女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

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 週末の夜の街は活気にあふれていて、誰もが楽しみを求めて闊歩する。
 すれ違うのもやっとの喧騒を抜け奥まった通りを進むと、小さな入り口が見えた。
 ライブに来ている人たちなのだろうかいくつかの集団をよけながらライトアップされた階段を下りていく。

 壁にはたくさんのフライヤーが貼られている。
 こんな場所に来るのは高校の時に友達のライブを見に来た時以来だ。場違いな気がして知らず早足になる。

 重たい扉を開けるとさらに人ごみでごった返していた。
 入り口でチケットを買い、ドリンクコーナーへと向かう。とりあえずアルコールでも入れてしまおうとモヒートを頼んだ。

 プラカップに口をつけると案外美味しくて少しだけ気分が上がる。
 さらに奥に進んむと一気に大音量の音の渦に巻き込まれた。音楽に合わせたエネルギーが迸っている。

 タイムスケジュールを確認すると遊里が出場するまでもう少し時間がありそうだった。
 手持ち無沙汰に一番後ろの壁にもたれながら会場を見渡した。

 普段彰仁の存在するクリーンな場所とは正反対の雑多なエネルギーが満ち溢れている場所。こんな大音量だって普通に生活をしていれば聞くこともない。
 ズンズンと刻まれるリズムが床を通して振動している。

 ふと前を通りかかった女の子たちの楽し気な話し声が耳に入った。きゃあきゃあと高いテンションに思わず耳を傾ける。
 どうやら遊里の熱狂的なファンらしく高揚した顔を隠そうともしないで、ひたすら興奮を巻き散らかしている。

 彼女になりたいと叫ぶ女の子に目が奪われた。
 精一杯おしゃれしてきたのだろう。話しながらしきりに髪型やメイクのチェックをしている。スラリと伸びた足は若く健康的だ。

 ふ、と自嘲した笑いが漏れた。

 もし彰仁が女だったらもっと楽に恋愛が出来たんだろうか。あんな風に素直に好きだと叫べたのだろうか。
 情けなく虚しい事で悩まずに、男に愛されて満足できたんだろうか。

 ふいに音がやんで会場が暗くなった。
 ステージに目をやると再び照らされた光の中に遊里が現れた。

 あの時と同じクシャっとした髪を乱雑にまとわせ、猫背気味な身体でベースを掻き鳴らす。
 音楽の洪水が一気に巻き起こった。

 ボーカルの声もメロディーを奏でるギターも轟くドラムもあるのに、その中から遊里からあふれる音だけが彰仁に届く。
 さっきまで話に夢中になっていた女の子たちの姿はもうない。きっと前線で遊里の名を叫んでいる事だろう。

 重低音をならす指先が器用に動いている。
 筋張って太く強い指が彰仁を泣かせたように。

 痺れるように遊里の音に溺れた。
 心臓のリズムが遊里のならす音に同期する。それと同時にあられもない場所が脈打ってデニムの前をきつく張らせた。
 痛いくらいに膨張する欲望。

 すっと流れるように遊里の視線が彰仁を捉えた。
 これだけの人の中、こんなに後ろにいる彰仁を見つめ、一瞬目を細めた。そのままじっと彰仁を見つめ、にゅうっと瞳が弧を描いた。

 遊里の掻き鳴らす音がまるでセックスをしているかのように彰仁を貫いた。リズムを刻み、奥を抉るかのような動き。誰も届かないような場所を擦って高みへと連れ去る様に。
 ひときわ深い重低音が鳴った。

 その瞬間、達していた。

 下着の中はグショグショに濡れ、足に力が入らない。壁にもたれていなければ座り込んでいたかもしれないほどガクガクと震えている。

 見つめ合ったほんの数秒のことなのに。
 遊里は離れていても何も手を下さなくても彰仁を乱してしまう。
 思わず両腕で自分を抱きしめていた。
 こんな風になってしまった自分が怖くて。どうなってしまうのか不安で。だけど遊里から視線が外せない。

 前方では遊里への愛が叫ばれている。
 黄色い嬌声も野太い歓声も、激しいジャンプとともにステージに熱を送っている。

 演奏が終わった時には立っていられないほどで吐く息がとても荒くなっていた。体中が熱に浮かされたように覚束ない。

 誰にも見られないようにコッソリと表へと出た。
 すっかり汗ばんだ体に夜風が冷たい。
 ビルとビルの合間の闇夜に細くとがった月が見えた。

 表通りに出てタクシーを拾って帰ろうと思った彰仁の腕が強く引っ張られた。振り返るとステージから降りてきたそのままの姿の遊里がいた。

「帰るの?」

 汗で濡れてうざったげに払った前髪の隙間から、細い目が現れる。

「彰仁さん」

 ライブの余韻で掠れた声がやけに色っぽい。ゴクリと鳴りそうな喉を押えながら、ふいっと視線をそらした。

「もう終わったんだろ。見れたから帰ろうかと」
「ふーん、帰さないって言ったら?」

 掴んだ腕の強さが帰す気がないと伝えている。
 彰仁は困ったように俯いた。

 このまま一緒にいたらもう前のようには戻れない予感がする。
 きっと遊里じゃなきゃ満足できない身体になる。いや、すでに手遅れなのかもしれない。

 答えない彰仁をじっと見つめながら遊里は「気持ちよかった?」と聞いた。ギクリと身体をすくめると射るような視線とぶち当たる。

「あんな顔されたら帰せなくなるってわかるよね?」
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