優しい人

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優しい人・第13話

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「な、萌ちゃん。俺と一緒なろ?神様がそう言うとんねん。あの男とは何百回ヤったって出来へんかったのに、俺とはたったの1回で!しかも、ゴムつけとったのに!萌ちゃん、幼稚園の時から、お母さんになりたい、って言うとったやん」

「わざと穴あけてたんでしょ?コンドームに。あんなん、騙し討ちや。私…酔うてて…よう、覚えてもないのよ?信(しん)くんのこと信じてた。…せめて!せめて合意じゃない、って彼に言うて?お願い!」

萌花を妊娠させた幼馴染みの伊本信輔(いもとしんすけ)とは、住んでいるマンションが同じで、幼い頃から家族ぐるみのつきあいだった。

全く警戒しないで会える萌花の大事な男友達。
それが信輔だったのだ。

信輔は物心ついた頃からずっと一途に萌花を想っていたのだが、萌花は信輔を、仲の良い友人としか思っておらず、男性としてみた時期は1度もない。
信輔の方も、そんな素振りは全く見せなかったので、2人はよくお互いの恋愛の悩みなどを話し合って来たのだ。

その信輔が、まさか自分を騙すようなことをするなんて、思いもよらず、油断していた。

―あいつ萌花に気ィある。絡むな。

そう何度も篤仁に言われたのに、全く気にしていなかった。
寧ろ、篤仁を少し神経質だと思った自分が呪わしい。
悔やんでも悔みきれない。

「もう…萌ちゃん。ここ外。大きい声でコンドームとか言うなよ…」
「あ…ごめんなさい」

萌花は真っ赤になって俯いた。

「可愛いなぁ…萌ちゃん。俺、やっぱりどうしても萌ちゃんがええ。なあ、萌ちゃん、俺が元カレに、合意やなかった、って言うたげたら、俺と結婚してくれる?」
「・・・・・」
「もう、戻らんやろ?」

「…私、あっちゃん……あっちゃんが…いい…あっちゃんしか……」

わっと泣き出した萌花を、信輔は暗い炎を燃やした目で見つめた。





今日は営業前から座って飲んでいた志賀は、次々に来る客に意外にも順応して、昨日にも増して飲んだ…飲んだ…飲んだ……

最初に盛り上がったビアンの愛理(あいり)と瑞姫(みずき)から、吉四六のボトルをプレゼントされ、ゲイの誘いネコ、奏流(かなる)は、ダメだというのに、志賀の名前を聞き、何度も
「アツピーにビール!」
と志賀の近くに来ては、肩や腰に触れ、ビールを奢りに来た。

日曜は客足が早いので、12時に閉店するが、10時を過ぎる頃には志賀はもう、ベロンベロンで、また蘭奈、蘭奈と言い出した。

ネックだなぁ…と思っていた草介は、自分の管理している店での揉め事に呼び出され、来て30分ほどで
「タマランわ~。今日はチカ抱きたかったのに!あいつが気に要らん」
と志賀に文句を言いながら帰った。

草介とは体の相性が良く、草介が欲しくなる時もあるくらいには、好きだと思う。
だから、機嫌を損ねてほしくないし、細く長く続けていきたいと思っている。

決して交わることのない志賀に夢中になって、草介を失うことになれば、やはりとても辛いだろう。


そう言えば、萌花さんは来なかったなぁ…と思いながら、カウンターに突っ伏して寝ている志賀を放っておいて、可燃ごみを捨てに行く。

人影が動いたような気がして一瞬、緊張したが、気のせいだったようでゴミを捨て、店に戻る。

「わっ…何?!どうしたん?!!」

カウンターで寝ていた志賀が突っ立っていた。

「どうしたん?志賀、大丈夫?」

志賀は黙って、間合いを詰めてくる。

「な、何?どしたん?志賀?」

頭を両手で掴まれ、千佳史の顔を覗き込むようにすると、いきなり酒臭いキスが来た。

「…んッ……」

心臓が跳ね、瞬間的に志賀の手を逃れ、真下にしゃがみこんだ。

「乙女や……ほんまや…可愛いー…」

満足そうに笑った志賀は、ヨロヨロ~っと歩き、店の外に出た。

「…あ…っちゃん!」

萌花だ。

―あ、さっき…の?

