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イストリア王の要求と私の決断
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その後、私達が神殿に戻ると、鬼司教は予測していたのか、私達を応接室へと通してくれる。
その鬼司教の行動に何かが胸の奥に詰まった気がして、私は何度も深呼吸をした。
「アリーチェ、大丈夫だ。気を楽にしていろ」
「でも、なんだか緊張してしまいます。応接室に通されるなんて、今まで一度もありませんでしたし」
禁書庫へ入るための仕組みが聖獣からの贈り物と聞いた時に、一瞬だけそんな気はしたけれど、まさかという思いのほうが大きかった。
でも、このように普段と違う行動を取られると、そうだと認められている気がしてしまう。
「……イヴァーノの予測が正しければ、あの予言は聖獣からのものということになります。それって、神託と同義ではないのですか? それを防ぐなんて」
怖い……。
自分ではどうしようもできないくらい恐ろしいことが起きるのではないかという不安が襲ってきて、私は胸元をぎゅっと掴んだ。すると、イヴァーノがその手を優しく握ってくれる。
「アリーチェ、大丈夫だ。そのような不安な顔をするな」
「でも……」
「聖獣は国を守護してくれる存在だ。天高いところから見下ろし、託宣を授けるだけの存在ではない。そろそろイレーニアを呼び戻さねばならんようだな」
「鬼司教……」
私達の言葉に答えながら鬼司教が応接室へ入ってくる。立ち上がり、鬼司教の側まで近づくと、「そのような顔をするな」と額を指で弾かれた。
イレーニアさんを呼び戻すって……。ということは、やっぱり……。
鬼司教の言葉にごくりと息を呑む。
「鬼司教……」
「首座司教様! 国王陛下からアリーチェに召喚命令が下りました。今、迎えの使者が近衛兵を引き連れてきています」
「なんだと?」
「まるで連行するために来たみたいに物々しい雰囲気なのです。どうしましょうか?」
「私が行く」
私が鬼司教にイレーニアさんのことを問い質そうとした途端、一人の神官が血相を変えて応接室に飛び込んでくる。彼の言葉に一瞬、場が凍りついた。
どうしよう……。
きっと先ほどのフラーヴィア様との話のことよね? 説得と言っていたけれど、もしかして逆鱗に触れてしまったのだろうか。
イヴァーノが険しい顔で立ち上がり出て行くのを視線で追いながら、私はぽつりとこぼした。
「どうしたら……」
「……」
腕を組み眉間を指で押さえながら、何かを考え始めた鬼司教はしばしの沈黙のあと、「よろしい、私も行こう」と言った。
「え?」
「この問題はいつかは片づけねばならぬ。今、殿下と私が其方を隠したとて、意味がないのだ。アリーチェは殿下と共に歩みたいのだろう?」
「はい」
「ならば、国王とコスピラトーレをなんとかせねばならん」
「はい!」
その後、私はドレスから神子服へと着替えた。神子服を選んだのは、こちらのほうが立ち向かえると思ったからだ。
神子服は私にとって戦闘服のようなもの。だからきっと大丈夫。
私は気合いを入れるために両頬を叩いたあと、鬼司教と一緒にイヴァーノのところへ向かう。すると、イヴァーノがとても驚いた顔をした。
見るところ、私を連れに来たという使者や近衛兵はもういない。
イヴァーノが帰してくれたのだろうか?
「アナクレトゥス、なぜアリーチェを連れてくるのだ?」
「イヴァーノ、使者の方は?」
「帰した。まさか私がいるとは思っていなかったのだろう。アリーチェを呼び出したくば、ヴィターレを連れて来いと言っておいたので、しばらくは大丈夫だろう」
イヴァーノが忌々しい顔でそう言った。
つまりお父様の預かり知らぬところで、私が呼び出されているということだろうか?
