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「そうなんですか。でも一人一人なら勝てる相手なのに、なぜ五人そろうまでびらんが待つと思うんですか?」
「びらんは恨みと憎しみの塊だ。自分に害がない人間でも平気で殺している。そこに自分に敵対する人間が現れた。これはびらんにとっても予想外だっただろう。そんなとき、悪霊ならどう考えるか。恨みと憎しみにまみれた存在ならどう行動するか。たぶんそっちがその気なら、五人まとめて殺してやろうと考えるだろう。いわば今のこの状態は、びらんが私たちと戦うのを待っていると言えるだろう。だから五人そろうまで手は出してこない。五人そろったところでやりあうのが、今のやつの思うところだろう」
「そうですか」
「だから私たち五人がそろった時が、封印の準備が整った時が、びらんとの戦いになるだろう」
「わかりました。じゃあそれに備えます」
「そうしてもらうとありがたい」
「では。あっ、息子から着信がありました」
「おそらく息子さんのところにもびらんがでたんだろう」
「でしょうね。では失礼します」
「うん。こっちこそ失礼する」
電話は切られた。
二人の前にびらんが現れた。
おそらく草野信一の前にも。
そして桜井や大場の前にもその姿を現すことだろう。
――さて、ないとは思うが二人がびらんを見て尻込みしなければいいのだが。
本部は少しだけ不安になった。
桜井は仕事が終わってマンションで夕食を食べていた。
その時である。
何の前触れもなく、テーブルのむこうにいきなりそいつは現れた。
白に近い灰色の肌の、生気というものが全く皆無な顔をした女性。
目は深い穴のように黒い。
そして成人女性の顔の下に、三歳くらいの幼女の体があった。
首のところは目で見てもどうなっているのかよくわからない。
とにかくどう見ても生きている人間とは思えない。
――びらんだ。
桜井はそう思った。
今自分の前にわけのわからないものが現れるとしたら、びらんしか考えられない。
おまけにびらんは、若い母親と幼い娘の二人でびらんになっていると聞いた。
こいつは成人女性の顔と幼女の体を持つ。
びらんと考えるのが当然だ。
桜井の驚きは大きかったが、恐怖とかそういうものはあまり感じなかった。
それはびらんがそういう空気を醸し出していたからだ。
びらんは見ている。
ただそれだけなのだ。
そこにはなんの思考も感情も見いだせなかった。
しばらくのままだったが、やがてびらんはテーブルの向こうからすうっと消えた。
桜井は少しの間びらんの消えたあたりを見ていたが、やがて我に返り、電話を手にした。
相手は本部だ。本部が出た。
「もしもし本部さんですか。桜井です。たった今私の前にびらんがと思われるものが現れました」
「そうか、やっぱりな」
「やっぱりとは、本部さんのところにもでたんですか。びらんは」
「私のところにも、草野親子のところにも出てきたよ」
「そうですか。すると……」
「そう。大場さやのところにも出て来るな」
「そんな」
「心配するな。私たちを今すぐにどうこうしよういう気は、やつにはない。そして封印を始めるまでは安全だ」
「そうなんですか」
「そうだな。桜井さんも感じただろう。今のびらんには明確な敵意はない。敵意や殺意を出すとしたら、五人が封印を始めた時だ」
「そうなんですね」
「悪霊にはそういうやからが多い。自分の力に自信があるし、敵意を持つ相手には、相手が完全な状態であるときに叩きたい。強い恨みや憎しみは、強い想いはそれが自分の自我をも強くするということだな。プライドと言った方がわかりやすいか。だから自分に敵意を向ける相手を、自分が有利なように相手に不利なように殺したりはしない。五人が万全の時に、五人まとめて殺したいのさ」
「悪霊ってそういうものなのですか?」
「うむ。特に強い悪霊とはそういうものなのさ。私は若いころからさんざん見てきたが、みなそうだった。ところで桜井さんはびらんを見ただろう」
「見ました」
「どう思った?」
「どう思ったって。人間ではない化け物だと思いました」
「そうではなくて、怖いとか、こんなやつとやりあうなんて嫌だなあとか、思わなかったか?」
「それは全然思いませんでした」
「じゃあびらんを封印するという意思は、変わりはないんだな」
「ええ、少しもありません」
「よかった。さすが、私がみこんだけのことはある」
「ええ、少しも揺るいでいないです」
「それはよかった。おっと、着信だ。大場さやからだな」
「では大場さんのところにも」
「うむ。びらんが現れたんだろう」
「そうですか……」
「心配そうな声だが、おそらく心配には及ばないだろう。では大場さやの電話に出るぞ。それじゃあ」
「はい、お疲れ様です」
電話は切られた。
おそらく大場さやからびらんを見たと連絡が入ったのだろう。
