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1章
視えた未来
しおりを挟む結局、昨日の夜は眠ることができなかった。少し記憶がない部分もあるから、全く寝ていないわけではないと思う。
ベッドから降りて台所に向かうと、すでに起きていた志桜里が朝ご飯を作っていた。
「志桜里、朝ご飯少しにしておくよ」
「どうして?」
いつもなら、朝からでもご飯をおかわりする僕が、少しと言ったのが気になって心配しているようだった。
志桜里は楽しげにいつも料理を作っている。後ろで結んだ綺麗な茶髪が、志桜里の動きに合わせて揺れている姿を見ると、猫のように飛びつきたくなってしまう。
だから、いつも僕は志桜里の作った料理を残さず食べる。
しかし、今日は違った。
「昨日、難波のことを考えると夜も眠れなくて……食欲がないんだ」
「私も食欲はないよ……でも、朝ご飯はしっかり食べないと、難波君を止めることはできないよ。だからこそ、朝ご飯はしっかり食べようよ」
志桜里の言う通り、朝ご飯を抜いては難波を止めることすらできない。
「志桜里の言う通りだな。いつも通りご飯を食べないとな」
「そうとなれば朝ご飯の支度続けないとね」
しかし、すぐに恐ろしいものでも視たのか膝から崩れ落ち、その頬には涙が伝っていた。
「志桜里、もしかして未来が視えたの?」
志桜里は昨日、明日からの十日間は何が起きてもおかしくないと言っていた。僕はその十日間が視えたのではないかと思った。
志桜里は黙り込んでしまって、何も話してはくれなかった。
答えが返ってこなかった時点で、未来が視えたのだと確信した
「志桜里、いいよ話してみて。未来が視えたんだよね。僕たちはこれからどうしたらいいんだ?」
それでもしばらく黙っていたが、志桜里は覚悟を決めて話してくれた。
「そうだね。昨日も言ったけどね、この十日間の未来は分からなかったの。でもね、急にこれから起こることが視えたんだ。そのことを話すか迷っていたけど、竜也くんがいいよって言ってくれて、少し気分が楽になったよ」
お茶を入れようと席を立とうとしたが、志桜里に袖を掴まれた。
「今話さないと未来が変わると思うの。それに此処は危ないから、どこか隠れられる場所はないかな?」
志桜里は視えた未来に未だに怯えていたが、冷静さだけは失っていなかった。
昔遊んでいた母の実家に地下室があることを思い出し、志桜里に相談した。その場所は安全だと、そして「大丈夫」と短く、けれども力強く言葉を発した。
母の実家へ行くために、軽自動車に家族三人で乗り込んだ。なるべくこの続きを恒平に聞かせないよう志桜里は助手席に座った。恒平は後部座席で深い眠りに落ちていた。
「これから話すことは竜也くんや私にとって辛いことだよ。それでもいいの?」
志桜里は余り話したくないのか、何度も僕に確認してきた。その表情はどこか思い込んでいるようだった。
でも、もう決めたんだ。僕が難波を止めるということを……
「いいよ。もし話を聞いて例えそれがどんな辛い未来だったとしても、難波は僕たちが止めなければいけない。いや僕たちが止めないと。たぶん難波の計画は全世界の人を敵に回すと思う。そうなった時、難波のことを誰よりもよく知っている僕たちが止めないと、僕たちは難波の何だったってことになると思うんだ。僕は難波を親友だと思ってる、例えあの事が難波の計画の一部だとしても……だから僕たちで難波を止めるよ」
「そうだね、私たちは難波君の親友だもんね。竜也くん、私たちで難波君を止めよう」
そして志桜里は自分が視た未来を淡々と話始めた。
母の実家まで数十キロはあった。距離的には車で行けばすぐに着く場所なのだが、山奥にあるその家へは予想以上に時間がかかる。何十年も乗っている車は、古いだけあってからかズズ、ズズズと地面をするような鈍い音が鳴り響いる。
志桜里はその不快音を打ち消すように話していたが、僕はその言葉をまともに聞き取れなかった。
唯一聞き取れたのが……
「難波君はあと一時間もしないうちに、原子爆弾を日本の何処かに発射するんだ。未来で改良され、絶対に同じ過ちを繰り返してはいけないと言われているそれは、日本の人口の半分を焼き尽くすの……」
未来を視ている志桜里は、事の重大さを知っていて、感情を言葉に織り交ぜて話した。その言葉には重みがあった。
「志桜里……」
しばらくして母の実家に着いた。ようやく静かになった車内で、僕たちは恒平を起こさないよう小声で話しあった。
「難波くんはこの前、人類を支配するって言っていたけど、その計画に多くの人はいらないみたい。原子爆弾の脅威から生き残った人のうち、さらに頭の良い人にだけ不老不死の薬を飲ませるの……」
「じゃあ、他に生き残った人はどうするつもりなんだ?」
「他の人は殺すみたい。でも、それはまだ先の未来だから心配しないで……」
「心配しないでって、一時間もしないうちに少なくても日本の半分以上の人が死んでしまうんだろ。今からでも難波を止めないと……それに他の人も殺すって、そんなことがあっていいわけないじゃないか」
あまりの理不尽さについ声を荒げてしまった。その声で恒平が目を覚ました。恒平は欠伸をしながら目を擦っていた。
「無理だよ」
それに気付いた志桜里は声を絞るように言った。でもそれが、恒平に気を遣っただけの言葉でないことに僕はすぐ気付いた。
志桜里が視た未来の凄惨な場面は、僕が考えている域を出ているのだろう。でも、自分まで感情的になっていては、これから先の未来を変えることが出来ないと感じた。だからこそ自分の感情は押し殺し、そう言ったのだと僕は志桜里の気持ちを受けとめた。
「無理なのは分かってる。でも、志桜里は未来が視えたんだよ。その爆撃場所だけでも分からないの――もしかしてあの場所から逃げたのは……」
「爆撃場所は分からなかった。でもね、最強の威力を誇る原子爆弾の改良版だから安全な場所に逃げなきゃって思ったの。それに難波君も未来が視えるんだよ、爆撃場所は変えてくるんじゃないかな」
「そうだった、難波も未来が視えるんだよな……。僕が言葉を選ぶべきだったんだ。ごめんな、志桜里」
僕は言葉を選ぶのが下手で、これまでにも友達と喧嘩をしてきた。親友まで失いかけたのに、僕はいつまで同じ選択をするのだろう。
志桜里は未来を視ただけ、僕が志桜里に声を荒げる理由はどこにも無かった。
これまでの僕は過去を変えて誤った選択を無かったことにしてきた。その過去を変える力を失ってようやく気付いた。誤った選択を正すより、その誤った選択で新たな未来を作ればいいことに。一度の選択で関係が崩れるなら、その人との繋がりは大したこと無かったことになる。だから過去を変えず、誤りから未来を作ることにした。
誤った選択をした僕を志桜里は許してくれるだろうか。そんなことを考えるだけで胸が苦しくなる。大切な人とまた離れるのは嫌だ。
僕の気持ちを察したのか、志桜里は「仕方ないよ。私だって竜也くんと同じくらい難波君を止めたいし、それに未来が視えたって言ったのは私だから」と、言って新たな未来が作られた。
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