私が不安げにイヴァーノを見つめると、彼は私の頭を撫でていつもの優しい表情で微笑んでくれる。
「何も心配はいらぬ。アリーチェは気にせずともよい」
「ですが、殿下。いつかは片づけねばならぬ問題です。私もついて行くので、さっさと片づけてしまいましょう」
「だが、なんの手も講じぬままで大丈夫だろうか?」
「そのための私達です。それに、いざという時はイレーニアを呼びつけます」
鬼司教の言葉に、「ならば」とイヴァーノが首を縦に振った。
私達は王宮へ向かう馬車の中で、今日のフラーヴィア様との話を鬼司教にすべて話した。そして、鬼司教は聖獣はイレーニアさんだと、きっぱりと認めた。
◆ ◇ ◆
王宮に着くと、陛下とイヴァーノのお母様、それからフラーヴィア様と緑髪の知らない方が待っていた。陛下はイヴァーノに使者を帰されたのが気に入らないのか、とても不機嫌そうだ。
「アリーチェ、紹介しよう。私の兄上だ」
「イヴァーノの心を射止めた君にずっと会いたかったのだ。これからも弟をよろしく頼む、アリーチェ」
「は、はい。勿体ないお言葉をありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私が陛下の機嫌の悪さにたじろいでいると、イヴァーノはそんな陛下を意に介さず、普通にお兄様を紹介してくれる。イヴァーノの言葉で、緑髪の人が第一王子ジルベルト殿下だということが分かり、改めて挨拶を交わした。
ジルベルト殿下は明るい緑色の髪をしていて、目が糸のように細く、とても穏やかな表情を浮かべている。あまりイヴァーノには似ていない。
私は陛下の淡いクリーム色の髪とイヴァーノとジルベルト殿下の緑髪を見比べながら、陛下はきっと緑髪の女性が好きなんだなと、妙な納得をしてしまった。
一通りの挨拶を終えると、陛下が忌々しそうに「首座司教も来たのか……」と呟いた。その態度と表情に、歓迎されていないのがひしひしと伝わってくる。
やっぱり陛下は、私一人で来ることをお望みなのよね。
「突然、呼び出してすまない。実は、伯母上がコスピラトーレに潜ませている間者から、連絡があったのだ。ルチャーナ姫がコスピラトーレ王妃の暴力により瀕死だと」
「瀕死!?」
ジルベルト殿下の言葉に私とイヴァーノが顔を見合わせる。
殿下の言葉にフラーヴィア様が泣きながら崩れ落ちた。
なんてこと……。そんなにも一刻を争うだなんて。
「その情報は本当に信頼できますか? どうもきな臭い」
「アリーチェは姉上と約束したのだろう? ルチャーナを取り戻すと」
鬼司教が訝しげに眉を寄せる。けれど、陛下は鬼司教の問いかけには答えず、私に問いかけ直した。小さく頷くと、陛下がにやりと笑う。
「ならば、約束は守らねばなるまい。それに、どのみち其方はイヴァーノの正妃となるためにコスピラトーレを潰さねばならん。今がその時ではないのか?」
「では、私が正規軍を指揮します。アナクレトゥスとアリーチェを連れ、コスピラトーレに進軍することをお許しください」
「ならん。まずはアリーチェのみで行き、ルチャーナを助け出してこい。軍を出すのはそれからだ」
「父上!」
「ロレンツォ!」
イヴァーノが陛下に食ってかかるより早くフラーヴィア様が陛下の胸ぐらを掴んだ。とても怖い顔で、陛下を睨みつけている。
「何を考えているの? まさか貴方、アリーチェを捨て駒に使おうというんじゃないでしょうね?」
「だが、罠の可能性が高い今、おいそれと軍は出せぬし、イヴァーノを出陣させるわけにもいかぬのだ。ルチャーナ一人なら、アリーチェのみのほうが容易く救出できるのではないのか? 私は憂いをなくしてから、戦を始めたいだけだ」
「それでは、万が一アリーチェもルチャーナも捕えられてしまった場合はどうするの? 軍を出して救出に向かってくれるのかしら?」
