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序章
中学時代
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「なあ久遠。どこの高校に行くか決めたか?」
隣の席の難波が聞いてきた。
難波は樹木を思わせるほどの濃い茶色の髪に、眉毛を細く剃っていた。その雰囲気から、よく不良生徒が街を歩いていると学校に苦情が来る。その度に担任は校長に呼び出されるが、彼はいつも決まって「彼は不良ではありません」とだけ言いその場を離れる。
彼を理解しているのは片手で数えられるほどの一握りの人間だけである。そして、その中の一人が担任だった。
本当はとても優しい心の持ち主で、捨て犬を拾って里親探しをしたり、ボランティア活動にも積極的に参加をしている。どんなに泥くそになろうがお構いなしの行動は、僕の唯一の親友である彼を自慢するには素晴らしいといえるほど誇らしいものだった。
それを知らない人たちが彼を不良だと仕立て上げているのだ。
しかし、難波がそんな格好をする一つの理由に僕やあの子が関係している……
彼は頭こそクラスの中で中間だったが、スポーツだけは他を圧倒していた。それを裏付けていたのは体育の成績だった。難波は5段階評価の5をもらっていた。
僕たちの体育教師は、両親が国内である競技の記録保持者だった。その環境の下で育った子も大抵は競技者になる。かつて彼は将来を有望されていた子だった。しかし、期待されるほど彼はプレッシャーに押し潰されていった。彼の記憶に刻まれた思いから、彼は生徒に5の評価をすることはなかった。ただ一部の例外を除いて。
難波はバスケ部のキャプテンを任されていた。そして弱小だった春風中学校を県大会にまで導ける唯一の人材だった。惜しくも決勝戦で負けた難波たちは全国大会にこそ行けなかったが、それでも十二分な結果が残せていた。
そう一部の例外とは難波のことだ。
そして、学校中で難波は人気者となった。しかし、難波が態度を変えることはなかった。
決勝戦を見に来ていたバスケの有名校から、後日難波を推薦したいと届け出があった。その推薦を難波は僕と同じ高校に行くと言って断った。ただ、難波が断ったのを僕が知ったのは、かなり後のことだった。
「そうだな、やっぱり汲田高校かな」
難波の問いに僕はそう答えた。
「それよりもなんで断ったんだ。あそこはバスケの有名校なんだろ。難波なら活躍できたと思ったんだけどな」
僕は本心を言ったつもりだった。
「久遠と親友だと思っとるから一緒の高校に行きたいんや。俺はバカだからさ、久遠に勉強を教えてもらえへんとやっていけん」
難波はいつになく明るい口調で話した。
僕は自分の言葉が気に障ったのかと思い、どこか間を取りながら話していた。
難波は人と仲良くすることを嫌っていて一人でいることが多い。しかし、僕とあの子にだけは心を開いていて仲良くしている。
難波と僕、あの子の三人は幼馴染で、家が両隣ということもあり、いつも一緒に遊んでいた。そして気の弱い僕たちを彼は守ろうとしていた。
難波はそれを自分の使命だと幼いながら感じていた。難波はそのために今の格好や態度を取って自ら人との距離をあけている。
「そっか、それならいいんだけどさ。無理に同じ学校に行こうとしてるんかなって思ったから」
難波は髪をかきあげながら深く息を吐いた。
周りは既に進学先が決まっているのか小話が続いていた。先生も進学が決まっていない生徒をしり目に、その小話に参加していた。
「まあ、俺は初めからそのつもりだったから断ったんだ。そっか久遠は汲田高校か……でもあの子と一緒やなくていいんか?」
難波は僕の心に揺さぶりをかけた。
未来を知っている僕にその言葉は重かった。
