優しい人

sasorimama.fu

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優しい人・第8話

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篤仁は壮絶に腹立たしかった。

信頼しきっていた婚約者に、最愛の彼女に、あんな形で裏切られ、いっそ、あっさり悪に転換してくれたらボロクソ言って、はいサイナラと出来るのに、萌花は萌花のままで…。

話しなど聞けば、リアルに萌花が他の男と関係をもった、そのことが自分の中で想像を逞しくしてしまう。

相手の名前を聞けば、殺してしまうかもしれない。

それに、お腹の子に罪は無い。
この世に生を受けた以上、産まれてくる権利を奪うことは出来ない。

だからもう、このまま終わるのだ。

それが、1番いい。
いや、それしか、方法はない。


馬鹿みたいに人のいい滝は、萌花の肩を持って必死で篤仁を説得にかかってきた。

―ほんっま…!他の男の子どもこさえた女や、って言うたやろが、この…クソッ…!神さんが萌花ちゃう、って言うとんや!!


ハタ、と立ち止まる。

「飲みに行きましょ。酔い冷めたし」
「…え…や、もう…」
「じゃ、俺、酒、買って滝さんとこ行ってええですか?」
「……」

「ええですか?!」
「…ほんまに来んの?」
「あかんの?」

「…あかんくない……」

一瞬だけ目を合わせすぐ、逸らした視線を泳がせて滝は言った。

―何?…何か可愛いんやけど。


人生最大の打撃にして、最悪の事件がヒョイ、と棚の上に頓挫する。


中学の頃から、時々あった。
今みたいに何か、妙に滝が可愛く見える瞬間。

―ゲイ、って人種は、もう生まれつき、俺らとは違う種類の人間なんやな…

篤仁は、素直に感動めいた気持ちすら覚えた。


「今は先輩らが言うん、ちょっと解るかな…蘭奈やしなー」
「は?」
「や、だって、先輩らが、滝さんのこと?狙って、って言うか…なんかあったでしょ?そういう…」

「…ッ…そんなん……忘れた…」
滝の表情(かお)が、この会話を拒絶する。

「あ、すみません…」




中学の時、顧問の先生が美人だという理由だけで選んだ文学部という名の、実態がよく判らないクラブに、滝はいた。

「何すんの?」
と思いながら入った文学部は、早い話が、文章を書く部だった。

詩や俳句、川柳、短歌、作文、小説、エッセー、コラム等々…何でも、とにかく書く。

1年は篤仁一人。

部員達は皆、やたらと仲良しで、篤仁が2年になっても、後輩が一人も入部してこなかったので、一人年下の篤仁は、とても可愛がられた。

滝は、とにかくみんなに優しい人だった。

弁当を忘れた者がいれば、自分の弁当をお腹が痛いから、とあげてしまったり、休んだ仲間のノートは必ず、レポート用紙に綺麗に纏めて渡してやる。

女子に告白したいから、と相談されれば、綺麗な字で、よくもこんな、というほどセンスの良い手紙を書いてやる。

それでうまくいったカップルが何組いたか!

辛いことがあった者には、これでもかと寄り添い、必ず笑顔になるまで付き合う…

篤仁はそんな滝を、何故かいつも、少し苦しい思いで見ていた。
何故、そこまでするのか、そんなに優しくなれるのか自分には解らなかった。

だがせめて、自分だけは滝の重荷にはなるまい、そう思っていた。

2年の3月、滝達が卒業するちょっと前、毎年恒例だったが、篤仁が1年の時だけは、顧問の都合が合わず、見合わせた1泊の送別旅行が行われ、顧問が女性ということで、部屋は生徒だけ。

皆が外に散策に出た時、倉本にちょっと頼みたいことがある、と言われ、部屋に残った。

「何ですか?」
と聞く俺に、まあまあ、と旅館のテレビの有料チャンネルに金を入れ、倉本はAVチャンネルに合わせた。

もちろん俺も嫌いじゃないし、喜んで観ていた。

そこに滝が入ってきて、倉本がヤバイ、ヤバイーと言い出し、滝に
「チカ、ちょっとだけ、ええ?」
とか言い出して、ちょっと困ってる滝を押し倒して、触り出した。

「志賀もしてええやんな?チカ?」
と倉本が滝に聞き、その時、滝が何と答えたは記憶にないが、そのうち何か、AV女優の嬌声に紛れるように、滝の口から、とても小さいが、喘ぎ声が聞こえ出した。

嫌悪感は全くなかったが、見てはいけないものを見ている感じの物凄い罪悪感で、その場にいてはいけないとは思うが何故か動けず、どうしたらええねん!と思っているとドヤドヤとみんなが帰って来て、倉本が慌てて滝の肌蹴けさせていたシャツのボタンを嵌め出したのを機に、部屋を出た。