「その時はその時だ」
フラーヴィア様とイヴァーノのお母様の追及に、陛下がつまらなそうに溜息をつく。その表情に、陛下が最初から軍を出してくれる気はないのだと、分かってしまった。
私とコスピラトーレが相打ちすることを望んでいるんだ。それほどに邪魔に思われていることが分かって、私は目の前が暗くなった。ふらつくとイヴァーノと鬼司教が支えてくれる。
「アリーチェ、話にならぬ。このような危険な提案に乗る必要はない」
「そうだ。第一、すでに処刑されたことになっているルチャーナ姫が、実は生きていて瀕死というのは、どうにもきな臭い。行く必要はない」
「イヴァーノ……。鬼司教……」
「ならば、たった今からアリーチェはイヴァーノの婚約者ではなくなるが、それでもよいのだな?」
「!?」
二人の言葉に陛下がにやにやと嫌な笑みを浮かべながら、口を挟む。その言葉にイヴァーノが、小声で「イレーニア殿を呼べ」と鬼司教に言い、剣に手をかけた。
臨戦体勢に入ろうとするイヴァーノと鬼司教の手を慌てて掴んで首を横に振る。
それではコスピラトーレと同じだ。王と王太子の間で内戦が起きたコスピラトーレと同じ。本来、手を取り合わなければならない二人が争うのは絶対に駄目だ。
それに、このままでは王室と神殿に完全な亀裂が入ってしまう。
「駄目です。絶対に駄目。落ち着いてください」
「だが、アリーチェ」
「私ならその場でルチャーナ様を治癒できます。それに、転移の魔法陣を使えばルチャーナ様を連れてくることも容易いですし、もし罠の場合でも簡単に逃げられます」
「そのように安易に物事が進むわけがない。アリーチェ、よく考えてくれ」
「ですが、イヴァーノ」
私たちの話を聞いた陛下が「ほう。其方、転移の魔法陣が扱えるのか……?」と、興味深げに笑った。すると、鬼司教とイヴァーノを取り巻く空気がぴりつく。
手の内を見せるのはいけないことかもしれないけれど、今はそんなことも言ってられない。
これは私にとっても陛下にとっても賭けなのだ。
ならば、私はこの賭けに勝って、陛下に認めてもらう。
「其方達、先ほどから駄目駄目ばかりで興醒めもよいところだ。アリーチェの言ったことを試してみようとは思わぬのか?」
「それはなりません。アリーチェを危険に晒すことは庇護者として認められません」
鬼司教が私を背に隠す。そして、イヴァーノが庇うように私たちの前に立った。
守ってくれるのは嬉しい。でもそれではいけない。鬼司教だって、この問題を片づけなけらばならないと言った。なら、多少のリスクは覚悟しなければならない。
私は庇ってくれる二人の背から出て、陛下の前に進み出た。
「陛下。二人を説得するためにも、お願いがあります。無事にルチャーナ様を奪還できた時には、私をイヴァーノの正当なる婚約者として認め、イストリア正規軍を預けてくださると約束してください。さすれば、見事にコスピラトーレを手に入れてみせます」
「約束してやろう」
陛下はにやりと笑う。
でも言質は取れた。綸言汗の如しだ。これだけの人数がいる場で約束したのなら、陛下だとて破れないだろう。
「まあ、あちらの国にとってもアリーチェは大切な姫だろう。命を脅かされることはあるまい。なので、イヴァーノも首座司教もそろそろ観念しろ」
「ですが、コスピラトーレの王太子は学院の森で、アリーチェに攻撃しています。そして、以前のイストリア貴族を操った上での襲撃。アリーチェに危害を加えるつもりに決まっています。宗主国として軍事的圧力をかけるつもりがあるなら、今すぐ決断してください。私が指揮します」
「陛下、アリーチェではなく私が行きます。私が殿下と共にコスピラトーレへ行き、交渉してきます。場合によれば、軍事的介入も辞さない。それでよいですな?」
