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第四章 女王

93.威圧

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「そういえば、ベルタはファヴィオ様とはその後どうなのですか?」
「ファヴィオ様ですか?」


 わたくしが兼ねてより気になっていた事を問うと、ベルタがきょとんとしています。わたくしは、何やらイヤな予感が致しました。



「まさか、あの後一度も会っていないのですか?」
「いやだ、ベアトリーチェ様」


 そう言ってベルタが笑ったので、わたくしはホッと致しました。
 良かった……。ちゃんとお会いしているのですね……。



「一回くらいはお会いましたよ。確か、図書館が出来た時に、ベレニーチェ様たち殿下方と見に行った時に」


 わたくしはその言葉に目を瞬きました。
 確か、図書館は先日やっと出来上がった筈なのですが……。




「結婚して3ヶ月も経っているのに、会ったのが最近とは……大丈夫なのでしょうか?」
「でも、お母様。あのファヴィオって人、私も苦手です。ベルタも嫌だと思うよ」



 わたくしだとて、あの方は少し苦手ですけれど……。本のことばかりで、何を考えているのか分かりませんし……。
 わたくしはベレニーチェの言葉に頷いているベルタに溜息を吐きました。



「仲良くしろとは申しませんけれど、たまには夫婦としての時間を持ってみては如何ですか?」
「気が向いたら考えてみます」



 きっと考えないのでしょうね。
 わたくしがもう放っておこうと思った時、ベレニーチェがとんでもない事を言い出しました。



「別に、男に抱かれるだけが幸せじゃないでしょう? それに、あんな男じゃ感じないだろうし。最初から嫌いな男でも感じられるのなんて物語の中だけ。そんなに床上手な男なんて幻想だし」




 わたくしとベルタはその言葉に目を見張りました。



 嫌いな男でも感じられるのは物語の中だけ? 上手い男は幻想?
 ですがマッティア様は最初から……いえいえ、確かにあの方は規格外です。


 閨の手ほどきを受けていた方ですし……。
 ファヴィオ様は、恐らく受けていらっしゃらないでしょうし……比べるものでもありません。




「確かに結婚したからと言って、寝所を共にしたり、子を生むのが義務だとは、わたくしは申しません。ですが、少しは会話や挨拶くらいしても良いと思うのです」
「そうですね、心に留めておきます」
「それに、ベルタ。貴方は王族となったのですよ。わたくしの女官をしていても良いのですか?」



 ファヴィオ様は、あんなのでもマッティア様の弟君です。その正室として迎えられたのですから、ベルタは本来女官ではなく、女官を使う側です。


「ベアトリーチェ様! わたくしの生き甲斐を取らないで下さいませ!」
「生き甲斐?」
「私は一生をかけてベアトリーチェ様にお仕えするって決めたのです。それを奪わないで下さいませ」


 わたくしは、ベルタのこの言葉に感動致しました。わたくしは照れながら、これからもお願い致しますねと言って、ベルタと抱き合いました。



「良かった良かった。めでたしめでたしですね! お母様、ベルタ!」
「ベレニーチェ」


 わたくしはベレニーチェを冷ややかに睨みました。ベレニーチェが逃げようとしたので、わたくしは魔力で威圧する事に致しました。
 すると部屋中の空気が緊張し、とても重くなります。



「え? 何? なんで?」


 ベレニーチェが、わたくしの前に膝をつきました。ベレニーチェが、とても慌てながら、わたくしを見上げていますが、わたくしはベレニーチェを冷ややかに見下ろしました。



「ベレニーチェ、知っていましたか? プロヴェンツァの血を受け継ぐ者は、己より魔力の低い者をひれ伏させる事が出来るのですよ」



 かつてプロヴェンツァが、この国において王家と並ぶ程の絶大な能力を誇っていたのは、伊達ではないのです。
 今でこそ、プロヴェンツァは王家に取り込まれていますが、元々は王家を圧倒出来る力を持っていた事もあるのです。



「貴方は言葉が悪すぎます。男に抱かれるだけが幸せではない? 嫌いな男でも感じられるのは物語の中だけ? 貴方は一体どのような物語を読んでいるのですか?」
「そ、それは…。あのお母様、ち、違うのです。これは言葉のあやで……」



 ベレニーチェが床にひれ伏しながら、ジタバタと暴れています。恐怖の滲む目をしていますが、わたくしは威圧を緩めるつもりはありません。



「お母様、ごめんなさい。もうバカなこと言わないからぁ」



 ベレニーチェが泣き出しましたけれど、わたくしはこの機会にベレニーチェから聞き出したい事もありましたので、許すつもりはありませんでした。




「何事だっ!?」



 その怒号と共に、マッティア様が部屋に入って来られました。わたくしは、びっくりしてつい威圧を解いてしまいました。


 すると、ベレニーチェが泣きながらマッティア様に抱き付き、助けてと言いました。



「お母様が怖いのっ!」
「ベアトリーチェ、何があったのですか? 魔力の動きを察知して来てみれば、何故ベレニーチェを威圧しているのですか?」
「それは、ベレニーチェの言葉遣いがあまりにも下品だったからです。ちゃんと叱らなければ……」




