αの愛し子の黙示録(完結)

ビスケット

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桜の乙女のお話

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朝。部屋のカーテンを明けると雲一つない快晴でした。
とうとう、この日がやってきたのだと、わたくしは朝日きらめく空を見上げて微笑みました。
今日は、待ちに待った筑葉高校とのお茶会の日なのです。

わたくしは、代々αを輩出する家に生まれました。
もう少し詳しく申しますと、αの母、Ωの父の間に、Ωの女性として生を受けました。
αの家格のランクとしては、中ほどよりも少し下、といったところでしょうか。

名門というカテゴリーにかろうじて引っかかるくらいの家ですが、それでも ありがたいことに何不自由ない、恵まれた環境で育ってまいりました。
幼稚舎から今まで、桜花学園で淑女教育を受けて過ごし、そうしてようやく番を探す年頃になったのです。

正直、中等部の頃からあこがれていた夜会、《葉桜の宴》がお茶会に変更してしまったのは残念でなりません。
ですが、それでも最上位のαがひしめく本日の交流会は特別であることには変わりがないのです。
わたくしの胸は期待と不安で高鳴っておりました。

朝自宅を出るときには、両親だけでなくαの妹までが良いご縁に恵まれるようにと祈ってくれました。
いつものように家の車で桜花学園に向かい、教室にはいります。
やがて先生が教室に入ってこられました。
そして、紙コップに入ったお茶と錠剤を全員に配られたのです。

先生は、「いま配ったのはΩ発情抑制剤であり、今この場でそれを服用するように」とおっしゃいました。
かつて夜会に参加した桜花学園の生徒が起こした番事故のことは知っておりましたので、皆素直に服用いたしました。
万が一、あちらで発情を起こしてしまった場合、αの方々全員が体に負担のかかるα抑制剤を飲まざるを得なくなるのです。
αの方々を危険にさらすことになるのですから、それは当然のことでした。

もともと桜花学園という学校は、創立されたころは名門出身のΩの為の、こじんまりとした学校だったそうです。
それが、私のひいひいおばあ様の頃から少しずつ一般家庭のΩを受け入れるようになってきたのだそうです。
それは筑葉高校にならったものでした。
創設以来、名門出身のαのみを受け入れていた筑葉でしたが、時代とともに一般家庭出身のαを受け入れるようになり、学校の規模が大きくなったのだそうです。
それに合わせるように桜花学園の在り様も変わってきたのです。

ただその頃からだそうです、交流会の場で、故意と思われる番事故が起こり始めたのは。
その結果、αとΩ双方を守る為のルールが決められることになりました。
具体的には、桜花学園の全生徒はネックガードと抑制剤服用の義務が、筑葉生にはヒート抑制薬の携帯がそれぞれ義務づけられたのです。

こうして、全ての桜花生はネックガード装着のチェックを受け、発情抑制剤を服用した上で、筑葉への移動用のバスに乗り込みました。
やがて筑葉に到着しますと、集会用の大ホールに通されました。
生徒会長の朝倉様のご挨拶を受けた後、いよいよ会場までのエスコートが始まりました。

一人ひとり、順番に筑葉の殿方が椅子に座るわたくしたちのもとに迎えに来て、手を取ってそのまま会場までエスコートしてくださるのです。
筑葉の白い制服を纏った凛々しいお姿に、自然と胸が高鳴りました。
エスコートのご縁をきっかけに、そのまま婚約を結ぶことになったお話もよく聞きます。
ですから、どなたにエスコートしていただくかは、桜花生にとっての重大事でした。

ひとり、また一人と筑葉の殿方に手を差しのべられます。
頬をばら色に染めて立ち去っていく桜花生を、わたくしは胸をときめかせて見送りました。

そしてとうとう、わたくしの順番が回ってきたのです。
どんな殿方がエスコートしてくださるのかしらと、わたくしに手を差し伸べられるその殿方のお顔を拝見しました。そしてわたくしは思わずポカンとしてしまったのです。
なぜなら、その殿方は明らかにαではなかったからです。
どう見てもβとおぼしき幼顔おさながおの少年が、はにかみながらわたくしに手を差し出していました。
なぜこのような間違いが起こっているのか、理解できませんでした。
けれど、今はエスコートのセレモニーの最中なのだとハッと我に返ると、その方の手を取って立ち上がって共に歩き出したのです。

その方は自己紹介をなさって、小山田様という名前を教えてくださいました。
けれど、憧れの筑葉の殿方のエスコートが思い描いていたものと違っていたためにショックが大きすぎたわたくしは会場につくまで上の空になってしまったのです。

お茶会の会場に着くと、小山田様は、申し訳なさそうにわたくしの手から腕を外し、通りすがりのお知り合いのαの殿方に、自分は急にトイレに行きたくなってしまったのでと言って、その方にわたくしのエスコートを託されてその場を離れて行かれました。
その時も、わたくしに謝ってくださいました。
けれど、わたくしは羞恥で胸がいっぱいで、小山田様のお言葉に何もお返事できませんでした。

わたくしは、自分自身がたまらなく恥ずかしかったのです。
小山田様は、おそらくわたくしが小山田様を気に入らなかったことを察して、他の殿方に顔をつないでくださったのです。
精いっぱい気を使ってエスコートしてくださった小山田様に、わたくしは失礼な態度をとってしまったというのに・・・。
小山田様のお優しさが心に突き刺さる様で、情けなさにわたくしは目から涙を零してしまいました。
色々な意味で、わたくしは淑女失格でした。

華やいだお茶会の空気をよそに、涙するわたくしに、小山田様に託されたαの殿方が心配して色々話しかけてくださいました。
小山田様のクラスメートだというその殿方は、わたくしの告白を黙って聞いてくださいました。
すると、その方はクスクス笑ってこうおっしゃったのです。

「小山田だもんなあ、αに見えなかったとしてもそれは仕方がないですよ。
我々だってあいつのことはαとは思えませんから!だってあいつときたらこの間・・・」

そういって、小山田様の学校での様子を話をしてくださいましたが、その話がとにかく可笑しくて、反省しなければいけないというのに、わたくしは笑いがこらえ切れませんでした。
やがて、先ほどまで重苦しかった気持ちがすっかり軽くなって、泣き笑いのようになっておりますと、その殿方がわたくしにハンカチを差し出してこう言ってくださったのです。

貴女あなたのような可愛らしい女性に涙は似合いませんよ。涙を拭いてください。
このようなときになんですが、貴女あなたのお名前をうかがっても・・・?」

えっ!と思って顔を上げたとき、その殿方と初めて目があいました。
ふわりと微笑んだその殿方は、優しい瞳でわたくしを見てくださっていました。
そのときわたくしは確信したのです。
ああ、わたくしはきっとこの方と番になると。

それからはずっとその殿方と席をご一緒して、素敵な時間を過ごすことができました。
このお方を引き合わせてくださった小山田様にお会いしてお礼と、それに何よりも非礼に対するお詫びを一言だけでも申し上げたくて、それとなく探してはいたのですが、しばらくお見掛けすることはかないませんでした。

けれどそれから大分だいぶ 経ったころ、ようやく小山田様を見つけることができたのです。
お茶会の終盤にまさかのつがい強要未遂事件が起こり、その騒ぎの中心に小山田様はおられました。
信じられないことに、事件の容疑者として、非難の矢面に立っておられたのです・・・
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