お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria

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フィレンツェ

婚約指輪

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 朝、目を覚ますとトモにしっかり抱き締められていた。ぼんやりする頭で昨日のことを思い出す……

 昨日は――途中で気を失ってしまったが、目が覚めて軽食を摂ったあとはずっとベッドで過ごしていた。トモは私のことを中々離してくれず、何度も何度も……


「……私、トモに甘くなっている気がするわ」

 ダメだと言いながらも、ついつい拒否できないんだものね。まあ気持ちが良すぎるというのもあるんだけど。

 痛かったのが嘘みたいに、回を重ねるたびに気持ちよさが増していった。

 トモがうますぎるのか私が感じやすいのか……どっちだろう。

 私は熱くなった顔を押さえてじたばたした。二人とも裸のままではあったものの、不思議とべとつきはない。トモが拭いてくれたんだろうか?
 そういう気遣いが大切にされているんだなぁと実感させて、なんだか気恥ずかしくてむず痒い。

 私はその気持ちを誤魔化すように、私を抱き枕にして眠っている彼の髪に触れてみたり、逞しい胸板を触ってみたりした。


 服を着ていると分からなかったが、意外と逞しい。それにとても綺麗な顔立ちをしている。睫毛も長く、高い鼻梁……

 やっぱり俳優さんみたいにかっこいい。こんなイケメンが私のストーカーなんだものね。摩訶不思議だわ。

 そう思いながら、トモの鼻に触れようと手を伸ばした途端、突然その手が掴まれキスされた。


「!!」
「おはようございます」
「お、おはよう、起こしちゃった?」

 べたべた触っていることがバレたのが恥ずかしくて頬を赤らめると、彼は私の髪に指を通しながら梳くように撫でた。そして、さらに強く抱き寄せてくる。


「ト、トモ?」
「腕の中で顔を真っ赤にしてじたばたしている花梨奈さんは、とても可愛らしかったですよ」
「お、起きていたなら、もっと早く声をかけてよ……」

 ってことは、最初から全部見られていたってことじゃないの。
 どうやら眠っていると思っていたのは私の勘違いで、トモは私の様子をずっと観察していたらしい。そう思うと恥ずかしい。

 恥ずかしさから身を捩って、彼の腕から逃れようとするが、彼は抱き締める手を緩めてくれない。


「トモ、離して。シャワーを浴びないと……」
「もう少しだけ、このままで」

 トモが私をさらにぎゅっと抱き込んで目を瞑る。

 トモが中々起きないなんて珍しい……。やっぱり昨日いっぱいしたから疲れているのかしら?

「トモ、大丈夫? 体、辛い?」
「それは花梨奈さんでしょう? 我慢ができなくてすみせんでした。大丈夫ですか?」
「よく寝たせいか、今は元気よ。トモは休んでいて。私、シャワーを浴びてルームサービスをお願いしておくから」

 私に頬擦りしているトモにそう声をかけると、ぐっと腰を押しつけられる。その熱い昂りに私は「きゃあっ!」と悲鳴をあげた。


「げ、元気じゃない……!」
「……当然です。ようやく僕の長年の想いが実ったんですよ。僕としては数日ほど部屋に籠って花梨奈さんに溺れていたいくらいです。あ、一緒にお風呂に入りましょうか? それなら、起きます」
「~~~っ! ダ、ダメ! さすがにもうエッチはできないわ。死んじゃうもん。そ、それに今は一人でシャワーを浴びたい気分なの!」

 トモと一緒にお風呂? ただのお風呂で終わる気がしない。今日は何としてでもフィレンツェを巡るのよ。ずっとベッドで過ごしていたら、なんのためにここに来たのか分からないもの。

 私が彼の胸を押して、大きく首を横に振ると、彼はそんな私を見てくつくつと笑い出した。


「分かりました。花梨奈さんに死なれたら困るので、お風呂は夜の楽しみに残しておきます」
「えっ!?」

 よ、夜に……!?

 私が真っ赤な顔で口をパクパクさせると、彼は抱き締めている手を緩めて解放してくれた。そして額にキスが落ちてくる。


「シャワーを浴びてきてください。ルームサービスは僕が頼んでおくので。お腹が空いたでしょう?」
「うん。ありがとう……」

 トモがバスローブを渡してくれたので、私はそれを着て、新しい着替えを持ちシャワールームへ向かった。

「あ。花梨奈さん、滑って転ばないように気をつけてくださいね」
「大丈夫だもん!」
「それならいいのですが……。昨夜はいっぱいしてしまったので、もしも足に力が入らなかったりしたら、すぐに呼んでください」