俺は何故、男にそんなことするんだ?!と混乱して、でも、虐めや陵辱、という雰囲気でもなく、単に倉本が断れない優しい滝に甘えている、仲良しの延長という感じで…。

そのまま風呂に入りに行って時間を潰して、部屋に戻るとシーンと寝静まっていたので、1番端の布団に潜り込んだものの、なかなか眠れずに苦労した。

そして朝方、浅い眠りのせいか、変にリアルな、あの夢を見てしまった。


とにかく気まずくて、卒業式の日も、3年生の倉本、堺、滝に花束を渡したが、とうとう最後まで、滝の顔を見ることが出来なかった。

「変なもん、見せてごめんな。俺…ゲイやねん。ビックリしたやろ?引くよな?でも、リクはちゃうねん。あいつは普通。変に思わんどいてな?」
と、首まで真っ赤にして謝ってきた滝に、目も合わさずに
「いえ」
としか言えなかった自分は、本当に幼い子どもだった。

その2日後に滝は関東へ引っ越して行った……




「ってか、お前…ほんまにええの?萌花さ・・」
「クドい!」

いきなり現実に引き戻され、思わず、きつくなった口調に、ビクンと滝の体が揺れる。

―ああ、クソッ…当たるつもりないのにッ…何か、甘えたなるんや、滝さんには…

「俺、そんなに怖いすか?」
「…え、え?そんなこと…ない」
「嘘や。何かビクついとう」
「そんなことないよ」

―そう言いながら、目ぇパチパチしとるやんけ…ビビッとん丸出しやし。別にアンタに怒ってへんよ…

話しながら東門のコンビニに入る。

ビールと焼酎とツマミを買い、一応、牛乳も買う。
明日の朝の分だ。

滝は食パンとか卵、カット野菜等を買っている。

買い物を済ませて、駅の方へ歩き、三宮駅の南側に出て、そこからまだ東へ歩いた。

「もう春日野ちゃいます?メッチャ歩いとー」
「え?まだ三宮から5分やで?うち、通勤至便!がウリのマンションやのに。ここ」

2国沿いのまあまあ高層なマンションの7階が滝の自宅だった。

2LDKのその部屋は、玄関を入って右手に風呂場とトイレ。左手に一部屋。その奥がけっこう広いリビングダイニングで、その奥にもう一部屋という間取り。

「へ~、これ、新婚とかやったら余裕で住めますやん。ええなぁ…ここ、分譲?」
「うん。中古やけど」
「固いなぁ、滝さん。しっかりしとう」
「だって、一生一人やもん。将来設計は立てとかな」
「え、何でですか?結婚は?」

「もう。俺、ゲイやって」

「知ってるけど。でも結婚とかしてる人居てますやん」
「まだ神戸ではないよ。ただの同居人。書類上は他人なんちゃうかな?ああ、でも中には養子縁組とかしてる2人もおるけどね」

「あ…俺…すんません、もしかして俺…」
「え?」
「何か、とんでもないことしてる?」
「何が?」

「や、だって。そうやん、滝さん、ゲイということは、男が恋愛対象でしょ?俺、もしかして、女の子んとこ強引に上がり込んだ感じ?!わ、どないしょ!!」
「や、や、大丈夫やし!もう!変なこと言うな、って!志賀はノンケやから、そんなん気にせんでええよ。あくまでも、俺と恋愛出来る人の話しやから。それは」

そう言いながら、篤仁には、滝が何かビビってるように見えて仕方ない。

「俺、襲いませんからね?怖がらんといてね?」
「もう…解ってるよ……」

―え?何かアカンこと言うた?俺…

傷ついたような顔に見えるのは、気のせいか?

とん、とアイスペールが目の前に置かれた。

「ん?」
「飲むんやろ?買ってきた酒、出して?」
「あ、すんません」

キッチンで何か少しやっていたと思ったら、テーブルの上には、漬物の盛り合わせ、だし巻き卵、まぐろの漬けが並ぶ。

―やっぱ、優しい…そして旨そう……

「飲んどいて?俺、先、風呂入って来ていい?」
「あ、もちろんっす。すみません、何か」

「ううん。俺も…何か余計なこと…して」
「もう、滝さん、それは」

篤仁は、片手を前に出して、ストップの仕草をする。

「あ、ごめん…でも、可哀想で…」


ピリ…

琴線に触れた。


「可哀想?何で?何処が?」

「や、だって、萌花さん、志賀のことメッチャ愛してて・・」

「愛してても他の男とヤッた。」
「そうやけど、でも…ッ」


「ゲイにはわからんっ!!」

「……ッ」



時間が止まった。
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