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優しい人・第16話
しおりを挟む「チカ?あの男は、もしかしたら、チカがずっと想とう男?」
閉店時間の午前2時きっかりに店を閉め、いつものホテルで一戦を終えた後、千佳史の体を人差し指でなぞりながら、草介が聞く。
「ん?何それ…」
「俺が気付かんとでも思ってる?あんまり見損なわんといてよ?人見るんが商売、みたいなとこあるやろ?俺らみたいな仕事は」
草介は夜の三宮で長く幅をきかせている新居(あらい)チェーンの取締役だ。
三宮の夜の業界は、仮に株式会社にしていても、実質は個人経営の店が殆どだが、新居チェーンは会社組織で、バー、クラブ、ラウンジ、スナック、ショーパブ、ホストクラブ等約20店舗を経営している。
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専務は社長の次男、拓馬(たくま)で40歳。
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常務は昔から、この会社に勤める村田、という、いかにも重鎮といった風情の男で、恐らく60代と思われる。
今年31歳になる草介は、一介のボーイから成り上がった叩き上げだ。
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不貞腐れて、しばらく気楽にバイトでもしようと、勤めたナイトクラブ《NaNa》で、抜き打ちで店を覗いた新居虎馬に
「おい、男前、お前明日から《honey》行け」
と言われ、ホストクラブ《honey》に移り、負けず嫌いの草介は、気軽にバイト、と思っていたのについつい頑張り、あれよあれよとNo・1になり、長く《honey》のトップに君臨した。
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「草介さん…勘弁して…言いたくない…」
「答えはYesか…」
「違う…」
「違う、という肯定」
かなわない。
沈黙は肯定の確定。
仕方ない。
そうなのだから、認めざるを得ない。
誤魔化しても結果は同じだろう。
「そっか~。最初っから、何か感じたんよなぁ、あいつ…あー、あのチカの唸るほどある千流の君はあいつかー。ああ、そう言や、あるな、あいつ、片笑窪(かたえくぼ)」
「え?」
「そこにキス 夢見て目覚めた 片笑窪」
「よう覚えとんなぁ…、草介さん。それ、大分前に詠んだ句」
「去年のバレンタインやったか?キスのお題で、ってみんなで詠んだ。俺、あ、チカの想い人は、片笑窪やな、ってインプットされた」
「えー。ハハ…でも草介さんがあれ、飾れ、って」
「そう。誰かさんのこと、すごい好きなんやなぁ…って解るから、チカをあんまり思わんように。あれは俺の抑止力」
「何やそれ…志賀はストレートやから。何処までいっても、後輩のまんま」
「はぁ…可愛い…チカ…。その諦め切った笑顔が切なくて、大好きやわ。他の奴を想っての笑顔や、って言うのがムカつくけどな…クッソ…あの天然かー」
「やっぱり天然、って思う?」
「思うわっ。そしてKY」
「そやな…。そうやねんな…」
草介の腕の中だというのに、嬉しそうに食パンを見せた志賀を思い出して笑みが零れてしまう。
「つッ……ハハ…」
草介に笑って俯かれ、ちょっと反省する。
「何、その綺麗な微笑(びしょう)ー。好き…みたいな?そんな顔して俺を傷つけたからお仕置き!」
草介は、笑って言った割には、少し荒っぽく、千佳史の左の足首を掴んだ。
「イタ…」
囁かな抗議。
「我慢。お仕置」
ウィンクをする顔はソフトだが、どうも仕草は乱暴で。
「チカ…可愛い…俺のモンにしたいなぁ…」
いつもよりかなり激しめの一戦を終え、溜息まじりの声で、草介が言う。
千佳史は、やや茶色がかった草介の長めの髪に手を伸ばす。
それに応えるように、その手を取り脇から腹へ滑る唇。
「嘘…ばっか……ぁ…何…番目…の、男…や、って…」
動きを止めた草介の顔が、すっと目の前に戻って来る。
「この子が1番やけど?」
チュッ…と唇を吸われ、千佳史も舌を絡めて草介の舌を吸う。
そのまま身体中を絡ませ、高まってゆく……
「チカ、…ッいくよ?」
