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第二章 Lion Heart

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 週末は顧問をしているサッカー部の試合があって、それが終わるともう夕方も近かった。
 オンシーズンの週末はほとんど部活があって蜜とデートをする暇もない。

 ちょうど姉や愛衣に頼まれていたことだし、ゆめのやにいくことにした。
 もしかしてチラっと顔を見れるかなという甘い期待もある。ほんの少しでいいから会いたいなんて我ながら乙女かとつっこみたくなる。

 ゆめのやはいつになく混雑していて、外にまで列ができていた。
 何か特別販売でもあったっけと思いながら並ぶと、若い女の子が多いことに気がついた。

 中学生や高校生がキャッキャとスマホを片手にはしゃいでいる。何事かと聞き耳を立てるとどうやらお店にいるかっこいい男の子がお目当てらしい。

 そんな子いたっけなあと首を伸ばすと、なんてことはない、蜜がいた。

「は?!」

 思わず声を上げると煩わしそうに睨まれてしまった。慌てて口をふさいで頭を下げる。
 こんな若い子たちの中にオッサンが1人というのは居心地が悪い。いつもの常連のおばあちゃんはどこにいったんだ。

 というか聞いてない。
 店頭に立っているならそう言ってくれないと。
 もしかしなくても、これは蜜狙いの行列なのか?

 ジレジレしながらようやく店の中に入れると、蜜も周防に気がついたのかパアっと表情が明るくなった。その変化にまわりの女子たちがきゃああっとざわめく。

 アイドルスマイルではない素の蜜の笑顔のあどけなさにみんなが釘付けになっている。

 おい、見せんなよとクレームをつけたかった。それは周防だけの恋人特権じゃないのか。

「先生、こっち」と口パクで合図を送ると、蜜は他の従業員に声をかけてから席を外した。裏口に抜けていくのを確認すると周防も列を離れた。
 突然の蜜の不在に悲鳴が上がる。

 駐車場側の従業員通用口にいくと、こっち、と蜜に手招きをされた。だれにも見つからないように素早く中に入る。

「先生来てくれたんですね!」

 弾けそうな蜜の笑顔に1日の疲れが抜けていきそうだった。
 この顔を見れただけでゆめのやに来た甲斐がある。

 でもほこりにまみれて過ごした周防はこ汚いからできればあまり近づかないでほしい。絶対に汗臭い。

「今日は会えるなんて思ってなかったから嬉しい」

 素直に気持ちを口にする蜜が愛おしくて、ここがゆめのやじゃなければ抱きしめたいところだ。
 いやでも汚いから触るわけにはいかないしもどかしい。シャワーくらい浴びてくればよかったと思っても後の祭りだ。

 ここはいっちょ大人の周防で行こう。

「しばらく来てなかったから買い物にね」

「そうですよね。送ってもらってばかりですみません」

 謝ることはない。せめてあの時間くらいは一緒にいたくて周防が好きでやっている事なんだから。

 言うと蜜は頬を染めながら、こくんと頷いた。

 可愛い。
 最高に可愛い。

 お店の制服であるスタンドカラーのシャツに腰下エプロンといういで立ちは正統派王子様的で女の子たちが騒ぐのも無理はない。
 ただでさえ端正な顔立ちがさらに引き立っている。

 それに引きかえジャージ姿の周防のお粗末さよ。着替えてから来ればよかった。

「しばらく来ていない間にすごいことになってんな」

 かなりの年月を通っているけどこんな現象は初めてだった。予約商品の発売当日だってここまで混みはしない。

 蜜は首を傾げると「ほんとにそうなんですよね。和菓子ブームでもきてるんでしょうか」と全く原因に気づいてなさそうだった。

 間違いなく蜜効果でしょうよ。
 お菓子が欲しいというより蜜にお近づきになりたい人たちがこぞって押し寄せているんでしょうよ。

「いつからお店にいるんだ?」

「えーと、ここ最近ですよ。古株の社員さんが腰を痛くしたってことで復帰されるまでの臨時のバイトを頼まれて。週末だけですけど」

 そこからの急激な集客に蜜のすごさを思い知った。
 多分誰かがSNSで発信したのだろう。もしくは偶然見かけて。
 後で調べてみなければ。隠し撮りもかなりされていそうだし、生徒を守るのも教師の仕事。

 っていうか、許可なく人の恋人を撮るなっつーの。

「そういえば何を買いに来たんですか?」

 見惚れるのとヤキモチのジレンマに翻弄されていたけれど、蜜に聞かれてここに来た理由をやっと思い出した。

「そうだった、女の子が喜びそうな可愛いお菓子を頼まれて」

「女の子……?」

 ピクリと蜜の表情が陰った。周りの温度が一瞬でヒュンっと低くなる。

「そう、4歳の子なんだけど喜びそうなの無いかな」

「4歳ですか?」

 誰にあげるのか聞きたいだろうに黙る蜜の頭をポンと撫でた。
 周防の抱えた問題は深すぎて蜜には何も話せていない。
 きっと受け止めてくれようとするだろうけど、内容がアレだけになかなか言い出せずにいる。
 
 でも少しだけなら。
 周防のことも知ってほしい欲が顔を出した。

「姪っ子だよ。夏の花火のお菓子が食べたいって頼まれたんだけどあれはまだないだろ。だから似たような可愛いお菓子がないかなって」

「先生姪っ子さんがいたんですか?」

 初めて教えたプライベートに蜜は目を見開いた。どこか嬉しそうに微笑む。

「そうですね。じゃあ、イチゴ大福とかどうですか? 定番すぎる?」

「ああ、イチゴは好きだからいいかもな、それにしようかな」

「ありがとうございます。他も見て欲しいし、やっぱりお店の方に入ってもらった方がいいですよね」

 蜜はちゃんと従業員の顔になって周防を誘った。

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