優しい人

sasorimama.fu

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優しい人・第23話

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今朝、出掛けに
「昼休み帰ってくる」
と言ったのに、午前診の患者を終わらせて、2時からの予約の患者に電話して拝み倒し、日付けを変更してもらい、急いで家に帰ったのに…

篤仁を待っていたのは
『中華丼と焼肉、冷蔵庫にあるから。チンして食べてな 千佳史』
のメモと冷たい昼食だった。

冷蔵庫を開けてはみたものの、何となく面白くなくて、そのまま扉を閉め、家を出てマンションの1番近くにある中華店に入り、中華丼を横目にみながら、ラーメンと炒飯を注文して食べた。

そんなものは10分足らずで腹に収まってしまい、時間が余ってどうすっかなぁ…と自転車に乗ったが、目についた看板の『リラックスマッサージ《癒し手》60分2500円』という文字が気になり、また自転車を降りた。

「やっす!いつ出来たん?!」
思わず声に出る。

看板に近づき、ジーッと見ると、ランチタイムサービス、ということで、今の時間帯12:00~16:00までの4時間だけのサービス価格のようだった。

「にしても、普段も2800円かぁ…三宮の素人マッサージより安いやん。ちょっと東にズレとうからかなぁ…しっかし、価格破壊もええとこやな…営業妨害や、んまに」
等と毒づいていると中から
「とぞ~とぞ~、お入り下さい!今、ランチタイムてすのて、2500円よぉ!」

中国人かな?と思しき、少しカタコトの日本語を話す、けっこうな美人が出て来て
―そこは入るでしょう…
と篤仁は、自分がケーシーを脱いだだけの仕事着で、汗臭いのがちょっと気になったが、本能に忠実に《癒し手》の美人に従った。

久しぶりに女性に触られる。

千流にくるビアンやバイの女の子達に、タッチされることはあるが、そういうのとは違う刺激。

マッサージとは言え、女に体を触られたのは何ヶ月ぶりだろう……

手だけとは言え、柔らかい感触。

仰向けになり、マッサージ師が頭の方に回って、肩を揉みだした。

顔の近くに女の顔。
女の匂い……

小さな手に短い指。

滝さんも手は大きな方ではないが、指が細長いので、小さい手、という印象ではない。

―って、滝さんと比べてどないすんねん!これ女、これ女!

頭を揉まれる。

キスする時、たまに篤仁が熱くなり過ぎて、キスが激しくなると、篤仁の短い髪を掴むようにする滝を思い出して勃ちそうになり、慌てて追い払う。

「頭、いたかた、てすか?たいちょうぷなのてすか?」

「ご、ごめん。大丈夫」

―はぁ…俺、滝蘭奈に毒されてんなぁ…大分…

「はい、目の、とちててくたさりますね~」

変な日本語で言われ、目を閉じる。
「はい、最後なるますのて、座るくたさいますね~」

後ろ向きに施術ベッドに腰掛けると、両腕を上に万歳され、後ろから羽交い締めのようにして、上に伸ばす。

ぼよん、ぼよん…と、モロに胸が肩甲骨辺に…!!

―お、お、お、お…ラッキー!

「ありがとこじゃましたー」
「また来るわ、ありがとう」

―ほんまにまた来よー…

「丁度いい時間やな」
思わぬラッキーに会って、ちょっと上がった気分の篤仁は、自転車に跨って、ゆうゆうと診療所を目指した。

自転車をこぎながら、ルンルン…と、さっきの美人のおっぱいを想像する。

ーな~んか、すごいわざと擦り付けてきてへんかった?あんな当たる?普通。俺のことタイプやったんかなぁ…え、もしかしてあんな顔して、ムッチャ遊び人の男好きとか?わ、嫌やな…乳首黒いんちゃうん…!

勝手に失礼極まりない想像をして、最終的にあの女は止めとこう…と何の芽もない女性に見切りをつける。



待てよ…と、自分の中のある変化に気付く。

偶然とは言え、けっこうモロに当たっていた…
顔はど真ん中とはいかないまでも、80点レベル。
可愛らしいカタコト言葉もツボだった。

なのに…何の変化もなかった雄…

待て?待て待て……

滝さんとのキスを思い出して半勃ちしたモノが女の胸で勃たない…

以前の自分なら、内腿辺りを触られたくらいでちょっとクルかも知れない。
大殿筋なんかもヤバかっただろう。

最終兵器、男の永遠の憧れオッパイが触れていながら、勃起しないなど、男の…いや、志賀篤仁の、沽券に関る。

「恐るべし!滝蘭奈!あ~、やっぱり滝さんの顔でないと!今日こそは、背中剥いたろ!」

そう思っただけでまた、股間が熱くなり
「うわ、これ自転車ヤバいッ…」
と、腰を上げて立ちこぎで疾走った。



今日から滝は店に出ている。

でも、久々の出勤だからかなかなか帰って来ずに、篤仁は寝てしまった。
朝、部屋に行って、寝ている滝を揺り起こし、キスをするも、背中…というと
「眠すぎるー…ごめんー…」
と言われてしまい、それ以上は言えず、諦めてシャワーに入り、滝が出しておいてくれたパンを焼いて、冷蔵庫に用意されているゆで卵とステイックサラダ、ヨーグルトの朝食を済ませてコーヒーを飲んで出掛けた。


翌日も遅かったが、何とか起きて待っていたのに、背中ーと言うと
「ごめん!ちょっと電話しなきゃなんだ、待って…」
と、何処かに電話をして、延々愚痴を聞いてやってる様子。

