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優しい人・第37話
しおりを挟むバケツの水をぶっかけられたように、我に還る。
―ダメッ…あかん…絶対…志賀に体は見せられへんッ……
あの北中の部室の、湿った紙の匂いと共に、まるでスポットライトが当たったように輝いた志賀が脳裏に飛び出す。
あの日から15年…
志賀のドストレートっぷりを嫌という程、見てきた。
それは本当に自然で、志賀の中で男と睦み合うことなど、5分で月へ行け、と言うほど有り得ない話しなのだということが、解りすぎるほど解ってきたのだ。
ずっと一緒にいた訳ではないが、会わない間も、志賀がどういう風に過ごしてきたかは、手に取るように解る。
美しく可憐な萌花を見た時。
激しく納得する自分が居た。
絵に描いたようなお似合いの恋人。
素直に、その女性と志賀の幸せを祈れたのだ。
志賀と、自分は相まみえることなない。永遠に……
寂しさはあれど、悲しさや羨みはなく、寧ろ清々しいほどに諦め、ただ一つの片恋を胸の奥、深く深くに沈めて、これまで生きてきたのだ。
好きだ、と言われてすぐに、曝け出せるものではない。
怖い。
単純に、怖くて堪らない。
志賀に、男の体を見せたくない……
女に変わりたいわけではない。
もし、志賀が、女の体しか抱けないと言って、再びここを去ろうとしても、自分は見送るしかない。
女にはなれない。
自分は男であって、男しか受け入れられないのだから。
なのに、開き直れない…
どうにでもなれ、これが俺だ、と、大の字になればいいのに、どうしても出来ない……
「滝さん?」
不安にさせている。
志賀がこれ以上ないくらい情けない顔で、股間を押さえる。
「ちょ…我慢…無理、なんすけど…俺」
「……ぁかん…」
「何が…あかんの?…俺とすんの、嫌?滝さん」
「…そういう…ことやない……」
「あ、店やから!シャワーとか、したい?」
「違う…ちが…」
「下手そう?年下やし…」
「だからッ……違う……」
もう、どうしたらいいのか全く解らない!
「……高見…?…」
志賀の顔が強張る。
「……ッ何でよッ…まさか!全部…全部、志賀の……俺、志賀しかッ……!」
「なら!」
・・・・・ッ!
膝の下に素早く手が入ったかと思うと体が浮いた。
「やッ、や……ッあかん、だめ!…待って!」
2人掛けソファに横向きに降ろされ、起き上がろうとすると、すかさず志賀が上から乗るように押さえつけて来た。
兆していた前が、今の激しい動揺ですっかり萎えていて良かった。
△
滝が真っ赤な目で篤仁を見上げる。
それは、拒絶ともまた違い、酷い怯えに揺れる瞳。
―まさか、俺が怖いとは思えん…なら、何で……。あの、物凄い数の川柳…あんなに、俺を想ってくれとんやったら、何で……何でそんなに…
「滝さん…」
唇を唇で、軽くはむ様に挟んで離す。
それを数回、繰り返すうち、滝の強張りが少し、取れてきて、フルル…と瞬いた瞳から、コロン…と玉の粒が零れ、その白い頬に筋を作った。
「何が嫌なん?教えて?…俺、男…解らんからさ、滝さんが何が嫌なんか、解らん…女に、拒まれたことないんよ、俺。ちょと…戸惑う、っつーか……お願いッ…教えて!どうしても滝さんと…抱き合いたい…」
「…ごめん…ごめ……志賀…俺…怖…怖くて……ッ」
篤仁は、滝が怯えないように、抱きたくて、抱きたくて堪らない心を必死で堪え、なるべく静かに聞く。
こんな段階で、こんなに丁寧に接したのは生まれて初めてだ。
だが、滝にはどうしても無理に出来ない。
自分のやり方で押し通して、滝に無理をさせれば、パリンと割れて元に戻らないような気がしてしまう。
「うん…うん…何か、怖がっとうんは、解ってるよ?何が、怖い?何でも言うて?滝さんの言う通りに、するから……」
滝が激しく頭を振る。
「違う…ッ…志賀じゃない…俺の…俺の問題……俺が…」
「俺が?」
「…男…やから……志賀は…そんなんと、ちゃう…今まで……」
―はぁ???そこまで戻る?!!ちょ…っと!
