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優しい人・第12話
しおりを挟む―家に?今日?マジで?それまでずっとここにおるん?それはないよな…あ、彼女どうしよ…
これから、と、言われたので咄嗟に団体が、と嘘を吐いた。
志賀もおそらく早がけだろうと思ったので、鉢合わせになるとまずいと思ったのだ。
でもなぁ…団体引いたら電話しよか?とか言ったし、またにすると言いながら、ふと気が向くってことも……
目の前で志賀は既に生を飲み干し
「おかわり!」
と満面の笑みでグラスを差し出している。
……
彼女がもし来てしまったらその時は、昨日また来ていいか、と聞かれ、いいよと答えた白状するのだ、と覚悟を決める。
「大丈夫か?」
「全然、OKっす!ノープロブレム!何か調子いいわー、俺。やっぱ滝さんのマイナスイオン吸うてるからや~、滝だけに?!うまい!」
「俺は空気清浄機か」
「はい、そんなようなもんです。心清浄機!俺の!」
―俺の…
キュッと胸を掴まれる。
―無邪気、って残酷やな……俺の、とか…
「あ、いらっしゃい」
「こんばんは~!一番乗りかと思いきや、昨日のお兄さん!」
颯斗だ。
自分の店の常連が、志賀と肩を並べて座る日がくるなど、思ってもみなかった。
何か、志賀が自分のテリトリーに入ってきてくれたような感覚がこそばゆい。
「ん?」
志賀がポカンと顔を上げる。
颯斗は、志賀が相当出来上がってから来たので、志賀の記憶には全く残っていないようだ。
「マスター、やっぱり彼氏ちゃうん?」
「違う、ってもう。グラス見てみ?」
「や、ワカラン!予防線かも!誰にも盗られんように!」
志賀はワケが分からず、キョロキョロして、そして自分のグラスを見つめた。
「あ、これな、ここに駐禁シールが貼ってるやろ?」
「あ、ああ。ほんまや」
「これは、ノンケマーク。同性は誘わないで下さいシール」
「そ!チュー、禁!」
颯斗が、キスの唇をして、その前で示指をクロスさせてバツを作った。
「はあ、なる程。チュー禁、ね…別にええけどな、チューくらい…」
―は、はあ?!何を言い出すんや、この…あほばか!
「ええねんて、マスター」
颯斗がニヤニヤして俺を見る。
「アカンよ?変わり身早いな、颯斗」
「当然!気張っても 24時間 泣けません!ってな~、ちょーらい!」
颯斗は舌っ足らずで言うが早いか、志賀のグラスに手を伸ばし、淵をペローンと一周舐めて、ゴクン、と一口ビールを飲んだ。
―お、おのれ、クソガキッ…!何さらしとんじゃッ…
「変えて。グラス」
無表情で志賀が、グラスを前にズラした。
「ごめん、志賀。こら!颯斗、もう、メッ」
「すんません…でも、お兄さん、キツい…」
颯斗は小さくなって、泣きそうだ。
「颯斗?…颯斗、ん?泣かんでええよ?俺が悪い。颯斗はいつもの調子やもんな。注意したらんかってごめんな?」
おいおい、という感じで志賀がムッとした視線を千佳史に投げる。
非常識なことされて怒ったらあかんのかい、というところだろう。
だが千佳史は、こうなると颯斗が可哀想になってしまうのだ。
あ~あ…
「はい、失礼しました」
志賀の前に新しいグラスを満タンにして置く。
「あ、俺、飲んでたのに」
険しかった志賀の表情(かお)がちょっと、申し訳なさそうに緩む。
「ううん…。俺のミスやから。そうや、言うとかなあかんな。昨日、話しが途中になったけど、うちは、普通のバーじゃない」
「え?普通じゃない?」
「うん。LBGTって解る?」
「ああ、はい。一応」
「そのLBGT専門店。ノンケは…ノンケって、その志賀みたいに普通に女性と恋愛する人な?」
「ノンケ…ふうん…名前まであるんや」
志賀は変なところに食いついている。
「ハハ…。まあな。で、そのノンケは俺の友達関係のみ入店可。通常は断ってる。何ぼでも行く店あるからな。で、その友人には俺が、今志賀が使ってる駐禁グラスを使うから、客は、あの人は誘ったらあかん、って解る仕組みになってる」
「ああ…へぇ…」
志賀は解ったような解らないような、そんな顔だ。
当たり前だ。
こういう種類の店には一生縁がない、という人の方が多いだろう。
