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優しい人・第20話
しおりを挟む「ハックション!…」
??
目覚めた瞬間の錯綜状態―
だんだんと現を認識していく……
―え…っと…
帰ってきて、鱧鍋を食べビールを飲んだ…
風呂に入り、暑いのでパンイチのまま、またビールを飲んで、千流へ行かずに寝てしまった……
「ハックション!…ハ…ハッ……クジュン!!」
ティッシュを取って鼻をかむ。
裸のままで、タオルケットも何もかかっていない…
「滝さん?」
滝がいたら、必ず、何か着せてくれるか、あまりにも酔ってしんどい時でも、何か上にかけてくれる。
と、いうことは泊まりか…
「お」
スマホの点滅に気付いてラインを開ける。
―『草介さんの店の女の子の誕生日で、花持っていかなアカン店あるから、ちょっと遅なるよ』
「と、いうことは、高見と泊まりか…」
ちょっと嫌だ。
木曜は、篤仁が休みなので、篤仁が千流に行かなければ、滝は急いで帰ってきて、2人で溜まった録画を見たり、近所にあるバーに出かけて行ったりして、木曜も、買い物等に出掛けることが殆どだ。
今日は篤仁は服とビーサンを見に行きたい、と言っていて、滝もシャツと靴を見る、と言っていた。
約束しているわけじゃない。
だが、水曜の夜と木曜を、楽しみに待つ自分が居る。
不満を持つなど筋違いもいいとこだ、それに、土曜だってあるじゃないか、と思う。
それなのに、勝手に滝も楽しみにしている、と思い込んで、そうではなかったことが嫌なのだ…
「絶対、こんなこと言えんよな。我が儘なお子ちゃま全開か、って」
・・・・・・・
ふいに、萌花の暗い、怒りに引き攣った顔を思い出す。
滝さんは、かかってくる無言電話を萌花じゃない、と言った。
そして相変わらず、萌花さん可哀想や、と言っている。
―何であそこまで優しくなれるんや…?俺がおかしいんか?
篤仁は、録画を観るようにあの日からを辿り始めた…
式の日取りもほぼ決めて、式場も決め、結婚式の予約に行った場所で萌花が倒れ、ほかの男の子供を妊娠していることが判明…
あまりのことに、篤仁の心は、一瞬で燃え上がって焼け焦げ、何も考えられなくなった。
それまでは、治療はあるにせよ、無精子症、という事実に打ちのめされ、萌花に伝えることが出来ずに、言葉と、伝える勇気を探していたのだけど、それを簡単に飲み込んでしまった、萌花の妊娠…
あの日は滝にまでキレて…
キレて、有り得ない言葉を力任せに投げつけたのに、滝は逆に謝ってくれて……
何か……
初めて感じる種類の感謝だった……寧ろ、感動に近い…
萌花の裏切りは、27年生きてきた中で、正に青天の霹靂。
一番苦しい出来事だった。
確かにそうだった…。
それなのに━━━
あの日、何故、ずっと行かなかった文学部の同窓会に行く気になったのか解らないが、それまでの自分が粉々に壊れて……
拾い集めて固めたら…ちょっと違う人間に仕上がったのかな……
送る言葉も言えず、関東へ越して行ってしまった滝に、もう会うこともないだろうと思っていた。
一番苦しい夜だったからか、面影も薄れかけていたくらいの、記憶の端にある優しい人に思い切り甘えたら、俺は包まれてしまっのだ…
滝千佳史というベールの中に…
滝と共に暮らす毎日は、とにかく快適で心地好い。
大きな打撃によって受けた傷の痛みも苦しさも、何処かに置き忘れてしまう程。
萌花には、今、猛烈に腹が立っている。
完全な嫌悪感もある。
だが、あの日は、萌花の話しを聞く気になっていたのだ。
それを聞くことはなかった…
滝が執拗に萌花に持つ憐憫の情は、何処から来るのか…
ガチャ…
開錠の音がした。
「滝さん?お帰り!」
目に入った滝の、再び施錠する後ろ姿が、滝の帰宅が嬉しくて張り上げた俺の声に驚いたのか、瞬間ビクン、と揺れた。
「ビビんなよ、自分ちやのにー」
「ハ…ハハッ…そやんな。でも、お前朝から声、でか」
ニコッと笑う滝が、何故か、今までと違った顔に見える。
どうにも悲しそうな…切なそうな…
「何?どしたん、ちょっと」
篤仁は、思わず滝を抱きしめていた。
「解らん。でも…何か、滝さんが悲しそうな顔するから、俺」
「何やそれ…大丈夫やん…でも、疲れたから…いい気持ち…」
篤仁はそのまま滝を抱き上げた。
いつもなら、わ!とかぎゃ!とか、そんなことせんでええ、とか言う滝が、黙って身を任せてくる。
でも、そこに甘さはなく、たった1日会ってないだけなのに、何処を旅してきたんだ?というくらい、滝が疲れて見えた。
その顔は、実際、生唾をゴクリと呑んでしまったくらい色っぽくて、篤仁の雄が熱を持ち始めたが、それが、物凄く不謹慎な気がして、どんな時も心のままの篤仁は、人生初、と言っても過言じゃない、物凄いガマンをして、ただ、疲れた顔の滝を抱いたままソファに座り、滝の静かな寝息が聞こえるまで、その柔らかい髪に頬ずりを繰り返した……
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