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本編
2.卒業式での私の最低な行い
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憂鬱だ。
私とジュリオの関係は更に悪化し、もう口を聞いてもくれなくなっていた。
分かっている。
ジュリオは節度を守っているんだ。私との関係が噂にならないように……。兄の婚約者に興味などないと示す為にも、必要以上に話さないようにしているのだと思う。
…………いえ。近頃は必要最低限も話してくれなくなったように思う。
そんな憂鬱な気分のまま、私たちは学院の卒業式を迎えた。この学院を卒業するという事は私たちは成人と見なされ、私は王太子殿下に嫁がなければならないという事だ。今までおろしていた髪を綺麗に結い上げ、成人した大人の女性として……王太子妃として……私はこれから生きていかなければならない、という事だ。
ジュリオの魔力は今もない。成人するまで開花しないという事は、もうそういう事なのだろう。
それに、完全に嫌われてしまったみたいだから……魔力がたとえあっても無駄なのかもしれない。
分かっている。このような晴れの場で泣いては駄目。
今日は卒業式なのよ。
未来の王太子妃として、皆が見ているのだから、しっかりしなければ……。
私は隣でエスコートをして下さっている王太子殿下をぼんやりと見つめながら、隣にいるのがジュリオだったら良かったのにと惨めにも思ってしまった。
そんな事は夢にしか過ぎない。
ジュリオはもう私の事を嫌いなのに……。
もう幼い時の約束や想いなど……ジュリオはきっと覚えていない筈なのに……。
「チェチーリア姫? 大丈夫かい? もしかすると、調子が悪いのかな?」
「いえ……」
卒業式後のパーティーで王太子殿下は私の顔を覗き込みながら、優しく声をかけて下さった。それなのに、私はプイッと顔を背けてしまった。
いけない事は分かっている。
王太子殿下に当たるのは間違えているのに……。
どうしても、笑えない……。表情を取り繕えない。
今日が終われば……もう後戻りが出来なくなる……。
卒業式の三月後あたりに佳き日を選び、婚儀となる……。
逃げたい。逃げ出したい。
そんな思いがグルグルと私の中を巡った。
「チェチーリア姫。この後、ダンスがあるけど体調が悪いようなら下がって休もうか?」
「大丈夫です……」
「だが……」
「大丈夫です! 私には構わないで! 私は……私は……」
私は心配して下さっている王太子殿下の手を振り払ってしまった。
無礼な事をしているのは理解している。
それなのに、止められない。止められないの。
「チェチーリア姫……?」
「お願いです。お願いだから、私と婚約破棄して下さい! 私は王太子妃になどなりたくないのです! 次代の王の妃になどなりたくない! お願いだから、私を解放して下さい! 私と婚約破棄して下さい!」
涙が堰を切ったように溢れ出して止まらない。
王太子殿下が、とても驚いた顔をしている。
でも、私はパーティー中だというのに泣きながら「婚約破棄をして!」と何度も喚いた。
「チェチーリア。お前、何言ってんだよ!? この場がどういう場か分かっているのか!?」
見かねたジュリオが私の腕を掴んで、怒鳴った。
久しぶりのジュリオの声。
ずっと、話してくれなかったジュリオの声だ。
出逢った時と何も変わらない王妃様と同じ淡い青紫色の髪に、国王陛下と同じ空色の瞳。髪の長さも昔のまま……短めで……でも、前髪は長くてたまに左目が隠れてしまっていたりする……。何も変わらない綺麗な顔立ち。幼い時よりも声は低くなって、同じくらいだった背丈は私よりも高くなったけれど……何も変わらないジュリオ……。
「私は貴方が好き。貴方でなければ嫌なの。魔力なんていらない。魔力なんてあるから、私が貴方のお嫁さんになれないのなら、魔力なんていらない。ジュリオ、私は……私は……」
私はジュリオに抱きついてしまった。
ジュリオが戸惑っているのが分かる。
周りが騒めいているのも分かっている。
最低な事をしているのは、もっと分かっている。
王太子殿下に恥をかかせ、ジュリオの立場も王太子殿下の立場も考えていない最低最悪な行為をしている事は分かっている。
でも止められないの。
止まらないの……。
その後、パーティーは途中でお開きになり、私は王太子殿下とジュリオに連れられて、別室に移動となった。
後にも先にも、卒業式のパーティーが途中で打ち切りになったのは、この時だけだ。私は不名誉な前例を打ち立ててしまった……。
「あぁ、くそっ」
別室に入るなり、ジュリオが壁を殴ったので、私の体がビクッと跳ねた。
すかさず、王太子殿下が「大丈夫だから」と言って肩をさすって下さった。
優しい方……。優しい方なのは分かっている。
今も私の行いに声を荒げる事もなさらない。
本当は、ふざけるなと怒鳴りたい筈なのに……。
「ジュリオ。チェチーリア姫が怖がるだろう。乱暴な事はやめろ」
「はぁ。今、そんな事言ってる場合か? とんだ醜聞だ」
ジュリオの声や言葉が迷惑だと、ハッキリと示しているようで、私はまた涙をボロボロと溢してしまった。
「馬鹿、泣くな。ったく、一度しか言わないからよく聞いておけよ。俺はチェチーリア……いや、チェシリーの事が好きだ。好きだよ。だから、もう泣くな」
「ジュリオ……?」
今何と……今……好きだって……。
私の事を好きだって言った……?
