優しい人

sasorimama.fu

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優しい人・第14話

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目覚めると、玄関に近い床の上だった。

頭の下には大きな枕。
腹の上にはタオルケット。

パジャマの上下を着せられている。

仰向いたまま、暫くボーッと思いを巡らせる。

いつものシン…とした気持ちはある。
酔ってやらかした、という後悔のような反省のような気持ち。

自分だけは滝の重荷にならない―。
そう思っていた中学時代。

なのに今、俺のしていることは何だ……という気持ち。

だが、そう言いながら、滝の引力に負け、好奇心を満たす方に動いてしまう。

恋愛ではない、と思う。

この興味が何なのか、本当に解らない。
だが、どうしても抑えられないのだ。

颯斗の乙女発言が、どんどん酔っていく頭の中でもずっと残り『滝さんの乙女を見る!』という篤仁の固い決意?は崩れず、滝がゴミ捨てに出た時、逃げられた!
と思って、慌てて後を追おうとしたら、滝が帰ってきて、予定通り唇を奪った。

予想以上に可愛い反応に満足し、もっと可愛い姿を見たいと思ってしまう。

そこからまた、滝と蘭奈がゴチャ混ぜになり、篤仁の中で、相手は滝だったり蘭奈だったりした。

ただ…泣いていたのは、滝だった。

あの背中は…滝だった。
何となく、滝さん…と思いながら、幅の狭い、白い背中に口づけていた…
そして、滝の背中を胸に感じながらイった……

―俺、何やろなぁ……

でも、やはり、滝のイチモツは想像したくない。
そんなモンなくて、可愛く割れとんちゃうかな??とまたタブー極まりないイマジネーションを膨らませ、小ぶりで、ちょんとピンクのボタンがついたおっぱいがあるんちゃうかな??とニッコリしてしまう…

大人になった篤仁は、滝の記憶にある、その人より、遥かに…遥かにスケベなのだ。

「ぉ…やば…ハウス…ハウス…」
篤仁は、股間をペシッと叩き、うっ…と呻いた。

そして結局、行き着くところは

―滝さんが女やったらなぁ……
なのだ。

ピピピピ…

平日は毎日鳴るようにセットしてあるスマホの目覚ましがなる。

「お、起きな。ああ…痛ー…2連チャンで二日酔いかー…」

志賀は起き上がり、そっと寝室を覗く。

ベッドの上に滝の寝顔。

「いや、マジで可愛い…。ほんま、これで男って言われても…」

志賀はソォ~っとベッドに近づき、薄い唇に触れる。

「滝さん、ありがとう…また来ていい?ってか来るし」
小声で囁いて、寝室から出た。

ちょっとシャワーだけ拝借して、と浴室を開けると、洗濯物が干してあり、篤仁が昨日着ていたTシャツが、別にハンガーで吊るしてあり、乾いていた。

「お~、洗濯してくれたんや~。あ、俺のパンツと靴下くんもある」

篤仁は、自分のパンツと靴下をピンチから外し、しげしげと滝のパンツらしきパンツを眺める。

普通にボクサーだ。

2枚とも白のボクサーで、1枚はアルマーノで赤の柄が入っている。
もう1枚は紺色のティーゼルのロゴが、ウエストゴムに入ったもの。

「ふん…」

さすがにそこにブラジャーを探すという発想までは至らず、何が『ふん』だか解らないが、何となく納得して、洗濯物を全部外し、自分なりにきちんと畳んでソファに重ねて置いた。

肌着に靴下、部屋着らしき上下に後はバスタオルが1枚、フェィスタオルが2枚と少ない洗濯物なので、すぐに終わった。

それから速攻でシャワーを浴びて、洗ってもらった自分のボクサーを穿き、Tシャツを着て、ダイニングの椅子の背にかけてあったジーンズを穿き、滝の家を出た。

診療所へは、三宮から一駅。

すぐに着いて、構内のコンビニでおにぎり3個と水を買うと、自転車置き場へ向かう。

「は~、朝の風は気持ちええなぁ!昨日のが全然飲んだ気がするけど、今日の方がマシや~!」

軽快に自転車を漕ぐ。

歩くと10分少々かかるが、自転車だと5分もかからない。

時刻は8時。
診療所は9時からだが、お年寄りは早い人では7時台から来て並んでいる。

「おはようございます!」

「おはようございます~」
「おはよう」
「お世話なります…」

等、患者達は頭を下げながら口々に挨拶をくれる。

「あら、せんせ、今日は先生の方が早いんやねぇ…橋本先生まだよ?」

毎日1番乗りグループの徳井のおばあちゃんが声をかけてくる。

「あ、ああ…。橋本先生はね…ちょっと体調崩してねぇ…来られへんのですわ、もう」
「え?!辞めはったん?!」

えー…嘘…10人程の患者達が一様に驚きの声を上げる。

そりゃそうだ。
この3年、どんな時でも萌花は居た。

健康管理が趣味、と笑う萌花は、風邪をひいたこともなく、1日たりとも診療所を休んだことがなかった。

診療所が休みの木曜と日曜を除いて、毎朝月~土曜8時ジャストにここに来て、鍵を開けてくれた。

篤仁は、いつも8時45分頃出勤し、よく患者さんから
「院長先生様は社長出勤」
と揶揄われていた。

今日は萌花が居ないのが判っていたので早く来たのだ。

「橋本先生が体調…あ、もしかしておめでた?!」
患者の一人が言った言葉が胸を刺す。

2人の仲は、患者もよく知るところで、特にベタベタするわけではないが、とにかく仲の良かった2人は、誰もが夫婦と勘違いするほどで
「ご夫婦?」
と聞かれると、隠す必要もないので
「いえ、まだ」
と答えていた。