荒い息の囁きに頷きで答えれば、一気に駆け上がり2人同時に達する。
ドク、ドクという脈のような草介の迸りを奥で受け止める。
その感覚が、相手を愛しきれたように思う、この瞬間が好きだ。
ほんの刹那の愛のやり取り…
千佳史にとってセックスとはそういう物だった。
セックスをしている時間は、その相手だけに溺れ、相手にも溺れてもらう。
愛し尽くして愛され尽くす……
そんな一瞬一瞬を繋げて来た…
志賀と再会するまでは━━━
その日は帰宅したのはもう朝の5時だったので、志賀は当然、ソファで大の字だった。
部屋に入ると、煌々と部屋の電気をつけ、録画の洋画が流れたまま、ソファの椅子と背に、パン一の志賀の大股開きの脚が見え、ドキッとした。
太くはないが、浅黒い、かなり筋肉質な長い脚。
両手は万歳のようにあげて、グーグー気持ちよさそうに眠っている。
その幸せそうな寝顔を見ていると、ついさっき、脚でドキッとした自分が、とんでもなく滑稽で笑えてくる。
「ボクサー1枚、大股開きで、手も拘束ポーズ…何でエロくないの?お前。…全ッ然、そそらへんのやけど」
千佳史は志賀に、パチンとデコピンして、ガーゼのキルトケットをかけ、テレビを切った。
「でも…最高に、愛しい奴……」
吸い寄せられるように、顔を近づけたが、ふっと萌花の寂しく笑った顔が浮かんで、キス出来なかった……
「滝さん!起きて!もうっ!何時に帰って来たんっすか?俺、3時半くらいまでは待ってたんっすよ?!」
志賀はご機嫌斜めだ。
千佳史が、ほぼ朝に帰宅したことは予想出来るだろうに、叩き起された。
「ん…ごめ…志賀。…でも俺、寝た、とこ…」
「ダメ!パーンーッ!トーストッ!!一緒に食べるんです!ほら、焼けたからっ」
香ばしいトーストの香りと、バターの香りが鼻腔をくすぐり、パチッと目が覚めた。
「食う!メッチャええ匂い!」
「でしょー?」
その一言で、志賀のご機嫌は治ったようだ。
どうせずっと一人だが、倉本や、他のツレもたまに来るので一応、と置いた極々コンパクトな2人掛けのダイニングセットに、志賀と2人で向かい合って、朝食を摂る日が来るなんて……
もう、これだけで充分だ。
千佳史は、奇跡の幸せを、心でギュッ…っと抱きしめる…
「ほんなら、俺行きます」
コーヒーを飲み干して、志賀が立ち上がる。
「あ、俺もコンビニ行くわ。水買う」
「ほんなら牛乳も買っといて?」
「え?」
「アカン?」
「…あかんくない……」
ストン、と両肩を落として、志賀がニカッと笑う。
「じゃ、よろしくです!あ、昨日の晩、萌花に電話しました。ちゃんと話そ、って」
「ほんま?良かった!」
「え、何で滝さんがそんなに喜ぶ?」
「だって…前、ちょっと話したし、可哀想やったし…」
「…ふうん……ま、ええわ。行きましょ!」
「ん、ああ」
2人で一緒に出掛ける。
志賀は何を考えているのだろうか…
何故、ここに、泊まっていくのだろうか…
何かある方に期待してしまう自分がいて、それなのに一方で萌花を思い、何かあると、物凄く困る自分もいる。
だが、本当は答えは簡単。
何と言っても相手は志賀篤仁……
答えは十中八九…
―なーんも、考えてへんやろ…お前。
エレベーターのボタンを鼻歌混じりにポンと押す、志賀の背中を見つめる。
マンションを出て、狭い道路を挟んですぐの所にコンビニがあり、駅へ向かう志賀とは反対方向。
「じゃ、行ってきます!」
片手を上げる志賀。
「ああ……行ってらっしゃい」
―嫁ちゃうで?兄やから!
と自分で自分に言い訳しながら“行ってらっしゃい”を、ちょっとだけ思い切って言った。
カシャカシャカシャ……
そんな2人を望遠でしっかり収めた車中の男は、コンビニへ入って、雑誌を読み出した千佳史の顔のアップを取り、ニヤッと笑い、カメラを助手席に置いて、スマホを耳に当てた。
「ああ、三木です。はい、バッチリです。やっぱり泊まってましたね。はい、仲良く…そうですね、はい。じゃ、帰ります。明日もこの時間で?…はい、了解しました。本日は2時間の張り込みでOKでしたから、2万円ぽっきりと、ここまでのガソリン代のみです!はい!え?もちろん!安くて仕事は確実!がウリなんで、うちは!はい、では!」
男は電話を切って、煙草に火を点け、車を発進させた。
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