優しい人

sasorimama.fu

文字の大きさ
7 / 47

優しい人・第7話

しおりを挟む

草介にもいつも、優しすぎる、と言われる自分の性格。

―これは、優しい、とちゃうな…単に、嫌って言えんだけの優柔不断やわ…

それが今までだって、ろくなことになったことはない。

なのに、どんなに嫌でもつい、相手に
「お願い」
と言われると
「いいよ」
と、言ってしまう。

中学を卒業してからも、それで、何度後悔したことか…。

嫌、と言えずに、後でいつも一人で泣く自分。

会いたくない……

スマホは明日にでも陸斗にれんらくすれば、すぐに志賀のところに戻る筈だ。


「何で俺って、いっつもこうなん?」
自分で自分の頭を掻き毟る。

「あ~あ、もうッ…」

括った髪が乱れたので、解いて適当にやり直す。

「やっぱ酒のんどこかな?」
カウンターに入って、アルコールを取ろうと椅子から立ち上がった時

トントン…

心の準備も出来ないままに、意外な早さでドアがノックされた。

―え、早っ。どっから来たん??

驚きながら、ドアに近づこうとすると、ドアが開いた。


……ッ…

すごい……

スマホの画面なんかより、数倍美人の萌花がそこに居た。

白のパーカーに、デニムのワイドパンツ、白のスニーカー。

この早さだと、きっと、家に居たまま出てきたのだろうけど、余分な物が一切ない、といったその装いは、志賀にも通じるものがあり、それを着る人が素敵であればあるほど、その人の魅力を存分に生かす小道具になる。

細い撫肩の上にちょこんと乗った女優レベルの小さな顔。
泣き腫らして紅く腫れ、多分普段より小さくなった目が、清楚な佇いに色気を加え、千佳史には余計に美しく見えた。

「あ…ども…これ、です」

思い切り怯みながら電話を差し出す。…

「はい…どうも…すみません、ご迷惑をおかけして…」

ゆるゆると頭を下げる彼女。

その言い方に、志賀の身内である意識がまだ彼女の中に強くあるのだと感じる。
揺るぎない志賀と彼女、2人の歴史…

「ここ、この人、よく来るんですか?」
顔をあげて萌花が聞いた。

「いえ。今日初めて来てもうたんです」
「そうなんや…」

萌花は微笑んだ。

その微笑みが痛々しくて、急に萌花がいい人に見え、そして酷く……可哀想になってくる。

「マスター?ですよね?お若いですけど…」

「いや、若ないですよ?志賀くんより1コ上。中学一緒の僕、先輩です」
「え?ほんまですか?!メッチャ若く見える…全然下かと思いました…すみません…」

「いえいえ、アホなんで、学生?とか聞かれるん、しょっちゅうやし。全然いいですよ」

「アホとか、ちゃうと思うけど…」
クスッと萌花が笑う。

なんて綺麗なんやろう…
志賀、こんな人を捨てるん?

…って、いやいや…この人、別の男の子ども…

「すごい…これ、川柳ですか?メッチャある…」

店の中を見渡して萌花が目を丸くする。

「あ、はい。お客さんが詠まはったんが殆どですけど」
「《こんな日が 来ると知って いたのなら…》かぁ…」

薄く笑って俯く萌花に
「あの…大丈夫、ですか?ちょっと…辛そう、って言うか…」

つい聞いてしまう。

萌花は、ハハッ・・と笑って
「う~ん…はい。そうやなぁ…あ!あれやわ。《アホかいな ほんまにほんまに アホかいな》あれ!あれそのものなんです、私、今」

「今度はそっちがアホ?」
「そう。私は本物。アホもアホ。最上級のドアホ…いっちばん…大事なもん…失くしたんです」
「一番…大事な、もん?」
「はい。滅茶苦茶に傷つけて…」

嗚咽が込み上げて来たのだろう、鍵型に曲げた人差し指をグッと鼻に当てた萌花の左の薬指に、ダイヤのエタニティリングが光る。

―婚約指輪……やんな…

もう、千佳史の中で、萌花は宇宙一、可哀想な女の子だ。

「僕、そんなん聞いていいんかな?」
「いいです。何か、話したくなった。これのせいかな?」
萌花は、夥しい数の川柳を眺めて言った。

「最近、サラリーマン川柳とか、ちょっと面白い系詠むのが流行りみたいな感じあるけど、ここのは恋歌が多くて切ないのに、なんやろ…何か癒される」

「例え知らん人とでも、悲しみとか嘆きって、共有出来るみたいですね。僕もいつも癒されてます」

「えー、マスター程のイケメンさんやったら、切ない恋とか無縁でしょ…?」

「何でですのん。吹きだまりの中心におんのに。ハハッ…」

「あ、何か話し込んですみません…ッ…もう、終わりなんですよね…」

「あ、ああ、はい。じゃ、一緒に出ましょか」

「あ、はい!ほんとに、こんな時間に押しかけて申し訳ありませんでした」
「いえいえ。あ、僕も出ますんで、えっとタクシー乗り場まで…」
「あ、車で来ました」
「そうですか。じゃ、出ましょか」
「はい。あの…ッ」

「はい?」
「あの、また来てもいいですか?」
「はい。いいけど、ここ、ちょっと普通の飲み屋と違うんで…来る時は必ず…はいこれ、僕の名刺ですから、携帯か店の電話に電話して来てくださいね」
「普通のバー、違うんですか?」

「ま、それはおいおいね。物事には順番があるのだ……?」
ん?と首を傾げながらも、萌花はニコッと笑って
「はい。了解です」
と、敬礼をした。

―わ、志賀のと被ってるし…

「よいしょ…っと」
大きなゴミを持って店の外に出る。

「ちょっとゴミほって来ますし」

千佳史は、50m程先にあるクリーンステーションに向かった。

…??