そして、プロポーズして結婚が決まり、いつも孫のことのように心配をしてくれる患者さん達に、一応報告をしていたのだ。

「いえ。ちょっと…重篤で……」

―そうや、こんなことになるなんて、誰が思うか…ッ

滝と居ることで隠れていた怒りがまた沸々と湧いてくる。

それを必死で抑える表情が、苦悶の顔に映ったのだろう…

「あらぁ…ご心配やねぇ…」
「先生、ついとかんでええの?」
「ここ、お休みしてもかまへんよ?」
「橋本先生、休んだことなんかないのに…何処が悪いん?」
「ちょっと、吉田さん!そんなん聞いたらアカン!」
「あ、そっか、堪忍!…そやね、そやね…」

皆が、顔を歪めて心配して気を遣う。

―クソ…患者さんにまで、こんな気ィ遣わせなアカンやろが…ッ

「お早うございます!」
スタッフの大木が、篤仁がいるのに少し驚いて走ってくる。

「院長、お早うございます」
「あ、おはよう、入ろか。ほな、皆さん、もう少し、お待ち下さいね。椅子出しますね~」

それからまた3人のスタッフが出勤し、皆、篤仁が居て萌花がいないのを、何故かと聞いてくる。

同じ答えを返しながら、腹が立って仕方ない。

―あー、滝さんに癒されたい!!もう!

それから、業務が始まり、やはり、来る人来る人に同じ質問をされ、最後は少し機嫌が悪くなってしまうほどだった。

これほどまでに、自分の生活には萌花が入り込んでいたのだと、今更ながら自覚する。

だからと言って、考え直す気はない。

萌花も、医業に携わる者として、授かった命を抹殺することなど、出来ないだろうし、自分もそれを望むことはない。

萌花が、他の男と関係を持った時点で終わっている。

この2日は、あまりのことに正気を失っていたように思う。

それに、篤仁にとって、あまりにも不思議な、どうしても吸い寄せられる癒し系の滝の存在に、異世界に連れて行かれていたような、そんな2日間だった。

連れて行かれた、というよりは、自分が強引に押し入った、という感じだが。

萌花と1度、話さなければならないのは解っている。
だが、怒りが頂点のままでは、自分が何をするか解らない。
しかし、昨日も萌花は、千流まで来ていた。

滝に迷惑がかかってもいけない。

絶対に萌花が希望を持ったりしない言い方で、話しはするが、少し時間をくれ、とでも言っておかなければならないだろう。






8時半頃目を覚ますと、志賀はもう居なかった。

昨日の
「おやすみ、滝さん」
を聞いて動揺してしまい、今朝はどんな顔しとこ…どうしよう…等とあれこれ悩んでいたので、志賀がいないことに、ほんの少しの淋しさはあるが、安堵が大きかった。

それに、萌花…。

咲夜、また店の外に訪れていた萌花。
暗闇に負けない程の暗い影だった。

「またお前は。決めたやろ?」

わざわざ口に出し、ふぅ…!と大きく息を吐き、両肩を下げる。

これは志賀と彼女の問題、そして自分は何が何でも志賀を支えると決めただろう、とまた騒ぐ同情の虫を何とか追いやる。

「俺が萌花さんに出来ることはない。何回もおんなし失敗すな」

自分を叱咤し、リビングに入る。

「え、志賀、直してくれたんや…」

風呂場に干していた洗濯物が、畳んでおいてある。

それは、不器用で、千佳史の畳み方とは違うものだったが、愛しくてそのまま衣装ケースに直す。

志賀は新聞も取ってくれたようで、玄関を入った所に置いていた。


トーストをトースターに入れ、コーヒーを沸かす。

胡瓜をスライスしてバターを塗ったトーストに乗せ、ハムを乗せてパクつきながら新聞に目を通す。

朝ごはんが終わると、パソコンをチェックし、《千流》のHPに行く。
そこでは“みんなの川流!”というコーナーを作っていて、そこに川柳が投稿される。

殆どが《千流》の客で、リアルに知っている人たちの投稿が多いが、中にはそこだけの繋がりのユーザーもいて、熱心に川柳を送って来る他府県のユーザーは、いつか神戸の《千流》を訪れます、と言ってくれる。

今日も3作、投稿がある。

《確かめて みたいがやはり やめておく》

見た瞬間、また昨夜が蘇る。

…背中に残る志賀の唇と舌の感覚……

―解るっ…これ

蘭奈の背中と思ってたん?…俺の背中と思ってたん……?

おやすみ。滝さん━━━

志賀の声が聞こえたようで、ハッと振り返る。

「ッ……アホか……。あー、みんな切ないな~…確かめて みたいがやはり やめておく……聞けんよな~、怖すぎて…」



『会えませんか?』
と萌花から電話があったのは11時頃だった。

『お店を訪ねて、と思ったんですけど、またあっちゃんに会うて嫌な顔されるのが、辛くて…』

そう言う萌花に、つい数時間前の決意も消え
「じゃ、ランチでもしますか?」
等という自分は、何処まで優柔不断なのか……

    
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