 マッティア様は、わたくしを一度見た後、泣いているベレニーチェを抱き上げ、頭を撫でながら、宥めました。



「ベルタ、ベレニーチェをステラの下へ」
「は、はい! かしこまりました」
「マッティア様、話は終わっておりません」


 マッティア様は、わたくしを無視して、ベルタとベレニーチェを部屋から出しました。


 そして、わたくしに向かい合いました。わたくしは、そんなマッティア様を睨みつけましたけれど、マッティア様は気にしていないご様子です。



「何故、叱っている時に止めるのですか?」
「叱るのなら、言葉で伝えなさい。何故、魔力で威圧する必要があるのですか?」
「ですが……、あまりにも言葉が過ぎたので……」



 わたくしがベレニーチェがベルタに言った言葉をマッティア様に話しました。



「別に、男に抱かれるだけが幸せじゃないとか、あんな男じゃ感じないだろうとか……。ファヴィオ様にも失礼ですし……。それよりも最初から嫌いな男でも感じられるのなんて物語の中だけ。そんなに床上手な男なんて幻想だとは、どういう事ですか? どんな本を読めば、そういう見解に行き着くのですか?」



 7歳なのに、そのような下品な物言いをするなど、絶対に許せないと伝えました。



「それは、確かにベレニーチェも悪いですね……」
「ですから、わたくしはベレニーチェをこの機会に躾け直そうと思ったのです」
「だが、威圧することは許可出来ません。言葉で分かるまで伝えないと……」
「……あの子は7歳なのに、たまに大人びた発言を致しますが、今回の言葉は見逃せません。官能小説でも読んでいるのですか? 下品すぎます」



 マッティア様は難しい顔をしています。
 わたくしだとて、マッティア様の言うことも分かります。ですが、プロヴェンツァでは、このような躾は珍しくありません。



「わたくしもお兄様も、悪い事をした時にお父様から威圧を受けることは普通でしたし、そこまでいけない事ですか?」
「はぁ、まったく……。良いですか? 通常はそのような躾などしません。プロヴェンツァにしか使えない能力なので、仕方がないのかもしれませんが、今後こういう事はしないと約束して下さい」



 マッティア様が、わたくしの両肩を掴みながら、真っ直ぐとわたくしを見つめました。その目に、わたくしは怯んでしまい、つい頷いてしまいました。



「ベアトリーチェ。エリオノールの時も興味深いと思っていましたが、どのようにするか教えて頂けますか?」


 マッティア様は、一見するとわたくしに聞いているように見えますが、黙秘は許さないという雰囲気があります。



「……威圧したい者を目で捕らえ、その者の魔力を抑え込むイメージで魔力をぶつけていくのです……」
「ふむ、成る程……」



 その瞬間、部屋の空気が変わり、気が付いたらわたくしはマッティア様にひれ伏していました。



「な、何故……?」
「貴方を真似てみたのですが、プロヴェンツァ家の血を受け継いでいなくとも出来るようですね。まあ、元々プロヴェンツァの者は魔力が高いので、そのようなすべを見につけていったのでしょうが、魔力の高い者ならば、誰でも出来るようですよ、ベアトリーチェ」



 本当にこの方は規格外です。
 魔力量も我が国一ですし……、普通はあのような言葉を聞いただけで出来るものではありません。それとも以前、共に魔力を流した時に、コツを掴んだのでしょうか?



 己の意思と反して動けず、わたくしはマッティア様を見上げることしか出来ません。すると、マッティア様は威圧を解かず、わたくしに膝をつき、顎を掴みました。


「これは良いですね。貴方をいとも容易く抑えられ、両手は空いたままなのですから、何でもし放題です」
「なっ!? ふざけているのですか? 早く解いて下さいませ」
「なら、もう二度と使わないと約束しなさい」
「っ! でも……いえ、約束致します」



 すると、マッティア様は威圧を解いて下さいました。久しぶりに受けましたけれど、使うのも受けるのも疲れます。


 マッティア様は、威圧を使ったというのに、とても涼しいお顔をしています。本当に規格外の魔力量を誇っておられるだけの事はあります。



「ベアトリーチェ、取り敢えずそのような本がないかをファヴィオに調べさせ、ベレニーチェの手に届かないようにします。それではいけませんか?」
「それで良いです……」



 すると、マッティア様はわたくしを抱き上げ、ソファーに座り膝に乗せて下さったので、マッティア様に頭を撫でられながら、わたくしはマッティア様に甘えるように抱きつきました。




「最初から嫌いな男でも感じられるのなんて物語の中だけ……。この言葉に、傷ついたのですか?」
「そんな事はありません。あの当時なら傷ついたかもしれませんが、今はマッティア様と枕を交わす事は嫌ではありません。寧ろ幸せです」



 わたくしの言葉に、マッティア様はそうですかと仰り、わたくしを抱き締めながら、宥めるように、瞼、頬、唇と優しい口付けを落として下さいました。



「マッティア様、愛しています。わたくし、マッティア様に感じる事は嫌ではありません。マッティア様に触れられるのは嬉しい事なのです」
「ベアトリーチェ。そんな可愛い事を言うと、今すぐ抱きたくなるではないですか……。今宵、覚悟をしておいて下さいね」



 わたくし達は愛を確かめるように口付けを交わし、政務へと戻りました。
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