「できれば同じところに行きたいよ。でもあの子と僕は実力が違うんだ。難波なら見ていて分かるだろ。僕はあの子ほど優秀じゃないんだ。だからさ、あの子は才集高校に行ったとしても、僕は別の路を歩よ」
「まあ、そうやとは思うで。でもな、努力もせずに塀の前で蹲っている奴を見るのを、俺が嫌いやってこと知ってるだろ。だったら好きな人と同じところに行くための努力をしなあかんのちゃうか。もしそれで塀を越えられなくても、久遠、また過去を変えればいいだけの話じゃないか。だって好きなんやろ志桜里のことが」
彼は僕が縛っている気持ちの鎖をバラバラに切り裂いた。
しかし、難波の「好きなんやろ志桜里のことが」に心が賛同し、思考までもが持っていかれていた僕は気付かなかった。彼の「また過去を変えればいいだけ」という意味深な言葉に……
この時点でこの違和感に気付いていれば、難波を殺人鬼にせずに済んだのかもしれない。
受流すように聞いたその言葉より、僕は過去のことに執着しすぎていた。いや本当はどこかで僕は分かっていたのかもしれない。ただ初めて手にした能力の一つが、奥深くで芽吹くにはまだ早すぎた。その能力があれば……
そして、僕は過去を変えようと言葉を言い換えた。
「やっぱり僕、才集高校に行くよ。もちろん難波も来るんだろ?」
僕は決心した。好きな人と同じ学校で過ごしたい、そのために勉強をすることを。バラバラになった鎖の破片は過去を変え留めるために新しく繋がれた。
「そうじゃなきゃ久遠じゃないよな。あんだけ志桜里のことが好きだと俺に言っとったんだもんな。志桜里と違ってもいいかなとか言ったら血の海に浮かべるところだった。それに、あたりめまえじゃないか。俺が行かんくて、お前らを誰が守るんだよ」
過去の僕は「それでも僕は汲田高校に行く」と言って難波と喧嘩をし、大切な親友を手放しかけた。何とか親友のままではいられたけど、志桜里とは別々になってしまった。そして後で知ったのだ。志桜里と僕は両想いだったことを……
でも過去が変わった。夢の中だが僕は志桜里と同じ高校に行くことにしたのだから。
そこで僕は目を覚ました。
隣の席の難波が聞いてきた。
難波は樹木を思わせるほどの濃い茶色の髪に、眉毛を細く剃っていた。その雰囲気から、よく不良生徒が街を歩いていると学校に苦情が来る。その度に担任は校長に呼び出されるが、彼はいつも決まって「彼は不良ではありません」とだけ言いその場を離れる。
彼を理解しているのは片手で数えられるほどの一握りの人間だけである。そして、その中の一人が担任だった。
本当はとても優しい心の持ち主で、捨て犬を拾って里親探しをしたり、ボランティア活動にも積極的に参加をしている。どんなに泥くそになろうがお構いなしの行動は、僕の唯一の親友である彼を自慢するには素晴らしいといえるほど誇らしいものだった。
それを知らない人たちが彼を不良だと仕立て上げているのだ。
しかし、難波がそんな格好をする一つの理由に僕やあの子が関係している……
彼は頭こそクラスの中で中間だったが、スポーツだけは他を圧倒していた。それを裏付けていたのは体育の成績だった。難波は5段階評価の5をもらっていた。
僕たちの体育教師は、両親が国内である競技の記録保持者だった。その環境の下で育った子も大抵は競技者になる。かつて彼は将来を有望されていた子だった。しかし、期待されるほど彼はプレッシャーに押し潰されていった。彼の記憶に刻まれた思いから、彼は生徒に5の評価をすることはなかった。ただ一部の例外を除いて。
難波はバスケ部のキャプテンを任されていた。そして弱小だった春風中学校を県大会にまで導ける唯一の人材だった。惜しくも決勝戦で負けた難波たちは全国大会にこそ行けなかったが、それでも十二分な結果が残せていた。
そう一部の例外とは難波のことだ。
そして、学校中で難波は人気者となった。しかし、難波が態度を変えることはなかった。