「でも、魔力のないこんな俺ではお前に釣り合わない。お前を幸せには出来ない。どれ程頑張っても魔力を得られなかった……そんな俺ではお前を奪えない」
ジュリオは言った。
次第に無理なのだと諦めるようになっていったと。
諦めるなら、まずは俺がチェシリーに興味がなくなったと思わせないと、私の名誉に関わると思って色々な女性と浮き名を流したのだと言った……。
「チェシリー。いや、チェチーリア姫。もう忘れろ。頼むから俺の事は忘れて、兄上に嫁いでくれ。俺たちの恋は国を乱す」
「国を、乱す……?」
私たちの恋は国を乱す……?
ジュリオに言われた言葉が刃となって胸を抉ったように感じられた……。
ジュリオが「後は任せた」と言って退室していく後ろ姿を見る事も出来ない程に……私の体は楔を打ち込まれたように動かなかった……。
私とジュリオの関係は更に悪化し、もう口を聞いてもくれなくなっていた。
分かっている。
ジュリオは節度を守っているんだ。私との関係が噂にならないように……。兄の婚約者に興味などないと示す為にも、必要以上に話さないようにしているのだと思う。
…………いえ。近頃は必要最低限も話してくれなくなったように思う。
そんな憂鬱な気分のまま、私たちは学院の卒業式を迎えた。この学院を卒業するという事は私たちは成人と見なされ、私は王太子殿下に嫁がなければならないという事だ。今までおろしていた髪を綺麗に結い上げ、成人した大人の女性として……王太子妃として……私はこれから生きていかなければならない、という事だ。
ジュリオの魔力は今もない。成人するまで開花しないという事は、もうそういう事なのだろう。
それに、完全に嫌われてしまったみたいだから……魔力がたとえあっても無駄なのかもしれない。
分かっている。このような晴れの場で泣いては駄目。
今日は卒業式なのよ。
未来の王太子妃として、皆が見ているのだから、しっかりしなければ……。
私は隣でエスコートをして下さっている王太子殿下をぼんやりと見つめながら、隣にいるのがジュリオだったら良かったのにと惨めにも思ってしまった。
そんな事は夢にしか過ぎない。
ジュリオはもう私の事を嫌いなのに……。
もう幼い時の約束や想いなど……ジュリオはきっと覚えていない筈なのに……。
「チェチーリア姫? 大丈夫かい? もしかすると、調子が悪いのかな?」
「いえ……」
卒業式後のパーティーで王太子殿下は私の顔を覗き込みながら、優しく声をかけて下さった。それなのに、私はプイッと顔を背けてしまった。
いけない事は分かっている。
王太子殿下に当たるのは間違えているのに……。
どうしても、笑えない……。表情を取り繕えない。
今日が終われば……もう後戻りが出来なくなる……。
卒業式の三月後あたりに佳き日を選び、婚儀となる……。
逃げたい。逃げ出したい。
そんな思いがグルグルと私の中を巡った。
「チェチーリア姫。この後、ダンスがあるけど体調が悪いようなら下がって休もうか?」
「大丈夫です……」
「だが……」
「大丈夫です! 私には構わないで! 私は……私は……」
私は心配して下さっている王太子殿下の手を振り払ってしまった。
無礼な事をしているのは理解している。
それなのに、止められない。止められないの。
「チェチーリア姫……?」
「お願いです。お願いだから、私と婚約破棄して下さい! 私は王太子妃になどなりたくないのです! 次代の王の妃になどなりたくない! お願いだから、私を解放して下さい! 私と婚約破棄して下さい!」