「滝さん」
「……」
「俺、さっき言うたでしょ?滝さんが好きです。たった1ヶ月ちょっとやったけど、滝さんがもう、俺の心の一部やった。離れてすぐ解ったけど、さすがにどうしようもなくて…。覚悟決めて頑張ってはみたけど、萌花にはバレバレやったみたいで…。俺、あいつと一緒になってから、あいつ、抱けんかった…1回も。滝さん、抱いたこともないのに、萌花に…欲情せんようになってた」
「……そんな…」
「俺、男とホテル行った」
「え……」
「勃たんかった」
「……」
見た目に滝が肩を落とす。
可愛くて…
思わずその頭に手を置き、小さい子にするようにサワサワと撫で、微笑みかけた。
滝が右手を伸ばして、篤仁の左頬に触れた。
「これ…好き」
「片笑窪?」
滝がニコッと笑ってコックリと頷いた。
「触れるって思ってへんかった」
「触って?好きなだけ。滝さんのや」
滝の目が、また、みるみる涙で膨れる。
その涙を吸い取れば、ク、フゥ…と息のような声を漏らした滝の胸が大きく上下に動く。
「キスなんかする気にもならんかった。その男に。滝さんとこに来る、ゲイの子らも、芸能人みたいに可愛いやろ?でも俺にはただの野郎や。体見たいとも触りたいとも思わんのよ、考えてみたら。ホテル行った男から、そんな嫌そうな顔すんな、って言われた。俺、嫌そう?滝さんと、こうしとう俺、嫌そうな顔してる?」
「してな…してない…ッ…してない…ぅ……でも…でも」
「でも?」
「…胸、ない…ないし、体…男やしッ……」
「もう、聞いとった?俺、滝さんだけに欲情する。それが解った。…だから、男とのセックスの連習、出来んかった…ハハ…」
滝が何度も頷く。
「正直、滝さんにおっぱいあったら、って思てた時期、あったよ?でも今はほんまに、思い出されへん。そんなもんより、俺が滝さんエロい目で見て、チンチン固くしとうんと一緒で、滝さんも勃ってる、って思ってみたら…それ…メッーチャ…やらしいやん…って。一人でシコっとって、滝さんもこれ、するんかな…って思った時、も、どうしようもなく勃ってもて、俺、その妄想で3回抜いた」
滝の顔が真っ赤だ。
だが、やはり、Tシャツの裾はしっかりと握っている。
「脱がすで?」
フルフルと首を横に振る滝。
「手ぇ、離して」
しっかりとシャツを握った滝の拳に口付ける。
そして、その手を握り、そっと…そっと…上にあげてゆく……
―かわい……やばい、泣きそう…可愛い……
泣き顔の滝の顔の下にある、真っ白な地面に控えめに咲く薄桃色の蕾。
何でこれで萎えるというのか…
「…ぁ」
吸い寄せられるようにその、尖りに口づける。
ピク、ピク…と動く滝の体。
脂肪の固まりの乳房がないだけ、敏感なのか、更に真っ赤になった滝は、への字に口を結んで、耐えるような顔。
壮絶にそそる。
滝の両手をそっと広げ、胸を大きく開く。
「あ志賀ッ…」
「大丈夫。触ってみて」
篤仁は、今、退けた滝の手を、己の完勃ちに押し当てる。
ヒ…と滝の喉がなり、クシャッと顔が歪む。
結んだ唇に軽いキスを落とすと、ふぃと滝の力が抜けた…
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