戻ってくると、行きには死角で見えなかった角に、なんと…

志賀がいた―


―どうしよう……でも、教えたげるしかないよな…多分、リクが気ィ効かせてくれたんやんな……

「んん……」
志賀が動いた。

「志賀?志賀?」
「…ん?……あ、蘭奈」

「いや、蘭奈ちゃうから…あのな、志賀…」

「あっちゃん!」

教える間でもなく、萌花がそこに立っていた。

志賀の目が細くなる。
じっと考え込むようにしながら、段々目が生き返って来る。

―やっぱり志賀…。やっぱり彼女のこと……そりゃそうやんな。良かった良かった・・

積年の想い人の、他人との成就に、それでも千佳史は本当に良かった、と思ってしまうのだ。

後で、嫌というほど泣くのだけれど。



「何しとんじゃ、そこで」

…え?

展開がおかしい…

「あ、あっちゃんのスマホ…」

志賀は、キョロキョロ…と辺りを見回し、自分のポケットを探り
「何でお前が…何、知り合い?」

千佳史と萌花を見比べる。
物凄い、冷たい…怖い、顔…

「違う。これが…鳴ったから、俺、志賀の居所も何も知らんし、出て、忘れてる、って伝えてもらおうと思て」
「ほんまっすか。すんません。で、何でお前が取りに来んねや」
「だってあっちゃん…こうでもせんと、あのあと電話も出てくれんし…とにかく会って、話しを…」

「さっきもう話したやろ?俺は無理、全部なしや。診療所も日割りで給料出すし、もう来んな。それ以上、言うことない。お前が話さなアカンのは子どもの父親や。」
「あっちゃん、聞いて?あんね、あっちゃん・・」
「聞かへん。何聞いても答えは一緒。だから聞かへん」

「あっちゃん…お願い……私、あっちゃんがおらんと…生きて行かれへん…」

ハッ…と吐き捨てるように言った志賀は、萌花を見据えた。

「アホか、お前。他人がおらんと生きていけん大人がおるか。情けないこと言うな。俺はそういうこと言う人間は大ッッ嫌いじゃ!お前もう母親ねんぞ?子どものこと考え。行こ、滝さん」

いきなり、手首を取られる。

「え、え…いや、ちょっと待って」

「早う!今日、泊めてくれるんでしょ?!」

「え…ぇえ?!」

―聞いてない、聞いてない!!

「倉本さんがそう言うとった。チカとこ戻れ、って。だから俺、待っとったんです。はよ、行こ!家、どこ?!歩いて帰れる、って聞きましたよ」

「いや、ちょと…ちょっと待って、志賀ッ…そそれは…」

「はよ!」

大きな手が俺の手首を掴み、すごい力で引っ張られる。

「あ、萌花さん…」
「マスター!お願い!あっちゃん、あっちゃんを…!あっちゃん!」

萌花が千佳史を拝むように両手を擦り合わせる。

「志賀!待てって!聞いたり!話しくらい!何年も付き合って来たんやろ?ほんまに終わりにするんやったら、最後くらいちゃんとしたれや!そやないと引きずるやんか、お互い!志賀お前、彼女に婚約指輪買うたんやろ?思い出せ、その気持ち!」


萌花が左手の指輪を握り締めて、わっと泣き崩れた。

「捨てろ。そんなもん」

静かなのに凄まじい気魄《きはく》。
そして、何かもう、冷めている…

俺はもう、何も言えず、蹲って泣く萌花さんを見ながら、志賀に引きずられて行った。

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

この冬を超えたら恋でいい

天気
BL
夜の街で、凪は人生の底にいた。 古いアパートに帰る途中、父の残した借金の取り立てに絡まれ、逃げ場を失う。 そこに現れたのは、大手企業の社長・鷹宮だった。 偶然の救い。年齢も立場も違う二人は、その夜を境に交わることになる。 事情を多く語らない凪は、不幸が当たり前のように身にまとい、誰かに頼ることを知らない。 一方の鷹宮は、完璧な成功者として生きてきた男だった。 危険から守るため、鷹宮は凪を一時的に自宅へ迎え入れる。 冬の同居生活の中で、凪は少しずつ日常を取り戻していく。 大学へ通い、温かい食事をし、夜を一人で怯えずに眠る。 しかし、守られることに慣れない凪は、距離が近づくほどに自分から一歩引いてしまう。 それは、失うことを恐れる、健気で不器用な選択だった。 一方、鷹宮は気づいてしまう。 凪が笑うだけで、胸が満たされることに。 そんな自分の感情から凪を守るつもりで引いた距離が、 凪を遠ざけてしまう。 近づきたい。 けれど、踏み込めば壊してしまうかもしれない。 互いを思うほど、すれ違いは深くなる。 2人はこの冬を越えることができるのかーー

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

処理中です...