大場はどう感じたのだろうか。
「びらんは恨みと憎しみの塊だ。自分に害がない人間でも平気で殺している。そこに自分に敵対する人間が現れた。これはびらんにとっても予想外だっただろう。そんなとき、悪霊ならどう考えるか。恨みと憎しみにまみれた存在ならどう行動するか。たぶんそっちがその気なら、五人まとめて殺してやろうと考えるだろう。いわば今のこの状態は、びらんが私たちと戦うのを待っていると言えるだろう。だから五人そろうまで手は出してこない。五人そろったところでやりあうのが、今のやつの思うところだろう」
「そうですか」
「だから私たち五人がそろった時が、封印の準備が整った時が、びらんとの戦いになるだろう」
「わかりました。じゃあそれに備えます」
「そうしてもらうとありがたい」
「では。あっ、息子から着信がありました」
「おそらく息子さんのところにもびらんがでたんだろう」
「でしょうね。では失礼します」
「うん。こっちこそ失礼する」
電話は切られた。
二人の前にびらんが現れた。
おそらく草野信一の前にも。
そして桜井や大場の前にもその姿を現すことだろう。
――さて、ないとは思うが二人がびらんを見て尻込みしなければいいのだが。
本部は少しだけ不安になった。
桜井は仕事が終わってマンションで夕食を食べていた。
その時である。
何の前触れもなく、テーブルのむこうにいきなりそいつは現れた。
白に近い灰色の肌の、生気というものが全く皆無な顔をした女性。
目は深い穴のように黒い。
そして成人女性の顔の下に、三歳くらいの幼女の体があった。
首のところは目で見てもどうなっているのかよくわからない。
とにかくどう見ても生きている人間とは思えない。
――びらんだ。
桜井はそう思った。
今自分の前にわけのわからないものが現れるとしたら、びらんしか考えられない。
おまけにびらんは、若い母親と幼い娘の二人でびらんになっていると聞いた。
こいつは成人女性の顔と幼女の体を持つ。
びらんと考えるのが当然だ。
桜井の驚きは大きかったが、恐怖とかそういうものはあまり感じなかった。
それはびらんがそういう空気を醸し出していたからだ。
びらんは見ている。
ただそれだけなのだ。
そこにはなんの思考も感情も見いだせなかった。
しばらくのままだったが、やがてびらんはテーブルの向こうからすうっと消えた。
桜井は少しの間びらんの消えたあたりを見ていたが、やがて我に返り、電話を手にした。
相手は本部だ。本部が出た。
「もしもし本部さんですか。桜井です。たった今私の前にびらんがと思われるものが現れました」
「そうか、やっぱりな」
「やっぱりとは、本部さんのところにもでたんですか。びらんは」
「私のところにも、草野親子のところにも出てきたよ」
「そうですか。すると……」
「そう。大場さやのところにも出て来るな」
「そんな」
「心配するな。私たちを今すぐにどうこうしよういう気は、やつにはない。そして封印を始めるまでは安全だ」
「そうなんですか」
「そうだな。桜井さんも感じただろう。今のびらんには明確な敵意はない。敵意や殺意を出すとしたら、五人が封印を始めた時だ」
「そうなんですね」
「悪霊にはそういうやからが多い。自分の力に自信があるし、敵意を持つ相手には、相手が完全な状態であるときに叩きたい。強い恨みや憎しみは、強い想いはそれが自分の自我をも強くするということだな。プライドと言った方がわかりやすいか。だから自分に敵意を向ける相手を、自分が有利なように相手に不利なように殺したりはしない。五人が万全の時に、五人まとめて殺したいのさ」
「悪霊ってそういうものなのですか?」
「うむ。特に強い悪霊とはそういうものなのさ。私は若いころからさんざん見てきたが、みなそうだった。ところで桜井さんはびらんを見ただろう」
「見ました」
「どう思った?」
「どう思ったって。人間ではない化け物だと思いました」
「そうではなくて、怖いとか、こんなやつとやりあうなんて嫌だなあとか、思わなかったか?」
「それは全然思いませんでした」
「じゃあびらんを封印するという意思は、変わりはないんだな」
「ええ、少しもありません」
「よかった。さすが、私がみこんだけのことはある」
「ええ、少しも揺るいでいないです」
「それはよかった。おっと、着信だ。大場さやからだな」
「では大場さんのところにも」
「うむ。びらんが現れたんだろう」
「そうですか……」
「心配そうな声だが、おそらく心配には及ばないだろう。では大場さやの電話に出るぞ。それじゃあ」
「はい、お疲れ様です」
電話は切られた。
おそらく大場さやからびらんを見たと連絡が入ったのだろう。
大場はどう感じたのだろうか。
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