おかえりなさい、シンデレラ(改訂版)

第20章 森の奥

２

「いつか、こういう静かな所に住むのもいいよねぇ」
　ポツリとハンスはつぶやいた。
「えっ？」
　それって、どういうこと？
彼女は傍らにいる、彼を見上げる。
彼は前を向いたまま、こちらを見ない…
けれども耳まで真っ赤になって、ソッポを向いている。
「こういうきれいな泉をくんで、パンを焼いたら、
　きっと美味しいと思うんだ。
　川に足を浸したりね、洗濯をしたり、
　木の実を取って、焼き菓子を作ろう。
　きっと、楽しいぞぉ～」
明るい口調のその言葉！
（これって、もしかして、プロポーズ？）
アナスタシアは、ボンヤリとそう思う。
まさかの嬉しい不意打ちに、彼女は返す言葉が見つからない。
「素敵ねぇ～」
横を向いたまま、風を感じる…
色んなしがらみや、
お金のこと、
生活のこと、
姉さんのことなど、忘れてしまいたい！
彼女は急に、そう思う。
「お母さんが見つかったら、結婚式をしよう！
　パン屋のおかみさんになるの…いやかい・」
彼は一気にそう言うと、急に黙り込んだ。

　彼女はただ…両手で頬を包み込むと、ハンスの方を見つめる。
これは夢ではないのかしら？
本当なの？
何度もそう思っている。
　風が吹き抜ける。
光りが緑を優しく包み込む。
２人は黙り込み、前を見つめる。
前を進む馬車が、いつの間にかぐっと小さくなっていた。
「あと、どれくらい？」
ごまかすように、アナスタシアは明るい声を出す。
恥ずかしいのだ。
本当は、ドキドキしているのだ…
だけども普通を装って、いつもの声を出す。
するとハンスは、微妙な顔をするけれども、すぐにホッとしたように
顏をゆるませ
「あ、あと少しかな？」
ぎこちなく、ハンスは答えると、にっこりと微笑んだ。