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遠すぎる夜明け

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さすがのこの人でも許容の範疇を超えてしまったのだろう。呆然とした彼の瞳には何も映っていなかった。しかしこの人に現実逃避は許さない。

「ねえ山岸・・・守さん。実は私は 今すぐにでもラットに陥ってしまいそうなんです。
必死に自分を抑えているんですよ。
恐らく私に刺激を受けたんでしょう、抑制剤のお陰でほんのわずかで済んでいますが、先程からあなたはフェロモンを出して私を誘っている。
私は今 αの抑制剤を飲んでいないので、あなたを前にしてラットを抑えるのは正直とても苦しい。
でもあなたが与えるこの苦しみに、私は快楽さえ感じることができる。」

ラットと聞いて、この人の顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。
この人にも理解できるように 指輪を嵌めたばかりのこの人の左手を取って、既に猛った自身にあてがってやると、この人の薄い唇が戦慄わなないた。

「あなたがΩになってから、病院で出される薬は当然変えられることになりました。
カプセルは変わっていないので気が付かなかったでしょう?
中身が性転換薬からΩ用抑制剤に変えられていたんです。
周りにαが少なくないあなたの職場でヒートが来てしまって、私以外に番にされてしまったら取り返しがつかないのでね。」
職場地検でヒートを起こすことを想像したらしいこの人の目が一瞬で強張こわばった。

「薬は強めのものにしてはいたのですが、この部屋にあなたをお連れするまで、正直ずっと気が気ではなかったですよ。」

この人には24時間体制で監視と警護の者を付けていたし、Ωになってからは不測の事態に備えて その者らに 貞操帯とΩ抑制剤にエピペンタイプのアルファ抑制剤も携帯させていた。αが昏倒するレベルのものだ。
考え得る全ての対策を立てたが、それでも私は先ほどまでずっと 不安にさいなまれていた。
こんな風にあなたはいつも私に未知の感覚をもたらしてくるのだ。

「これからのことを話しましょうか。
さきほど言った通り あなたは抑制剤を飲んでいますが、それでもリミッターのかかっていない私のラットに当てられたら、ひとたまりもなくヒートをおこします。
・・・私はとても強いαの本性を持つ個体なので。」

そんな自身の言葉にさえあおられて。
欲望のままに  肌着の奥にまで指を差し入れ、私のΩの まだ柔らかな乳首の感触をやわやわと味わう。
すると めくれた裾の隙間から、フェロモンとは違う この人自身の肌の匂いがわずかに漂った。
それを嗅いだだけで頭の芯が甘くしびれるような快感が体中を駆け巡る。
気を抜けば簡単にたがが外れそうだ。

胸の上に置いた私の手のひらには この人の鼓動が伝わってきていた。それは早鐘のように打っていて、彼の代わりに悲鳴を上げているようだった。

「発情期でないΩを噛むのは無意味な行為なんですが、それでもこれから私は正気を保ったままのあなたのうなじを噛みます。
ヒートの狂乱にあなたを逃がしたりしない。
これから 誰のものになるのか、あなたの中のβにも ちゃんと教えてあげないと。」

とっくに威嚇は解いていたけれど、この人は逃げる事を忘れてしまったように力なく横たわっていた。
瞳を覗き込んでみると、もはやそこには私しか映していなかった。
私は深い充足感に包まれる。
・・・今はそれでいい。
混乱、恐怖、諦念、怒り。そのどれでも良い。
それが向かう先が私であれば。

「ああ そんなにおびえないでください。
大丈夫、あなたは私のラットに導かれて 初めてのヒートを迎えるんです。
そうしたら、もう一度ちゃんと噛んで私の番にします。
その後はもう、あなたはずっと快楽しか感じない。だから。
・・・あなたは、安心して私の元に堕ちてくるといい。」


正臣の言葉が途切れると、部屋には静寂が広がったが、言葉は もはや不要だった。

守は思い出したように抵抗して見せたが、正臣はそれを難なく組み伏せた。
そして守をうつ伏せにし 両足で押さえ込むと、今度は守の後襟うしろえりに 正臣の片手が掛けられる。
と 同時に一纏ひとまとめにつかまれた ジャケットとシャツがひじの辺りまで勢いよく引きずり下ろされた。

守には今度もまた 肌着が残されたが、それは肝心なところを守ることは出来ていなかった。
止めてくれと訴える口とは裏腹に、そのうなじは無防備に、噛むのはここだと正臣を誘っている。

逃れようと必死に振られる 守の後頭部は、正臣の手によって鷲掴まれると 容赦なくシーツに縫い付けられた。
その様はまさに獰猛なαそのものであったが、上気したうなじに落とされる眼差しは慈しみに満ちて。

 正臣は 神聖な誓いを捧げるように、唇をゆっくりと落としていった。

fin.
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