涙が堰を切ったように溢れ出して止まらない。
王太子殿下が、とても驚いた顔をしている。
でも、私はパーティー中だというのに泣きながら「婚約破棄をして!」と何度も喚いた。
「チェチーリア。お前、何言ってんだよ!? この場がどういう場か分かっているのか!?」
見かねたジュリオが私の腕を掴んで、怒鳴った。
久しぶりのジュリオの声。
ずっと、話してくれなかったジュリオの声だ。
出逢った時と何も変わらない王妃様と同じ淡い青紫色の髪に、国王陛下と同じ空色の瞳。髪の長さも昔のまま……短めで……でも、前髪は長くてたまに左目が隠れてしまっていたりする……。何も変わらない綺麗な顔立ち。幼い時よりも声は低くなって、同じくらいだった背丈は私よりも高くなったけれど……何も変わらないジュリオ……。
「私は貴方が好き。貴方でなければ嫌なの。魔力なんていらない。魔力なんてあるから、私が貴方のお嫁さんになれないのなら、魔力なんていらない。ジュリオ、私は……私は……」
私はジュリオに抱きついてしまった。
ジュリオが戸惑っているのが分かる。
周りが騒めいているのも分かっている。
最低な事をしているのは、もっと分かっている。
王太子殿下に恥をかかせ、ジュリオの立場も王太子殿下の立場も考えていない最低最悪な行為をしている事は分かっている。
でも止められないの。
止まらないの……。
その後、パーティーは途中でお開きになり、私は王太子殿下とジュリオに連れられて、別室に移動となった。
後にも先にも、卒業式のパーティーが途中で打ち切りになったのは、この時だけだ。私は不名誉な前例を打ち立ててしまった……。
「あぁ、くそっ」
別室に入るなり、ジュリオが壁を殴ったので、私の体がビクッと跳ねた。
すかさず、王太子殿下が「大丈夫だから」と言って肩をさすって下さった。
優しい方……。優しい方なのは分かっている。
今も私の行いに声を荒げる事もなさらない。
本当は、ふざけるなと怒鳴りたい筈なのに……。
「ジュリオ。チェチーリア姫が怖がるだろう。乱暴な事はやめろ」
「はぁ。今、そんな事言ってる場合か? とんだ醜聞だ」
ジュリオの声や言葉が迷惑だと、ハッキリと示しているようで、私はまた涙をボロボロと溢してしまった。
「馬鹿、泣くな。ったく、一度しか言わないからよく聞いておけよ。俺はチェチーリア……いや、チェシリーの事が好きだ。好きだよ。だから、もう泣くな」
「ジュリオ……?」
今何と……今……好きだって……。
私の事を好きだって言った……?
「でも、魔力のないこんな俺ではお前に釣り合わない。お前を幸せには出来ない。どれ程頑張っても魔力を得られなかった……そんな俺ではお前を奪えない」
ジュリオは言った。
次第に無理なのだと諦めるようになっていったと。
諦めるなら、まずは俺がチェシリーに興味がなくなったと思わせないと、私の名誉に関わると思って色々な女性と浮き名を流したのだと言った……。
「チェシリー。いや、チェチーリア姫。もう忘れろ。頼むから俺の事は忘れて、兄上に嫁いでくれ。俺たちの恋は国を乱す」
「国を、乱す……?」
私たちの恋は国を乱す……?
ジュリオに言われた言葉が刃となって胸を抉ったように感じられた……。
ジュリオが「後は任せた」と言って退室していく後ろ姿を見る事も出来ない程に……私の体は楔を打ち込まれたように動かなかった……。
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