「……其方達は、今の私とアリーチェの約束を聞いていなかったのか?」
イヴァーノも鬼司教も私を必死で庇ってくれている。涙が出そうなくらい嬉しいけれど、それでは駄目だ。陛下を納得させるには、どうあっても私が行くしかない。それに、私だってイヴァーノや鬼司教を危険にさらすのは嫌だ。
陛下のうんざりとした声を聞きながら、私は二人の手を引っ張り、首を横に振った。
「イヴァーノ、首座司教様、ありがとうございます。でもお願いします。私に行かせてください。私は自分の未来を自分の手で切り開きたいです。それに、私はコスピラトーレとの因縁を断ち切りたい……。お願いします、私を信じてくださいませんか?」
「アリーチェ……」
私がそう言うと、鬼司教は「絶対に駄目だ」と怒鳴ったけれど、イヴァーノは私の手を握って悔しそうな表情で私を見つめる。でも、すぐに覚悟を決めた目へと変わった。
「……では、危険があれば何を置いても我が身を優先させると約束してくれ。必ず、自身の命を第一に考えると約束してくれ」
「はい、約束します」
私が頷くと、イヴァーノが私をぎゅっと抱き締める。その手は震えていた。
そして鬼司教が、「愚か者、行くならば安否や状況確認ができるように、これをつけていきなさい」と言って、盗聴と盗撮ができるように細工した魔石のブレスレットを私の手につけてくれた。
大きめな魔石がキラキラと輝いて美しい。それに、とても大きな魔力を感じる。
「ありがとうございます! 必ず、成し遂げて帰ってきます」
「成果を上げずに帰ってくるぐらいなら、相打ちになってでもコスピラトーレ王の首を取るくらいしてほしいものだがな……」
「父上!」
イヴァーノと鬼司教の心遣いに涙ぐんでいると、陛下がつまらなさそうにそう言った。すると、イヴァーノが声を荒げるのと同時に、イヴァーノのお母様とフラーヴィア様が陛下の頬を左右同時に引っ叩く。
その光景に唖然とする。
その鬼司教の行動に何かが胸の奥に詰まった気がして、私は何度も深呼吸をした。
「アリーチェ、大丈夫だ。気を楽にしていろ」
「でも、なんだか緊張してしまいます。応接室に通されるなんて、今まで一度もありませんでしたし」
禁書庫へ入るための仕組みが聖獣からの贈り物と聞いた時に、一瞬だけそんな気はしたけれど、まさかという思いのほうが大きかった。
でも、このように普段と違う行動を取られると、そうだと認められている気がしてしまう。
「……イヴァーノの予測が正しければ、あの予言は聖獣からのものということになります。それって、神託と同義ではないのですか? それを防ぐなんて」
怖い……。
自分ではどうしようもできないくらい恐ろしいことが起きるのではないかという不安が襲ってきて、私は胸元をぎゅっと掴んだ。すると、イヴァーノがその手を優しく握ってくれる。
「アリーチェ、大丈夫だ。そのような不安な顔をするな」
「でも……」
「聖獣は国を守護してくれる存在だ。天高いところから見下ろし、託宣を授けるだけの存在ではない。そろそろイレーニアを呼び戻さねばならんようだな」
「鬼司教……」
私達の言葉に答えながら鬼司教が応接室へ入ってくる。立ち上がり、鬼司教の側まで近づくと、「そのような顔をするな」と額を指で弾かれた。
イレーニアさんを呼び戻すって……。ということは、やっぱり……。
鬼司教の言葉にごくりと息を呑む。
「鬼司教……」
「首座司教様! 国王陛下からアリーチェに召喚命令が下りました。今、迎えの使者が近衛兵を引き連れてきています」
「なんだと?」
「まるで連行するために来たみたいに物々しい雰囲気なのです。どうしましょうか?」
「私が行く」
