深き水の底に沈む

ツヨシ

文字の大きさ
22 / 37

22

しおりを挟む
正也はやはりすぐには眠れなかった。
今日人が喰われるところを目の前で見たのだから。
すぐに眠れる方がおかしい。
しかし、明日決まった時間に起きなければならないわけではない。
無理に寝ようとしなくても、そのうち寝るだろうと思っていると、いつの間にか眠りについていた。

日が昇り朝になる。目が覚めて起きる。
普段の日常なら、顔を洗ったり、歯磨きをしたり、ご飯を食べたり。
テレビを見たり、ユーチューブを見たり、大学に行き講義を受けたり、昼ご飯を食べたり。
買い物に行ったり、デートをしたり、映画を見たり、音楽を聴いたり、マンガを読んだり。
晩御飯を食べたり、お風呂にはいったり、その他もろもろ。
一日のうちのやることは、数え上がればきりがないほどあるのだが、ここではその全てができない、またはやる必要がないのだ。
時間はある。
いや、いつあの化け物に喰われるかわからないので、それほどないのかもしれないが。
ただ明確にやることがない。
この村を出る方法を探らなければならないのだが、なにをどうすればいいのか、皆目見当がつかない。
落ち着かないと同時に、虚脱感がある。
不安や恐怖は十分あるはずなのに、なんだかぼんやりもしているのだ。
この言いようのない感覚。
いったい何を考えればいいのか。
果たして今日はなにをすればいいのか。
正也がそんなことを考えていると、はるみが言った。
「とりあえずなんだけど、今日はお寺に行ってみない」
正也は刹那、なんで、と思ったが、特にこれと言ってやることがないのは事実だ。五人のうち一人が化け物に喰われてしまったことを報告するだけになるような気もするが、同時にそれが全くの無駄と言うわけでもないような気もする。おそらく住職もそれは知りたいだろうと思った。そうなると、お寺に行かなければならないような気もしてきた。
「そうですね、行きますか」
「そうしましょうか」
そういうふうになった。
それ以外で、今するべきことが思いつかない。

お寺に着いた。声をかけるとしばらくして住職が出てきた。
「おや、今日は三人なのですか?」
「実は……」
はるみが昨日あったことを住職に告げる。
すると彼は目に涙を浮かべながら言った。
「そうですか。私が知っているだけでも七人目の犠牲者と言うことですね。それなのに今回も何もすることができなかった。本当に申し訳ないことです」
はるみが言う。
「いえいえ、あなたのせいではありません。あなたはなにも悪くないです。そんなにご自分を責めないでください」
住職は、手で涙をぬぐうと言った。
「いえ、そんなことはありません。この村の現状を把握していて、おまけに仏門に身を置く立場にもかかわらず、迷い込んできた罪なき人を助けることが、一度もできていないのです。本当に自分が情けない」
「ですからあなたはなにも悪くないですから。そんなにご自分を責めないでください。あなたも死んだ村人にとらわれてしまった、犠牲者の一人なのですから」
「そう言ってもらえると、ありがたいことです。せめて……そう、亡くなった人、お仲間の名前は何と言いますか」
「さやかさんです」
「さやかさんですか。それではその名を刻んだ墓標をたてましょう」
「墓標……ですか?」
「墓標です。この寺の裏にあります」
住職が歩きだした。
三人がついて行く。
そこには人の頭ほどの石が並んでいた。
そのうちの四つに、名前が刻まれている。
「六人のうち二人は名前がわかりませんでしたので、名を刻むことができませんでしたが。ではここにさやかさんの墓標をたてたいと思います」
みまが言った。
「そうですか。ありがとうございます。これでさやかも、少しはうかばれるかもしれません」
「いえいえ、本当ならあなたたちを助けることができたら、いいのですが」
はるみが言う。
「いえ、あなたはとてもいい人です。それだけども私たちには救いになってます」
「そんな。なにもすることができないのに。もったいないことです」
住職は頭を下げた。
はるみが言った。
「それでは、しばらくしたらさやかさんの墓標を見に来ますからね」
「はい、いつでもおこしください」
お互いにあいさつをかわして、別れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

今日の怖い話

海藤日本
ホラー
出来るだけ毎日怖い話やゾッとする話を投稿します。 一話完結です。暇潰しにどうぞ!

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

処理中です...