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本編

3.初めての口付け

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「チェチーリア姫……」


 王太子殿下の心配そうな声にすら、体が震える。

 ジュリオの言葉にショックを受けるのは間違えている……ジュリオは間違えた事を言っていない。

 いつまでも幼い日のまま夢を見ているのは私だけ。
 あの日に取り残されているのは私だけ。


「チェチーリア姫がジュリオを好いていた事は分かっていたよ。それでも、私は君を離してやれなかった。すまないとは思っている」
「殿下……」
「今も……あのような心の叫びを聞いても尚、君を離してやる事は出来ない……」


 王太子殿下が私に跪いてドレスの裾をそっと持ち上げ、口付けた。視線と視線が絡み合う……まるで王太子殿下の視線に、捕まってしまったかのように動けなかった。
 私の様子に、王太子殿下は苦笑いをして立ち上がり、私をスマートにソファーへと誘導して座らせた。


 私はポスッと座った。
 どうしたら良いか分からず……王太子殿下を見つめると、王太子殿下も私の隣に座り、私の手を握った。


 手を握った……。
 恋愛に奥手だと思っていた王太子殿下が私の手を握った……。


「ジュリオは……」
「え?」
「ジュリオは君をチェシリーと愛称で呼んでいたのだね」
「は、はい……」
「そうか……」

 そう呟いたかと思うと王太子殿下は黙ってしまった。
 そして、何かを考えているみたいだった……。

 癇に障ったのかしら?
 そうよね……あれだけ泣き喚いたあげく、ジュリオ、ジュリオと縋れば……いくらお優しい王太子殿下でも流石に気分を害すわよね……。

 お叱りは覚悟の上だ……。

「あ、あの……申し訳ございません。私……罰なら受けます。己が罪を犯している事くらい分かっています……」
「チェチーリア姫。人の想いは抑えられないものだからね。それについて責めるつもりはないよ。だが、これからは私を見て欲しいとは思う、けどね」


 ………………。
 何とお答えして良いか分からない。
 此処は「はい」とお答えするのが正しい事くらい分かっている。でも、言葉が出てこない。

 本当なら我が家ごと罰せられても仕方がない事を私はした……。それなのに王太子殿下は、とても慈悲深く……今までの私を許すと言って下さっているのに……返事がうまく出来ない……。


「シシー」
「え?」
「君の事、シシーって呼んで良い? チェチーリアの愛称は色々あるけど、ジュリオとは違うものにしたかったんだ。駄目かな?」
「だ、駄目ではありません。どうぞ、お好きに呼んで下さい」


 呼び方なんて何でも良い。
 流石にチェシリーとは呼ばれたくないけれど、他の呼び方なら好きにしてくれて構わない……と思う。


「なら、シシーも王太子殿下ではなく名で呼んでくれないか? フィリップと……」
「え? そ、それは畏れ多いです……そんな……」
「どうして? 王太子は肩書きに過ぎない。殿下も敬称だ。私たちは夫婦になるのだよ? 名で呼び合うのが普通ではないのかな?」


 ………………。
 王太子殿下の言っている事は尤もな事だと思う。

 でも、長年染み付いた呼び方を今更変えられるだろうか……。それに夫婦となるという言葉がチクリと胸に刺さった気がした……。


「ど、努力はします」
「うん、そうだな。殿下と呼んだら仕置きをしようかな」
「お仕置き、ですか?」
「うん、たとえば……こんな……」


 私が王太子殿下の顔を見上げた瞬間、引き寄せられて、顔が近づいてきた。
 口付けをされたのだと気付いた時には、もう遅かった。王太子殿下の舌が、私の唇を舐め……ゆっくりと閉じている唇を割り、歯をなぞり……口の中に舌が入って来ていた。



「んんぅ、んんっ!!」


 やめて、と言いたいのに言葉にならない声が出る。

 王太子殿下は私の反応を気にする様子もなく、上顎や歯の裏、口の中の粘膜さえも味わい尽くすかのように、舌をねっとりと動かし、私の口腔内を蹂躙した。


「んっ……んぅ……ふぁ、っ」


 頭が徐々に痺れて来たように感じる。
 何だか、もやがかかったような……。

 力が入らなくなって、私は王太子殿下のお召し物を震える手で掴んでしまっていた。


「んっ、んぅ……っぁ」


 舌を絡ませられ、吸われると、体がピクリと跳ねた気がした。

 こんな口付け知らない……。
 と言っても、軽く触れるような口付けすらもした事もないので比べられないのだけれど。


 ファーストキスが、こんなに激しく甘いものだとは知らなかった……。
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