とても睡魔に勝てず、滝の話す声が子守唄に変わり……

朝、寝ている滝の部屋に入ってはみたが、あまりにも疲れた顔で寝ている滝を、起こすことは出来ずに、またまた諦めた。

しかし今日は水曜日。

いつもなら、なるべく早く店じまいして帰ってきてくれる暗黙の了解の日。

今日こそは…と早い時間に寝て、2時に目覚ましをかけ、滝の帰宅を今か今かと待った。

だが、3時になっても4時になっても、ドアは開かず、苛々して電話してみようか、とスマホをっ手に取った時、ドアにキーを差し込む音がした。

「たーきさん!お帰り!今日こそは背中ッ、いいでしょ?」

篤仁が寝ていると思っていたのだろう、驚いている滝に飛びついて、キスをして、Tシャツに手をかける。
息子はもう、パンパンのビンビンだ。

「あ、ちょ、志賀待って、って…アカン」

ブチッ

―またかいやッ!

滝から離れて、冷蔵庫を開け、ペットボトルのミネラルを口飲みする。

「ごめん…ちょっと今・・」
滝が泣き笑いのような顔で、言い訳を始める。

今日は何だ?
もう、言い訳は聞きたくない。

「滝さん、もしかして、誰か、決めた人出来たん?」
「………」

一言も発さず、唇を噛みしめた滝が一瞬、何故か悲鳴をあげたような気がした。

―え…何か、ムッチャ……

「何か…ごめん、俺、変なこと言うた?」

滝の顔が、余りにも傷ついた表情(かお)に見えて思わず聞いた。

でも自分だってワケ解らないのは絶対嫌だ…

「な、滝さん、最近、ちょっとおかしない?」
「おかしい?」

「だって、背中。あの朝帰りの時からやんな?あの日は、高見?」

固まったようにしていた滝が小さな息を吐き、観念したように篤仁を見た。

「…そやねん。あの、草介さんとな…ちゃんと、付き合おう、って話しに…なって…」

・・・・ッ

―何で狼狽えてんねん!そんなん、ええやん、解っとったし。俺、ホモの相手は出来へんのやし……ええ、っちゅうねん!

「…あ…あ、そ、そう…そかそか。えー、そうなんや、おめでとう…あれ、おめでとうはおかしいか…ハハ…」

「そやな、おめでとうはないなッ、ハハッ」

2人の間に気まずい空気が流れる。

「そりゃ、背中もあかんわな。そりゃあかん、あかん」
何か必死で喋って、自分でもワケがわからない。

何でこんな気持ちになるんやろう……俺、そこまで川本蘭奈、好きやったけかな…

「ごめんな…背…中…は、ああ、その、草介さんの…お気に入り、やから…」

―俺もやんッ。俺かって、滝さんの背中好きやし…ッ


「志賀、口でしたろか?!」

「…は?」

ワタワタしていた頭と心が止まり、サーっと血が引いた。

「え?」
滝が、笑いかけたのを途中で止めたから、すごい中途半端な笑顔をしている。

「口、ってフェラってこと?」
「…え、あ…う、うん……背中…アカンから…でも、志賀…その、溜まっとうやろ?」

引いた血が一気に頭に昇る。

「そんなん出来るんや」

自分であって自分でないような低く冷たい声。

「あ、ああ…え、何で?」

滝の顔色が変わる。

「俺は女しかしたことないから、フェラって俺らで言うたら、クンニやんな?」

「…そんなん……わからん…」

解らない筈もないだろうが、ゲイであることへの批判と取った囁かな抵抗なのか、消え入りそうな声で滝が反論した。

「俺は惚れとう女のアソコしか舐められへん。滝さんは男を好きになる、言うても、惚れてへん相手のチンポでもしゃぶるん?誰のんでも咥えるん?そんなん要らんわっ!現実見た!もう、ええわ!」

滝は俯いてじっとしていた。

そして、荷物を纏めて出て行く篤仁を、追っては来なかった。



これでいいんだ…
どの道、終わりしか用意されてなかったこの暮らしだ。

このくらいで終わった方が諦めがすんなりつく。

最後の最後に叩きのめされた。

志賀は何処までも志賀で、セクシャリティーも性格も、ストレートな男。

中坊の頃から雄の色気を放ち、それなのに大人になり、20代後半になっても中身は驚く程幼い部分を持ち、明るくてポジティブかと思いきや、イジケ易くすぐ拗ねる。

正直で開けっ広げで……真っ直ぐで……ほんとに、ストレート…


―『そんなこと出来るんや』
聞いたことのない、冷たい声…

―『フェラって俺らで言うたらクンニやんな』
俺らで言うたら…俺らで……

ノンケである志賀とゲイの自分。

一切偽善めいたもののない、正直な故の志賀の無意識の線引き…

ああそう…
いつも感じてたやないか…志賀って、そうやん…

解っているつもりでも、まだこんな解っていないことがあった。

―『現実見た!』

志賀の言葉は、千佳史には、現実見ろ!と聞こえた…


志賀はもう、戻らないだろう。


つい数日前、陸斗に上げてもらって、志賀を萌花さんの元に帰す前に、1度だけ抱かれることが出来たなら、等と思っていた自分を頭で抹殺する。

志賀と自分は何処までも交わらない…
中2ですでに解っていたことを、分別を弁えた筈の大人が何故忘れてた?

『現実』を叩きつけられ、見事に地面に落ちて割れた心は、幽体離脱した魂が見下ろす骸。

抜け殻の骸を、千佳史は身動ぎもせず、永い時間見つめていた……

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