さっき、ゴミを捨てに行った時、人が居たように思った。

―萌花さんやったんか……

志賀はチラッと萌花を見て、ふいっとソッポを向き、歩き出した。

「あっちゃん…お願い…」

泥酔状態とは言え、千佳史の中では、心臓が爆発するような出来事が起きた直後に現実を投げつけられても、咄嗟に判断出来ない。

「マスター…あっちゃんは、何でここに来るんでしょうか……昨日も…今日も……あんなになって……あんなになっても、ここに……何でここに居るんでしょうか…?マスター……私…」

「滝さん!!早う!」

志賀がタクシーを停めて怒鳴る。

「ごめん、萌花さん。取り敢えず、志賀、危ないから行くな?気を付けて帰りよ??な?」

千佳史は、心配で仕方ないが、昨日の後悔も覚えているし、もう萌花の顔を見ないようにして、タクシーに走った。


タクシーに乗り込むと、志賀は一瞬で鼾をかき始めた。

すぐに家に到着し、タクシーの運転手に一緒に志賀を運んでもらい、何とかマンションの部屋に到着した。

「志賀!志賀!帰って来たよ!ちょっと、靴、脱ぐよ?!…よ…いしょっとッ…ああッ」

マンションの玄関に座った体勢になっていた志賀の上半身がグニャン、とこちらに倒れて来た。

「も、ちょっと!重いー」
「蘭奈!こら!重ないやろ!」

…出た、蘭奈……

「重いわ、って!」
「蘭奈!キス!」
「せえへん!」
「蘭奈ー」

「わっ!!」

志賀に押し倒されて、頭をしたたか床に打つ。

「いったー!もう…んッ……んんん……」

酒臭いキスがいきなり来て、また心臓が跳ね回る。

相手は酔っ払いなのに、蘭奈蘭奈と連呼しているのに、一人、慌ててバカみたいだと思いながらも、こっちは素面だ。

「待…って、待って…」

唇が離され、息を吸い込んだ瞬間、分厚い舌が唇を割って来た。
執拗に口腔内を舐め回され……息が止まりそうだ。

「…は…ハッ……ん…ちょ…んん……かはっ……はぁ…はぁ…」

必死で志賀を押し戻し、息を吸う。

「か~わい~~!!エッチしょ、エッチ」

―嘘やろ?!!待てッッッ……!!

あまりの言葉に、仰天している間に志賀は、千佳史のTシャツを脱がしにかかる。

とんでもない!
胸がない!!

「あれれ?おっぱいは??」等と言われた日には立ち直れない!

「いやや!止めろッ……止めて…お願い……」
「蘭奈…。何で?俺のこと嫌い?」

―蘭奈ちゃうわ!!

一々、反応すなよ、と自分で嫌になるが、ツーンときて緩む涙腺。

「…嫌い…」
そう言わないと服を脱がす手を止めてもらえない。

「う~ん…」
シュンとなった志賀は、項垂れて膨れている。

「志賀?もう寝よ?な?」

「ほんなら!」
「何?!」

急に、志賀が大きな声を出し、思わずこっちも叫ぶように聞く。

「自分でするから、裸見せて」

―だからッッ!!

「いやや」
「何でよっ」

「…だって……」
「おっぱいちっちゃいん?」

―ほら、出た、おっぱい…ッ

「ち、ちゃうわっ……あほ…ッ」
―ないんじゃ、ま……ったく!!

「ほんなら見して、見してー!!」
「も、い…やや、ってッ…いやや、言うとう……や…ろっ」

涙がボロボロ出るが、志賀が酔ってるのをいいことに、我慢はしない。

だって辛いもん。
俺は男や。

でも、お前が好き。
そのお前は、女やと思って俺を求める、また……。

何でもする!って昨日、決めたけど、それだけは出来ない。

千佳史の体を見た瞬間、がっかりして萎える志賀を想像すると、とても正気ではいられない。

それは出来ない……


「………ッ何?」
志賀が俺の顔を両手で挟んで、ジーッと見る。

「な何?」
「泣くなよ…」

形のいい眉毛をカタンと下げて志賀は言って、そして、瞼にキスしてきた。

「なら背中でええから」

「……」

「な?背中でええから。でも、背中に出してええ?」

「………」

「四つん這いになってくれる?」

―背中やったら……大丈夫…

千佳史は大人しく四つん這いになった。

Tシャツが捲り上げられ、頭から抜かれる。

千佳史は、志賀の手が胸に来ないよう、片手で胸を覆って防御した。

「…はッァ…」
いきなり、背中の真ん中をスーっとウエストラインまで舐められ、思わず声が出る。

肩や腕、背中を隈なくクルクル…と舐められ、まるでセックスしているようで、余計に切ない。

体を支えて突っ張っている片手が苦しい。

「……ぁ、志賀……」

耳に尖らせた舌が入ってくる。

もう、千佳史のモノもジーンズの中で痛い程に固くなっている。

だが、脱げない……

志賀が突然立ち上がり、忙しそうにズボンを脱ぎ、ボクサーパンツも脱いでいる気配。

そして、千佳史の胸を隠した手に片手を重ね、背中に体を重ねるようにして、擦りだした。

―志賀…志賀、抱いて……抱いて……

絶対に口に出せない言葉を喉で止め、血が出るほど唇を噛み締める。

「…くハッ……」

勢い良い志賀の迸りを背中で受ける。

「ごめん…ありがとう……あ、ティッシュは…っと…もうこれで拭こ、これで」
志賀は自分のTシャツで千佳史の背中をきれいに拭った。

「はあ…疲れた……」

ごろん…と仰向けに転がった志賀は目を閉じた。


そして━━━


「おやすみ、滝さん……」

と、言った………。

    
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