「だから…」
千佳史は、颯斗の頭をクシャリと撫でて
「颯斗はまだ若うて、ここにしか飲みにきたことないから、イマイチ、その辺のラインをつけにくい。もうせえへんから、許したって?鼻かみ、颯斗」
グズグズ鼻を啜る颯斗に、千佳史は箱ティッシュを渡してやった。
「にじゅう…4時間…泣けません…ズズ…」
「昨日も今日も泣いたな~。今日も來人に可愛がってもらうか?」
「…うん…來人が…空いてたら…。來人、モテるもん…俺なんか……」
志賀に受けた拒絶は、失恋したての颯斗の傷を更に広げたようだ。
「颯斗…そんなことない。お前は綺麗な子やで?性格もいいし、話しも楽しい。ファッションセンスもすごいいいし、めっちゃイケてるよ?みんなハマったら嫌やから、距離取ろうとするんよ。誰でも傷つきたくないやろ?颯斗もそうやろ?」
「…ん…」
颯斗は優しいことを言われ、余計に泣き出してしまい、千佳史は仕方なく、とカウンターの外に出て、颯斗の頭を抱えて暫く撫でてやった。
△
何となく…
お前と俺は住む世界が違う、と線引きされたようで篤仁は寂しかった。
だからと言って、滝や、この颯斗を抱けと言われても自分には無理だ。
滝なら触ってみたいとも思うが、平らな胸や、何より、自分と同じ物が中心にくっついてると思えば萎える。
「顔と項だけ、やったらなぁ……」
ボヤーっと考えていたら、口に出てしまい、滝は奥で作業をしていたから良かったものの、滝の慰めにより泣き止んで飲んでいた颯斗にギロッと睨まれた。
まだ少し赤い、デカイ目は、なかなかの迫力だ。
「な、何?」
「お兄さん、それ、マスターのことちゃうやろな?」
「え…何で??」
「だって昨日、マスターに、キス迫っとった」
「ぇえ?!!ほんまか?!」
「え、記憶喪失?最悪」
颯斗はアーモンド型の目を細くして、口を尖らせるようにして言った。
「は、お前失礼なやっちゃな?最悪って何やねん、最悪って」
「だって、あんな顔させといて」
「あんな顔?どんな顔よ?」
「めっちゃビビって焦って、逃げた」
「…普通ーーやんけッ!」
「乙女やった」
ズル…高椅子からズレ落ちる格好をして、篤仁は
「何、その決めつけ。キミとちゃうやろ?あの人は」
「そやけど、でも…恋愛不感症のマスターの、あんなん、初めて見た」
「教えたろ。それはですね、俺があの人の中学から知ってる後輩やからです。普通~にビビって焦ったんです!」
颯斗はまだ、口の中でモゴモゴ言っていたが、2人連れで入ってきた、イケメン2人に
「可愛いね、こっちで一緒に飲まない?」
と誘われ、飛んで行った。
―乙女…ちょっと見てみたいな。滝さんとキス…。体さえ見んかったら全然イケる!今日、キスしたろっかな~…
無知と鈍感。
この2つは、時として凶器だ。
篤仁は、ストレートならではの、ゲイからしたら、とんでもなくタブーな思考回路を持っていたのだった……
△
滝は、どんどん酔っていく志賀を、不安になりながら見守っていたが、志賀一人にかまっているわけにもいかず、結局放っておくことになり、志賀は、横に座ったビアンカップルと盛り上がったはいいが、気に入られ
「アタシらバイやから、お兄さん、腋やら腕とか脚の毛ぇさえ剃ってくれたら、3Pオッケーやで?」
とか言われ、目を剥いて驚いて
「いや、俺、真面目やから、すみません」
と、丁重に?断り、そそくさとトイレに逃げた。
千佳史は、少し離れた所からトイレに立った志賀を見つめる。
短い黒髪を、特にセットするでもなく、その硬さで勝手に立ち上がっている感じのヘアスタイル。
眉毛は濃からず薄からず、スっと斜めに上がり、それに少し反比例するような奥二重の、やや垂れ気味の目。
冷たさと甘さ、大人の雄と少年が混在するようなその顔つきと、完璧なボディ。
長い脚の上にキュッと引き締まって上がった尻。
はあ…と溜息をついて、早がけに言われた『心清浄機!俺の!』発言を思い出す。
《意違えど 俺のと言われて 花咲く胸…》
「アホやろ…」
呟いて、認(したた)めた短冊を、書き溜めて積んである短冊の一番下に入れた━━
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