 あ……! そういう意味……

 てっきり出会った時のことを揶揄しているのかと思っていた私は予想もしていなかった心配をされて頬を染めた。


「だ、大丈夫よ。ゆっくり歩くから……」
「はい。そうしてください」

 恥ずかしさからぎくしゃく歩きながら、バスルームへ向かう。そしてバスローブを脱ぐと、体中――至るところにある赤い痕に気がついた。


「え……これってキスマーク?」

 うわぁ、いっぱいついてる。

 首筋や胸元だけじゃなく、お腹や腰回り、内股の際どいところ――色々なところにつけられた所有欲の痕に照れ臭くなって、私は慌ててバスルーム内にあるシャワールームへ駆け込んだ。
 蛇口をひねると、温かいお湯が出てきてホッと一息つく。お湯の温かさが、体の芯までじんわりと染み渡っていって気持ちいい。が、体を洗うたびに、その痕が目に入って、なんだか落ち着かない。昨日のことをつい思い出してしまう。

 あんなにも狂おしく求められるなんて思わなかった。それでも私に触れる手はとても優しくて、私のことがとても大切だと愛していると教え込まれているようで、なんだか心ごと包まれているみたいで心地よかった。

「~~~っ」

 昨日のトモのぬくもりを思い出すだけで、体温が急激に上がってくる。

 思い出しちゃダメ。落ち着いて。落ち着くのよ、私。

 そんな自分を落ち着かせるために、私はシャワーから冷水を出して、頭と熱くなった体を冷やした。


「ふぅ」

 夏だからか、冷水を浴びても気持ちがいいわね……

 冷水を浴びて体の熱がおさまってから、いそいそとシャワールームを出る。そしてバスタブにお湯を入れた。

 きっとトモはあとで入るわよね?



「トモ。お湯を張っておいたから、ご飯食べたら入ってね」
「ありがとうございます」

 声をかけながらリビングに入ると、テーブルに料理を並べているトモが顔を上げる。


「美味しそうだね。すごくお腹空いてきたかも」
「たくさん食べてくださいね」

 並べ終わった彼が私の手を取り、ソファーへとエスコートしてくれた。ソファーに腰掛けながら美味しそうな匂いに鼻腔がくすぐられて、ぺこぺこになったお腹を押さえて、はにかむように笑う。

 そしてサラダに手を伸ばそうとすると、彼が私の左手を取り、薬指に指輪をはめてくれた。

 ダイヤモンドでカメリアの花を模した――とても大きくて存在感のあるその指輪に目を瞬かせる。すると、トモがその手にキスを落とした。

「何これ?」
「婚約指輪です」
「えっ!? わぁ、ありがとう!」

 そっか。私が受け入れたら、正式に婚約成立だもんね。

 でもこれ、昔雑誌で見たやつだ。めちゃくちゃ綺麗で、こんな指輪を将来もらえたらとても幸せだろうなとか思ったのよね。まさか数年経って、その時の憧れが叶うなんて……!

「嬉しい。すごく幸せ」

 私が左手を目の前にかざして、その指輪を見つめているとトモが嬉しそうに笑う。

「絶対にこれを贈ると決めていたので、僕も嬉しいです。花梨奈さん、以前雑誌を見て憧れると言っていたでしょう?」
「……は?」

 今、なんて言った?
 私がぎこちなくトモに顔を向けると、彼が私を抱き寄せ、左手に指を絡める。

「花梨奈さんのことなら、なんでも知っていると言ったでしょう」
「ス、ストーカー……」
「なんとでもどうぞ。それより、フィレンツェといえばトルナブオーニ通りと聞きました。ショッピングをしませんか?」

 トルナブオーニ通りといえば……著名ブランドが本店を構えている通りだよね。

 何か欲しいものがあるのかな?


「いいよ。何か買うの?」
「ええ。僕たちの結婚指輪を選べればなと思いまして……」
「結婚指輪? 今、婚約指輪をもらったばかりなのに?」
「ですが、僕としては花梨奈さんの気の変わらないうちに早く結婚をしたいんです。結婚式はあとでいいとしても、籍くらいはバカンス中に入れたいです。そのためにも結婚指輪が必要だと思いませんか?」
「……そうかもしれないけど」

 でも、私たちは日本人だ。
 婚姻の手続きをするとなると、どうしても日本での手続きを要する。

 私がうーんと唸ると、トモが私の頭を撫でる。

「日本に帰る必要はありませんよ」
「え? でも、手続きとか……」
「イタリアにある日本の大使館や領事館でできます。なので、なんの心配もいりません」
「へぇ」

 そうなんだ……
 てっきり日本に一度帰らないといけないと思った。まあ国際結婚が増えているんだし、その場で対応したほうが早いものね。

 トモの言葉に安堵すると、「大丈夫ですよ」とまた頭を撫でてくれる。

 トモは嫌なら実家を無視してもいいと言ってくれるけど、勝手に異国の地で手続きを終えてしまって本当にいいんだろうか?

「あ、あの……でもお兄様たちには籍を入れる報告は事前にしておきたいかも」
「もちろんです。花梨奈さんのお兄様方には、僕から連絡をして会えるようにはからっておきます。あと、結婚の手続き等も僕に任せてください。僕も住まいは外国なので」
「え?」
「実はロンドンに住んでいるんです」
「ロンドン……?」

 日本じゃないの……!?
 彼の言葉で兄たちに連絡を取ってもらえる嬉しさと感謝の気持ちがどこかに飛んでいってしまい、目を白黒させた。
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