私が鬼司教にイレーニアさんのことを問い質そうとした途端、一人の神官が血相を変えて応接室に飛び込んでくる。彼の言葉に一瞬、場が凍りついた。
どうしよう……。
きっと先ほどのフラーヴィア様との話のことよね? 説得と言っていたけれど、もしかして逆鱗に触れてしまったのだろうか。
イヴァーノが険しい顔で立ち上がり出て行くのを視線で追いながら、私はぽつりとこぼした。
「どうしたら……」
「……」
腕を組み眉間を指で押さえながら、何かを考え始めた鬼司教はしばしの沈黙のあと、「よろしい、私も行こう」と言った。
「え?」
「この問題はいつかは片づけねばならぬ。今、殿下と私が其方を隠したとて、意味がないのだ。アリーチェは殿下と共に歩みたいのだろう?」
「はい」
「ならば、国王とコスピラトーレをなんとかせねばならん」
「はい!」
その後、私はドレスから神子服へと着替えた。神子服を選んだのは、こちらのほうが立ち向かえると思ったからだ。
神子服は私にとって戦闘服のようなもの。だからきっと大丈夫。
私は気合いを入れるために両頬を叩いたあと、鬼司教と一緒にイヴァーノのところへ向かう。すると、イヴァーノがとても驚いた顔をした。
見るところ、私を連れに来たという使者や近衛兵はもういない。
イヴァーノが帰してくれたのだろうか?
「アナクレトゥス、なぜアリーチェを連れてくるのだ?」
「イヴァーノ、使者の方は?」
「帰した。まさか私がいるとは思っていなかったのだろう。アリーチェを呼び出したくば、ヴィターレを連れて来いと言っておいたので、しばらくは大丈夫だろう」
イヴァーノが忌々しい顔でそう言った。
つまりお父様の預かり知らぬところで、私が呼び出されているということだろうか?
私が不安げにイヴァーノを見つめると、彼は私の頭を撫でていつもの優しい表情で微笑んでくれる。
「何も心配はいらぬ。アリーチェは気にせずともよい」
「ですが、殿下。いつかは片づけねばならぬ問題です。私もついて行くので、さっさと片づけてしまいましょう」
「だが、なんの手も講じぬままで大丈夫だろうか?」
「そのための私達です。それに、いざという時はイレーニアを呼びつけます」
鬼司教の言葉に、「ならば」とイヴァーノが首を縦に振った。
私達は王宮へ向かう馬車の中で、今日のフラーヴィア様との話を鬼司教にすべて話した。そして、鬼司教は聖獣はイレーニアさんだと、きっぱりと認めた。
◆ ◇ ◆
王宮に着くと、陛下とイヴァーノのお母様、それからフラーヴィア様と緑髪の知らない方が待っていた。陛下はイヴァーノに使者を帰されたのが気に入らないのか、とても不機嫌そうだ。
「アリーチェ、紹介しよう。私の兄上だ」
「イヴァーノの心を射止めた君にずっと会いたかったのだ。これからも弟をよろしく頼む、アリーチェ」
「は、はい。勿体ないお言葉をありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私が陛下の機嫌の悪さにたじろいでいると、イヴァーノはそんな陛下を意に介さず、普通にお兄様を紹介してくれる。イヴァーノの言葉で、緑髪の人が第一王子ジルベルト殿下だということが分かり、改めて挨拶を交わした。
ジルベルト殿下は明るい緑色の髪をしていて、目が糸のように細く、とても穏やかな表情を浮かべている。あまりイヴァーノには似ていない。
私は陛下の淡いクリーム色の髪とイヴァーノとジルベルト殿下の緑髪を見比べながら、陛下はきっと緑髪の女性が好きなんだなと、妙な納得をしてしまった。
一通りの挨拶を終えると、陛下が忌々しそうに「首座司教も来たのか……」と呟いた。その態度と表情に、歓迎されていないのがひしひしと伝わってくる。
やっぱり陛下は、私一人で来ることをお望みなのよね。
