虚像干渉

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2章

三階フロア

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 松尾はこれからの工程について話していた。
「いいか、お前ら。これからの工程について話す。しっかり聞いておけよ、後でもう一度という奴は現れるなよ」
 隊員たちは松尾の声に耳を傾けていた。
 多くの隊員はメモを取り出し、松尾がこれから話す工程をメモに取ろうとしていた。
メモを取ったところで、いざ戦闘となるとメモを見る時間などあるはずがないのに、と松尾は残念がっていた。優秀な人員で構成された機動隊は、メモを取らなくてもいいだろうと考えていたからだ。
「メモを取る奴もいるみたいだが、殆ど意味をなさないぞ。勝手にすればいいが、取る暇があるなら頭に叩き込め」
 メモを取っていない隊員の何人かは頷いていた。
 メモを取っていた隊員たちはメモをしまって松尾の話に耳を傾け、頭に叩き込むことを選んだ。
「まず、新隊員を紹介する。俺もここ最近バタバタしていて、こいつのことに気付かなかった。もう知っている奴もいるかもしれないが、今日から配属された近衛昴だ。近衛向日葵の息子であり、アメリカで優秀な成績も残している。現に先ほど、昴からの情報で一階以上のフロアには、難波が居ないことが分かった。新人に変なことを教え込むなよ、そして、お前らは自分の仕事に専念し、自分の仕事の仕方を正しいと思え」
 思ったとおり隊員たちはざわついていたが、そんなことに時間をかけることはできなかった。難波がいつこの会館から出て、逃走するか分からないからだ。初めからそんなこと分かっていた、近衛昴を向日葵の息子だと紹介することが隊員たちをざわつかせることは――でも、隊員たちも分かっているはずだ。今はそんなことでざわついている時ではないと。
「お前ら、うるさいぞ。分からないこともないが、そんなことを今言って何になる。ここからは工程について話す、しっかり聞いておけよ。これから俺たちはこの下の一・二・三階のフロアを隈なく調べる。この調べは全隊員合同で行うものとする。難波を見つけ次第、俺たち全員で奇襲攻撃をかける。以上だ、質問のある奴はいるか」
 質問する者は一人もいなかった。隊員たちは全員松尾の言葉に耳を傾けていて、松尾以外の声は聞こえることなく静かなフロアに響いた。
「では、まず地下一階から調べよう」
 松尾はそう言って、全隊員を連れて地下一階へ下りて行った。
 エレベータも使えたが松尾が使うことはなかった。人数が限られているエレベータを使うより、難波を見つけ次第奇襲をかけるには、階段を使った方が断然都合が良かった。
 松尾は先頭を歩いていた。しかし、その足運びは一歩一歩が重たかった。別に難波に怯えているわけではない、ただ、慎重にいかないと奇襲をかけるのに失敗しかねないからだ。要するに、難波に怯えていたのだ。松尾だって一人の人間だ。勝てるはずのない勝負に挑むのに怯えないわけがなかった。
「隊長、先頭行かせて貰います」
松尾の足運びを見ていた昴はそういった。
昴は怯えていないのか階段を素早く上がっていった。
 地下一階に着いた機動隊だったが、そこで目にしたものは余りにも残虐なものだった。
 図書館だったそこに本や本棚は一つもなく、代わりにあったのはたくさんの人の亡骸だった。
「隊長、やはりこれは難波の仕業ではないですね」
「そうだな。昴、もしお前が殺人者ならこの場合どうする。条件は一つだ、お前が難波であることだ。お前が難波ならどうやってこんなたくさんの人を殺す」
 松尾は昴に対し難しい問いを出した。機動隊という言わば正義の味方の人間が、殺人者の気持ちを考えろというのだから難しいのは当たり前だ。
「そうですね。もし、僕が難波なら格闘技を使わず兵器で殺しますね。わざわざこんなたくさんの人を一人一人殺したりしませんね。たぶん、この場にいる全員が同じように考えるでしょう」
 昴の言った通りだった。この場に居る隊員全員、いやこの世に存在する人、全員に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。わざわざ兵器でたくさんの人を一度に殺せるのに、格闘技という殺し方を選ぶ人間はいない。
「よし分かった、何人かはこのフロアに残れ、此処に残ってこの格闘技について調べてくれ。頼んだぞ」
「分かりました」
