虚像干渉

m-t

文字の大きさ
9 / 35
1章

視えた未来

しおりを挟む

 結局、昨日の夜は眠ることができなかった。少し記憶がない部分もあるから、全く寝ていないわけではないと思う。
ベッドから降りて台所に向かうと、すでに起きていた志桜里が朝ご飯を作っていた。
「志桜里、朝ご飯少しにしておくよ」
「どうして?」
いつもなら、朝からでもご飯をおかわりする僕が、少しと言ったのが気になって心配しているようだった。
志桜里は楽しげにいつも料理を作っている。後ろで結んだ綺麗な茶髪が、志桜里の動きに合わせて揺れている姿を見ると、猫のように飛びつきたくなってしまう。
だから、いつも僕は志桜里の作った料理を残さず食べる。
しかし、今日は違った。
「昨日、難波のことを考えると夜も眠れなくて……食欲がないんだ」
「私も食欲はないよ……でも、朝ご飯はしっかり食べないと、難波君を止めることはできないよ。だからこそ、朝ご飯はしっかり食べようよ」
志桜里の言う通り、朝ご飯を抜いては難波を止めることすらできない。
「志桜里の言う通りだな。いつも通りご飯を食べないとな」
「そうとなれば朝ご飯の支度続けないとね」
しかし、すぐに恐ろしいものでも視たのか膝から崩れ落ち、その頬には涙が伝っていた。
「志桜里、もしかして未来が視えたの?」
志桜里は昨日、明日からの十日間は何が起きてもおかしくないと言っていた。僕はその十日間が視えたのではないかと思った。
志桜里は黙り込んでしまって、何も話してはくれなかった。
答えが返ってこなかった時点で、未来が視えたのだと確信した
「志桜里、いいよ話してみて。未来が視えたんだよね。僕たちはこれからどうしたらいいんだ?」
それでもしばらく黙っていたが、志桜里は覚悟を決めて話してくれた。
「そうだね。昨日も言ったけどね、この十日間の未来は分からなかったの。でもね、急にこれから起こることが視えたんだ。そのことを話すか迷っていたけど、竜也くんがいいよって言ってくれて、少し気分が楽になったよ」
お茶を入れようと席を立とうとしたが、志桜里に袖を掴まれた。
「今話さないと未来が変わると思うの。それに此処は危ないから、どこか隠れられる場所はないかな?」
志桜里は視えた未来に未だに怯えていたが、冷静さだけは失っていなかった。
昔遊んでいた母の実家に地下室があることを思い出し、志桜里に相談した。その場所は安全だと、そして「大丈夫」と短く、けれども力強く言葉を発した。
母の実家へ行くために、軽自動車に家族三人で乗り込んだ。なるべくこの続きを恒平に聞かせないよう志桜里は助手席に座った。恒平は後部座席で深い眠りに落ちていた。
「これから話すことは竜也くんや私にとって辛いことだよ。それでもいいの?」
志桜里は余り話したくないのか、何度も僕に確認してきた。その表情はどこか思い込んでいるようだった。
でも、もう決めたんだ。僕が難波を止めるということを……
「いいよ。もし話を聞いて例えそれがどんな辛い未来だったとしても、難波は僕たちが止めなければいけない。いや僕たちが止めないと。たぶん難波の計画は全世界の人を敵に回すと思う。そうなった時、難波のことを誰よりもよく知っている僕たちが止めないと、僕たちは難波の何だったってことになると思うんだ。僕は難波を親友だと思ってる、例えあの事が難波の計画の一部だとしても……だから僕たちで難波を止めるよ」
「そうだね、私たちは難波君の親友だもんね。竜也くん、私たちで難波君を止めよう」
そして志桜里は自分が視た未来を淡々と話始めた。
母の実家まで数十キロはあった。距離的には車で行けばすぐに着く場所なのだが、山奥にあるその家へは予想以上に時間がかかる。何十年も乗っている車は、古いだけあってからかズズ、ズズズと地面をするような鈍い音が鳴り響いる。
志桜里はその不快音を打ち消すように話していたが、僕はその言葉をまともに聞き取れなかった。
唯一聞き取れたのが……
「難波君はあと一時間もしないうちに、原子爆弾を日本の何処かに発射するんだ。未来で改良され、絶対に同じ過ちを繰り返してはいけないと言われているそれは、日本の人口の半分を焼き尽くすの……」
未来を視ている志桜里は、事の重大さを知っていて、感情を言葉に織り交ぜて話した。その言葉には重みがあった。
「志桜里……」
しばらくして母の実家に着いた。ようやく静かになった車内で、僕たちは恒平を起こさないよう小声で話しあった。
「難波くんはこの前、人類を支配するって言っていたけど、その計画に多くの人はいらないみたい。原子爆弾の脅威から生き残った人のうち、さらに頭の良い人にだけ不老不死の薬を飲ませるの……」
「じゃあ、他に生き残った人はどうするつもりなんだ?」
「他の人は殺すみたい。でも、それはまだ先の未来だから心配しないで……」
「心配しないでって、一時間もしないうちに少なくても日本の半分以上の人が死んでしまうんだろ。今からでも難波を止めないと……それに他の人も殺すって、そんなことがあっていいわけないじゃないか」
あまりの理不尽さについ声を荒げてしまった。その声で恒平が目を覚ました。恒平は欠伸をしながら目を擦っていた。
「無理だよ」
それに気付いた志桜里は声を絞るように言った。でもそれが、恒平に気を遣っただけの言葉でないことに僕はすぐ気付いた。
志桜里が視た未来の凄惨な場面は、僕が考えている域を出ているのだろう。でも、自分まで感情的になっていては、これから先の未来を変えることが出来ないと感じた。だからこそ自分の感情は押し殺し、そう言ったのだと僕は志桜里の気持ちを受けとめた。
「無理なのは分かってる。でも、志桜里は未来が視えたんだよ。その爆撃場所だけでも分からないの――もしかしてあの場所から逃げたのは……」
「爆撃場所は分からなかった。でもね、最強の威力を誇る原子爆弾の改良版だから安全な場所に逃げなきゃって思ったの。それに難波君も未来が視えるんだよ、爆撃場所は変えてくるんじゃないかな」
「そうだった、難波も未来が視えるんだよな……。僕が言葉を選ぶべきだったんだ。ごめんな、志桜里」
僕は言葉を選ぶのが下手で、これまでにも友達と喧嘩をしてきた。親友まで失いかけたのに、僕はいつまで同じ選択をするのだろう。
志桜里は未来を視ただけ、僕が志桜里に声を荒げる理由はどこにも無かった。
これまでの僕は過去を変えて誤った選択を無かったことにしてきた。その過去を変える力を失ってようやく気付いた。誤った選択を正すより、その誤った選択で新たな未来を作ればいいことに。一度の選択で関係が崩れるなら、その人との繋がりは大したこと無かったことになる。だから過去を変えず、誤りから未来を作ることにした。
誤った選択をした僕を志桜里は許してくれるだろうか。そんなことを考えるだけで胸が苦しくなる。大切な人とまた離れるのは嫌だ。
僕の気持ちを察したのか、志桜里は「仕方ないよ。私だって竜也くんと同じくらい難波君を止めたいし、それに未来が視えたって言ったのは私だから」と、言って新たな未来が作られた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...