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優しい人・第28話
しおりを挟む9時になり、萌花がオペ室に運ばれ、術後、昨日のこともあるので眠剤を入れるから暫くは目覚めない、と言われ、篤仁は一旦帰宅した。
「あ、ごめんな。どないや?…ああ、そうか。萌花?大丈夫や。心配かけたな。午後からは出るわ。ちょっとだけ家帰って寝るな。うん、はい、よろしくな」
診療所に電話を入れておく。
昨夜から一睡もしていないのでフラフラだ。
家に帰り、シャワーを浴びると、両親の問いかけにも一切答えず部屋に入り、数秒で眠りについた。
3時間経って、目覚ましで起きると、夢でも見たのか、枕がぐっしょりだった。
汗はかいていない。
つい考えてしまいそうになる人のことを、頭の外に追い出し、後1時間、アラームをセットして目を閉じる。
『滝君』
・・・・?!
隣りの部屋から父の声が聞こえる。
確かに“滝”と言った……
そっと壁に寄り、耳を澄ませると父の声がよく聞こえる。
「ああ、君を傷つけたことを許せんと言って暴れてね…いや、いいんや。それはそうやろう。私も、初めて息子に殴られたけど、こんなんおかしいけど、誰かの為に、あんなに怒ってる息子を見るのは、嬉しかった。あいつはいつまでもガキで、自分自分、って感じやったからね。あの、君達はほんまに………本当に?それだけ?ただの後輩…え?……あ、そう…恋人が……そう…やったんやね。それは、ほんとに…すまなかったね…。篤仁は、ほんまに迷惑かけたんですね……はい…はい…ほんとに?ごめんね。ほんま、すみませんでした。あの、彼に、怪我のことは…いや、こちらからお詫びしようか?そう?疑われたりせえへんかな?……そうですか。ほんなら、このまま。………はい、ほんなら滝君。ほんまに、色々ありがとうございました。あなたの気持ち有り難く頂きます…え?いやいや、変な意味じゃない。解ってます。ほんまに。ありがとう。…はい、君も、お元気で。じゃあ」
篤仁の父は、手に持ったメモの切れ端を裏返して見つめた。
《胸の底 篤き仁抱き 死ぬるまで》
「滝君…ありがとう。すまん…」
そう言うと、そのメモを机の引出しに仕舞った。
「昨日、滝さんとこ行った時の話し、してもらおか?それと、今の電話」
息子の低い声。
間一髪だった。
引出しを仕舞った手をサッと引く。
父の話しは大体、予想通りだった。
ただ、萌花が両親に話しに来た、と思い込んだのは完全に間違いだと解った。
萌花は、自分の両親が滝のことを篤仁の家に言いに行ったと知り、寧ろ、滝と篤仁の間には何もない、と、言いに来たようだった。
篤仁は、母親はともかく、父親が自分を飛び越えて、いきなり滝に行ったことが許せなかった。
「なんでいきなり滝さんなん?俺じゃなく」
「萌ちゃんの妊娠の件で自棄になっとうお前とでは、話しにならんと思ったんや。それに…」
「それに?」
「滝君はゲイや。お前は違う。だから、2人がそうなったとすれば、滝君からやろう。ちょっと言わしてもらいたい、っていう気も…あった。今後息子に近づくな、と言いに行った」
「しょーもないのォ、親父」
「そやな…ほんまに今はそう思う。そやけど、お前が女性を襲ったとか、やけくそで強盗に入ったとかの方がまだ、予想がつく。いきなり男の恋人と、なんか言われて、俺は人生で初めて、頭が真っ白、っていうの、経験したんや」
日本人なら誰でも知っているだろう大手の銀行の支店長である父は、いつも毅然としていた。
慌てたり、焦ったりしているのを篤仁は見たことがない。
だが、息子のこととなると、さすがの父も、想定外過ぎた今回のことでは人間らしく狼狽えた、というところか。
滝の怪我は、母親が投げたバッグが顔に当たった、ということだった。
たまたま昼間に、人のプレゼントに買った重みのある物を入れっぱなしにしていたので、重症になったのだろう、と父は顔を歪めた。
「可哀想に…痛かったやろ、滝さん…」
「ほんまに…悪いことした。彼は…お前じゃなく…ちゃんと恋人がおる…そうやな…」
少し、伺うように父が言葉を選びながら言った。
最後に話した時、高見と付き合うことにした、と目を合わせずに言った滝の声を思い出し、喉に苦いものがこみ上げる…
「ああ…おるよ。まだ30ちょいやのに、三宮、仕切っとう夜職系の会社のエライさんや。ごっつい仕事の出来る…ええ男やで?イケメンや」
「そうか…。ほんまに、こっちの勘違いで、申し訳なかった。そやけどお前もよう、恋人おる人の所になんか上がりこんだな。あの人ら、男が恋人なんやから、言うたら、お前、彼氏おる女の子んとこ上がり込んどんと同じやないか」