「突然、呼び出してすまない。実は、伯母上がコスピラトーレに潜ませている間者から、連絡があったのだ。ルチャーナ姫がコスピラトーレ王妃の暴力により瀕死だと」
「瀕死!?」
ジルベルト殿下の言葉に私とイヴァーノが顔を見合わせる。
殿下の言葉にフラーヴィア様が泣きながら崩れ落ちた。
なんてこと……。そんなにも一刻を争うだなんて。
「その情報は本当に信頼できますか? どうもきな臭い」
「アリーチェは姉上と約束したのだろう? ルチャーナを取り戻すと」
鬼司教が訝しげに眉を寄せる。けれど、陛下は鬼司教の問いかけには答えず、私に問いかけ直した。小さく頷くと、陛下がにやりと笑う。
「ならば、約束は守らねばなるまい。それに、どのみち其方はイヴァーノの正妃となるためにコスピラトーレを潰さねばならん。今がその時ではないのか?」
「では、私が正規軍を指揮します。アナクレトゥスとアリーチェを連れ、コスピラトーレに進軍することをお許しください」
「ならん。まずはアリーチェのみで行き、ルチャーナを助け出してこい。軍を出すのはそれからだ」
「父上!」
「ロレンツォ!」
イヴァーノが陛下に食ってかかるより早くフラーヴィア様が陛下の胸ぐらを掴んだ。とても怖い顔で、陛下を睨みつけている。
「何を考えているの? まさか貴方、アリーチェを捨て駒に使おうというんじゃないでしょうね?」
「だが、罠の可能性が高い今、おいそれと軍は出せぬし、イヴァーノを出陣させるわけにもいかぬのだ。ルチャーナ一人なら、アリーチェのみのほうが容易く救出できるのではないのか? 私は憂いをなくしてから、戦を始めたいだけだ」
「それでは、万が一アリーチェもルチャーナも捕えられてしまった場合はどうするの? 軍を出して救出に向かってくれるのかしら?」
「その時はその時だ」
フラーヴィア様とイヴァーノのお母様の追及に、陛下がつまらなそうに溜息をつく。その表情に、陛下が最初から軍を出してくれる気はないのだと、分かってしまった。
私とコスピラトーレが相打ちすることを望んでいるんだ。それほどに邪魔に思われていることが分かって、私は目の前が暗くなった。ふらつくとイヴァーノと鬼司教が支えてくれる。
「アリーチェ、話にならぬ。このような危険な提案に乗る必要はない」
「そうだ。第一、すでに処刑されたことになっているルチャーナ姫が、実は生きていて瀕死というのは、どうにもきな臭い。行く必要はない」
「イヴァーノ……。鬼司教……」
「ならば、たった今からアリーチェはイヴァーノの婚約者ではなくなるが、それでもよいのだな?」
「!?」
二人の言葉に陛下がにやにやと嫌な笑みを浮かべながら、口を挟む。その言葉にイヴァーノが、小声で「イレーニア殿を呼べ」と鬼司教に言い、剣に手をかけた。
臨戦体勢に入ろうとするイヴァーノと鬼司教の手を慌てて掴んで首を横に振る。
それではコスピラトーレと同じだ。王と王太子の間で内戦が起きたコスピラトーレと同じ。本来、手を取り合わなければならない二人が争うのは絶対に駄目だ。
それに、このままでは王室と神殿に完全な亀裂が入ってしまう。
「駄目です。絶対に駄目。落ち着いてください」
「だが、アリーチェ」
「私ならその場でルチャーナ様を治癒できます。それに、転移の魔法陣を使えばルチャーナ様を連れてくることも容易いですし、もし罠の場合でも簡単に逃げられます」
「そのように安易に物事が進むわけがない。アリーチェ、よく考えてくれ」
「ですが、イヴァーノ」
私たちの話を聞いた陛下が「ほう。其方、転移の魔法陣が扱えるのか……?」と、興味深げに笑った。すると、鬼司教とイヴァーノを取り巻く空気がぴりつく。
手の内を見せるのはいけないことかもしれないけれど、今はそんなことも言ってられない。
これは私にとっても陛下にとっても賭けなのだ。