決勝戦を見に来ていたバスケの有名校から、後日難波を推薦したいと届け出があった。その推薦を難波は僕と同じ高校に行くと言って断った。ただ、難波が断ったのを僕が知ったのは、かなり後のことだった。
「そうだな、やっぱり汲田高校かな」
難波の問いに僕はそう答えた。
「それよりもなんで断ったんだ。あそこはバスケの有名校なんだろ。難波なら活躍できたと思ったんだけどな」
僕は本心を言ったつもりだった。
「久遠と親友だと思っとるから一緒の高校に行きたいんや。俺はバカだからさ、久遠に勉強を教えてもらえへんとやっていけん」
難波はいつになく明るい口調で話した。
僕は自分の言葉が気に障ったのかと思い、どこか間を取りながら話していた。
難波は人と仲良くすることを嫌っていて一人でいることが多い。しかし、僕とあの子にだけは心を開いていて仲良くしている。
難波と僕、あの子の三人は幼馴染で、家が両隣ということもあり、いつも一緒に遊んでいた。そして気の弱い僕たちを彼は守ろうとしていた。
難波はそれを自分の使命だと幼いながら感じていた。難波はそのために今の格好や態度を取って自ら人との距離をあけている。
「そっか、それならいいんだけどさ。無理に同じ学校に行こうとしてるんかなって思ったから」
難波は髪をかきあげながら深く息を吐いた。
周りは既に進学先が決まっているのか小話が続いていた。先生も進学が決まっていない生徒をしり目に、その小話に参加していた。
「まあ、俺は初めからそのつもりだったから断ったんだ。そっか久遠は汲田高校か……でもあの子と一緒やなくていいんか?」
難波は僕の心に揺さぶりをかけた。
未来を知っている僕にその言葉は重かった。
「できれば同じところに行きたいよ。でもあの子と僕は実力が違うんだ。難波なら見ていて分かるだろ。僕はあの子ほど優秀じゃないんだ。だからさ、あの子は才集高校に行ったとしても、僕は別の路を歩よ」
「まあ、そうやとは思うで。でもな、努力もせずに塀の前で蹲っている奴を見るのを、俺が嫌いやってこと知ってるだろ。だったら好きな人と同じところに行くための努力をしなあかんのちゃうか。もしそれで塀を越えられなくても、久遠、また過去を変えればいいだけの話じゃないか。だって好きなんやろ志桜里のことが」
彼は僕が縛っている気持ちの鎖をバラバラに切り裂いた。
しかし、難波の「好きなんやろ志桜里のことが」に心が賛同し、思考までもが持っていかれていた僕は気付かなかった。彼の「また過去を変えればいいだけ」という意味深な言葉に……
この時点でこの違和感に気付いていれば、難波を殺人鬼にせずに済んだのかもしれない。
受流すように聞いたその言葉より、僕は過去のことに執着しすぎていた。いや本当はどこかで僕は分かっていたのかもしれない。ただ初めて手にした能力の一つが、奥深くで芽吹くにはまだ早すぎた。その能力があれば……
そして、僕は過去を変えようと言葉を言い換えた。
「やっぱり僕、才集高校に行くよ。もちろん難波も来るんだろ?」
僕は決心した。好きな人と同じ学校で過ごしたい、そのために勉強をすることを。バラバラになった鎖の破片は過去を変え留めるために新しく繋がれた。
「そうじゃなきゃ久遠じゃないよな。あんだけ志桜里のことが好きだと俺に言っとったんだもんな。志桜里と違ってもいいかなとか言ったら血の海に浮かべるところだった。それに、あたりめまえじゃないか。俺が行かんくて、お前らを誰が守るんだよ」
過去の僕は「それでも僕は汲田高校に行く」と言って難波と喧嘩をし、大切な親友を手放しかけた。何とか親友のままではいられたけど、志桜里とは別々になってしまった。そして後で知ったのだ。志桜里と僕は両想いだったことを……
でも過去が変わった。夢の中だが僕は志桜里と同じ高校に行くことにしたのだから。
そこで僕は目を覚ました。
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