「そうやけど、それは滝さんが、お前はゲイやないんやから、そんなこと気にすんな、って」
「そうか…。そんなもんか…」
「そんなもんなんやろ…わからんけど」
「可哀想に、あの子…」
「は?」
「いや…お前に振り回されて」
「ああ…ほんまや…」
「篤仁」
「あ?」
「お前、1回、ちゃんと滝君に謝って来い。1ヶ月ちょっとか?長いこと世話なって。ようお礼言うて、幸せになって下さい、言うて来い」
「……親父?」
「何や」
「…いや…。あ、そや。俺、やっぱり萌花と一緒になるわ」
「そう…か……。うん、解った。……お前、らしいな…」
「ん?」
「いや…」
「何や、言えよ」
「いや……本当にそれでええんか?」
「ええも悪いも…それしかない。もう決めた」
「そうか…」
「ほんなら俺、仕事行ってくるわ」
何か急にいたたまれなくなって、まだ午後の診療には早いが、篤仁は家を出た。
△
「おかしいなぁ…何処行ったんや…」
色んなことがあった、昨日。
まずは、前の晩、いつまでも背中を見せない千佳史に機嫌を悪くした志賀に、フェラを申し出たら、キレられ、出て行かれた。
突然ではあったが、予想していた終わり。
明けて、夕方店に出て、メモに走り書きした川柳が見つからない。
気に入っていたのに。
店に入って、いつも志賀が来ると、座っていた1番手前のスツールを見つめながら詠んだ川柳。
確か、引出しに仕舞ったか、カウンターの中に…と探し回ったが、ない。
「もう……好きやったのに…。思い出されへん…」
短冊をヒラヒラ振りながら膨れっ面。
「ないの?見してほしかったのに…」
母も膨れる。
「もーー!!聞いて、マスター!」
奏流(かなる)が入って来た。
「奏流。今度はどしたん?」
「女イカれた!もう、あんな奴、絶対寝たれへん!」
「誰?」
「航大(こうた)!」
「え、航大、奏流に必死やったやん」
「は、知らんしっ!」
母は首を竦めて、少し面白そうに奏流を見る。
「いらっしゃいま・・ほら来たで?奏流」
母は、さっと航大を見て、奏流は思いっきり明後日の方向を向く。
「航大、こっちおいで」
「ええっす、ここで」
「そんなん言わんと」
「ええっす、ほんま。何かそのへん、ドイケズな匂いしますし」
キッ…と、奏流が航大を睨み、また、ブンッ…と音がする程の勢いで、そっぽを向いた。
―やれやれ…宵の口からこれかよ…
そこから1時間足らずでボックスまで満席。
「ちょっと千佳史。ここの店は何やの?何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)…何かのドラマ?ってくらい、きれえ子やら、かいらし子ォだらけやないの。へ~…ゲイさんやレズさんは顔がよおないとなれんの?」
《千流》の常連を眺めて母が仰天する。
「なあ、なんかなぁ…。別に面接するわけやないのに、何故かお顔の整った人が来るんよなぁ…モデルさんとか、今日来てないけど、俳優さんとかも来るで?1回、弓広斗と、マイナーな役者やけど、最近ボチボチ売れだした神代長も来たで?母さん口固いから教えたるけど、2人は恋人や。メッチャラブラブやった」
「嘘!ひや…また来なあかんわ。母さん、ヒロくんメッチャ好きやしー!観に行ったもん《このぬくもり》の赤蝶!」
母は、母親だと判ると照れくさい、と千佳史が言うので、いつもかけている薄い色のカラーグラスを着けていたので、誰も千佳史の母、と判る者は居なかった。
一応、高見だけはこっそり紹介すると
「安心したー。また特別にええ男やこと…」
と千佳史に耳打ちして、先に帰っとくわ、と家の鍵を持って席を立った。
リリン…
ラインがなり、チラリと文字が見えた。
『滝さん、話したい。今日、家に行っていい?俺、鍵…』
ドキンッ…
体が揺れるほど、反応してしまう…
もう思い切れた、もう、死ぬまで心にだけ留めて、等と、スッキリしたつもりでいたのに、全然だ。
―こんなんで、どうすんねん…
ラインを開ける。
『滝さん、話したい。今日、家に行っていい?俺、鍵持って来てもうとうから入れんねんけど』
―しくった…ッ…母さん、帰ってもらえば良かった…!……いや…いやでも…これは…運命や。
最後だという思いが、自分の背中を押し、思わぬことを口走らない為に…
しっかり、心に鍵をかけていられるように…
「あ…」
突然、思い出した。
―《胸の底 篤き仁抱き 死ぬるまで》
失くしたメモに走り書きした川柳。
今度はなくさないように、スマホのメモに書き留める。
『ごめん。母が来てて…店の方でもいい?』
「これで最後…」
そう呟いて、一旦スマホを胸に当て、ラインを送信した。
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