夜料金……『4200円』!!」

「……よんせん、にひゃくえん?」

湊とアリスが顔を見合わせる。
5億円の話をした後に、4200円。

「わ、悪かったよ! 払うよ! 今すぐ払う! 5000円札でお釣りはいらねぇ!」

湊がポケットから、しわくちゃの5000円札(へそくり)を出す。
しかし、聖はそれを手で払いのけた。

「受け取れません!!」

「なんでだよ!!」

「……この4200円には、『私の想い』……いえ、『特別精神的付加価値』が乗っています!」

「なんだその重い価値は!!」

聖は、涙目で、なりふり構わず叫んだ。
もはや論理などどうでもいい。
ただ、ここに残るための理由があればいい。

「計算しました! この4200円の価値は……現在の私の『心のレート』換算で……『5億円』です!!」

「インフレしすぎだろ!! ジンバブエドルか!!」

「文句があるなら訴えてください! ……とにかく! 貴方にはまた5億円の借金ができました! このタクシー代を完済するまで、私は引き続き管理のために常駐します! 異論は認めません!」

聖が、強引に自分の席に座り直す。
その顔は、耳まで真っ赤だった。

湊は、呆気にとられた。
そして、吹き出した。

「……くくっ……はははは!」

「な、何がおかしいんですか!」

「いや……エリート監査官様が、たかがタクシー代で子供みたいなワガママを言うからさ」

湊は、笑いながら椅子に座り直した。

「……分かったよ。認めよう、その5億円」

「……本当ですか?」

「ああ。……その代わり、返済プランは俺が決める」

湊は、聖の目を真っ直ぐに見た。

「……一生かけて払う。……だから、どこにも行くな」

「!!」

聖の時間が止まった。
顔がボンッと音を立てて爆発した。

「……え……あ……」

アリスが「ヒューヒュー!」と指笛を吹く。
湊は、自分が言った言葉の重さに気づき、急激に狼狽えた。

「あ、いや! 違うぞ! 『経理として』だぞ! 深い意味はねぇぞ! 勘違いすんなよ! 俺は数学が苦手だからな! 好きとかじゃねぇぞ! 好きにしろって意味だぞ! あーくそっ!」

湊が顔を真っ赤にして早口でまくし立てる。

聖は、俯いて、眼鏡の位置を直した。
口元が、どうしても緩んでしまうのを隠すように。

「……バカ所長」

聖は、小さな声で呟いた。

「……利子、高いですからね。……覚悟してください」

「おう! 上等だ! ……二階堂! 仕事だ!」

「イエス・ボス! 今日の依頼は?」

「『逃げたハムスターの捜索』だ! 報酬500円! ……聖、計算頼むぞ!」

「……はい。……雑所得として計上します」

聖は、電卓を叩いた。
その音は、昨日までよりも、少しだけ軽やかに響いた。

こうして、5億円の借金は消え、代わりに4200円という名のプライスレスな関係が残った。
俺たちの定時はまだ遠い。
だが、この騒がしい事務所で過ごす残業時間も、悪くはない……かもしれない。
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