 自ら進んで格闘技について調べてくれる隊員が五人出てきた。
 松尾は五人もいれば、いつ難波や真の殺人者が襲ってきても、自分たちの隊員が応援に駆け付けるまでの間、戦っていられるだろうと考えた。
「それじゃあ頼んだぞ」
「任せてください」
「では、俺たちは先に進もうか」
「はい、先に進みましょう隊長」
残った隊員でさらに下の階に向かって降りて行った。
 降りている間、相変わらず昴が先頭を歩いていた。
 二階のフロアは、上の階と印象がガラッと変わっていた。一階には格闘技で殺された人たちの死体があった。しかし、この二階フロアには一つの死体もなかった。その代わりにあったのが大量に積まれた本の山だった。この会館にある本の半分以上が、このフロアに集められていて、まるで機動隊の探索を妨げているように置かれていた。見ただけで故意に置かれたものだとすぐに分かったが、今の松尾、向日葵、昴には難波以外の誰か他の人間が居るということも考えながら探索しているため、難波の行動だと断言できなかった。
 隊員たちには、難波のほかに殺人者が存在するかも知れないということを教えていない。隊員たちに難波以外のことを考えて欲しくなかったからだ。あくまで機動隊の目的は、難波を捕まえることであった。
「このフロア、俺たちの探索を妨げているように思えないか?」
「そうですね。隊長の言うように、俺たちの探索の妨げをされているようにしか感じません。でも、もし仮にこれが故意のものではなかったら……何があったらこんな風になるんですかね」
「馬鹿だな父さんは」
 昴は、松尾が隊員に近衛向日葵の息子だと紹介してから、向日葵のことを父さんと呼ぶようになった。昴は優秀だった。隊員に亀裂が生じないよう自分が近衛向日葵の息子だと決して言おうとしなかった。しかし、それも松尾が息子だと言ったことで、もう隠す必要がなくなっていた。
「故意に置かれたものに決まってる。もし、これが故意のものでなかったら、難波はこの会館からもう二度と外に出ることはできない」
「昴、どういうことだ?」
 松尾と向日葵は昴に聞いた。
 松尾も向日葵も頭の回転が速かったが、今の昴の言葉を理解できなった。
「いいですか。難波が故意にしたものではなかったら、さっき言った通り、難波はこの会館から出ることはできない。それは、難波はこの会館の中をエレベータでしか移動していない。でも、この会館が僕たちにバレたからエレベータはもう使えない。待ち伏せがあるかもしれないから。難波に本当に未来を視る力があったとしたら、こうなることも予想できたはず。そうなると、あらかじめ僕たちを自分に近づけさせないため故意にしたんだと思いますよ。どっちにしてもですね、難波の逃げ道はもうありません。この会館から出られなくなった難波がすることと言えば……」
「なるほど、そういうことか昴」
「隊長、分かって頂けましたか」
「ああ、分かった。次に難波がすることは――逃げられなくなった難波は、俺たちを誘きだし戦闘を始めるつもりだな。それも、難波の兵器の方が技能ははるかに上だ。そうなると、この戦闘に勝つのは明らかに難波だ。それだけはさせない」
「そうですよ隊長。難波の思い通りにはさせませんよ」
向日葵は言った。
「だとするとこのフロアに難波は居ないな。じゃあ次が最後の階か。よし、お前ら俺たちが導き出した答からすると次のフロアに難波が居るはずだ。準備をしっかりしておけよ、三階のフロアに着き次第、奇襲をかける。もし、難波がそこに居れば俺たちの戦闘は有利に進めることができるはずだ」
「分かりました」
 隊員たちの声が一斉に聞こえてきた。
これだけのやる気があれば、奇襲は成功するだろうと松尾は考えていた。
 機動隊が活き込んでいるすぐ近くで、一つの声がしていたのを松尾たちは気付かなかった。
「本当に優秀な人材を集めた機動隊ですら、お父さんの虚像干渉のことにまで頭が回らないのか。でも、お父さんも馬鹿だな、自分の立てた計画くらいちゃんと実行しないと。まあ、仕方ないか。あくまでお父さんが大事にしているのは、自分よりも久遠さんや志桜里さんなんだから」
そう言って不気味に笑う、小学生くらいの背丈をした少年が立っていた。
 機動隊からは死角になっていて、その少年を見ることができなかった。それどころか、その少年の声すらも、戦闘に備えていた機動隊には聞こえなかったのかもしれない。
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