ならば、私はこの賭けに勝って、陛下に認めてもらう。
「其方達、先ほどから駄目駄目ばかりで興醒めもよいところだ。アリーチェの言ったことを試してみようとは思わぬのか?」
「それはなりません。アリーチェを危険に晒すことは庇護者として認められません」
鬼司教が私を背に隠す。そして、イヴァーノが庇うように私たちの前に立った。
守ってくれるのは嬉しい。でもそれではいけない。鬼司教だって、この問題を片づけなけらばならないと言った。なら、多少のリスクは覚悟しなければならない。
私は庇ってくれる二人の背から出て、陛下の前に進み出た。
「陛下。二人を説得するためにも、お願いがあります。無事にルチャーナ様を奪還できた時には、私をイヴァーノの正当なる婚約者として認め、イストリア正規軍を預けてくださると約束してください。さすれば、見事にコスピラトーレを手に入れてみせます」
「約束してやろう」
陛下はにやりと笑う。
でも言質は取れた。綸言汗の如しだ。これだけの人数がいる場で約束したのなら、陛下だとて破れないだろう。
「まあ、あちらの国にとってもアリーチェは大切な姫だろう。命を脅かされることはあるまい。なので、イヴァーノも首座司教もそろそろ観念しろ」
「ですが、コスピラトーレの王太子は学院の森で、アリーチェに攻撃しています。そして、以前のイストリア貴族を操った上での襲撃。アリーチェに危害を加えるつもりに決まっています。宗主国として軍事的圧力をかけるつもりがあるなら、今すぐ決断してください。私が指揮します」
「陛下、アリーチェではなく私が行きます。私が殿下と共にコスピラトーレへ行き、交渉してきます。場合によれば、軍事的介入も辞さない。それでよいですな?」
「……其方達は、今の私とアリーチェの約束を聞いていなかったのか?」
イヴァーノも鬼司教も私を必死で庇ってくれている。涙が出そうなくらい嬉しいけれど、それでは駄目だ。陛下を納得させるには、どうあっても私が行くしかない。それに、私だってイヴァーノや鬼司教を危険にさらすのは嫌だ。
陛下のうんざりとした声を聞きながら、私は二人の手を引っ張り、首を横に振った。
「イヴァーノ、首座司教様、ありがとうございます。でもお願いします。私に行かせてください。私は自分の未来を自分の手で切り開きたいです。それに、私はコスピラトーレとの因縁を断ち切りたい……。お願いします、私を信じてくださいませんか?」
「アリーチェ……」
私がそう言うと、鬼司教は「絶対に駄目だ」と怒鳴ったけれど、イヴァーノは私の手を握って悔しそうな表情で私を見つめる。でも、すぐに覚悟を決めた目へと変わった。
「……では、危険があれば何を置いても我が身を優先させると約束してくれ。必ず、自身の命を第一に考えると約束してくれ」
「はい、約束します」
私が頷くと、イヴァーノが私をぎゅっと抱き締める。その手は震えていた。
そして鬼司教が、「愚か者、行くならば安否や状況確認ができるように、これをつけていきなさい」と言って、盗聴と盗撮ができるように細工した魔石のブレスレットを私の手につけてくれた。
大きめな魔石がキラキラと輝いて美しい。それに、とても大きな魔力を感じる。
「ありがとうございます! 必ず、成し遂げて帰ってきます」
「成果を上げずに帰ってくるぐらいなら、相打ちになってでもコスピラトーレ王の首を取るくらいしてほしいものだがな……」
「父上!」
イヴァーノと鬼司教の心遣いに涙ぐんでいると、陛下がつまらなさそうにそう言った。すると、イヴァーノが声を荒げるのと同時に、イヴァーノのお母様とフラーヴィア様が陛下の頬を左右同時に引っ叩く。
その光景に唖然とする。
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