王室公式のメロンクリームソーダ

佐藤たま

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 週末、今日は松永くんとふたりで新宿に出て買い物中。

 アルタで服を見たら、その後は中古レコード店に行って、松永くんが掘り出し物のレコードがないか物色するのにつきあう。

 気に入ってるスカートに合わせる上着を選ぶ。Gジャンはあるのだけれど、重くて好きじゃないので、見つかると嬉しい。
「松永くん、上の階のお店見たら終わりにするから行ってもいい?」と、言うと彼が無言でうなずいてくれたので、エスカレーターに先に乗る。

 下りのエスカレーターにいた男子2人組が、私をじっと見ていたのがわかった。
 最近は、お肌の手入れやメイクの勉強もしているせいか、少し自分に自信がもてている。
 これからは原ちゃんたちに客観的な意見も聞いて、男の子に媚びる服ではなく、自分の背のことを気にしないで、自分らしさを出せたらなと思うようにもなってきた。  
 きっとタカエちゃんのおかげだと思う。

 買い物が済み、アルタを後にして歩いていると松永くんが
「さっき、アルタのエスカレーターで
、すれ違った奴らがトウコちゃんのことをずっと見てた」

「うん?」

「めちゃくちゃタイプだ、あの子ひとりで来てるのかなって話してたんだ」

「タイプ…ね」

 タイプとは【トウコ、初カレ作るぞ計画!】で考えられた女の子のことですね?と思うと、言葉に詰まる。

「トウコちゃんがタイプなんだよ」と、少しムッとしていたが、
「俺はタイプとかじゃなくて、トウコちゃんが好きなんだ」と、松永くんが言った。

 松永くんって、私のこといつからどう思ってた?

 居酒屋で話したときが初めて会った日だよね?

 いや?違う。私はそうだけど、松永くんはもっと前から私のことを知っていたんだった。

 前さんたちを迎えにアトリエに行ってるとき、バンドの助っ人でキーボード弾きに行ったとき。

 松永くんは、なんで居酒屋で私に声をかけてきたの?

 
「聞いてる?」
「あ、ごめん。何?」

「タイプで思い出したけど俺、何か月か前にトウコちゃんのこと、渋谷で見かけた。あの時のトウコちゃん、全然違う感じの服着てたけど、あれ何で?」

「……」

 嘘?

 あの夜

 松永くんに見られてた。

「あれはバイト先の社長が、この間のスキーの時に、同じバイト仲間のタカエちゃんと私に買ってくれたんだ」

「今度バイト行くのに、一緒に着て行こうってなったんだけど…」

 声震えてる。

 やましくないのにやましい気がして目が合わせられない。

 松永くんに初めて嘘をついていたみたいな感覚…いや、最初から嘘なのか?

「変だった?」と、かろうじて返事をする。

「いや」

「声かけてくれればよかったのに」

「他に仲間がいたから」

「そうなんだ」

「あの時は…見たことのない感じの服着てるとこ初めて見たから、トウコちゃんが知らない人みたいに思えたんだ」


「……」


 会話が途切れたとき、中古レコード店に着いたので、その話はとくに続くこともなかった。

 店に入り、お互い好きなもの見るために分かれる際、

「今度は、どんなテープにしたいか言ってくれたら、そんな系統のレコードも一緒に探すよ」と、松永くんが言った。
 
 私はレコードプレーヤーを持っていなくて、アパートにはカセットデッキのみなので、音楽はラジオを流すか、松永くん特製ミックステープ頼りなのが現状だ。

「いいの? それなら、この間観たフランス映画がとかで流れてそうな、ポップな感じのシャンソン」

「ああ、トウコちゃん好きそだなって思ってた。あとは?」

「軽く聞けそうなボサノバとか、民族音楽みたいなものもいいかな」と、伝えた。

「わかった」

 本日は中々の掘り出し物があり、松永くんはご機嫌だった。
 次に会うときまでにミックステープを作ってくれると約束して、その日はそのまま新宿で解散した。

 レコードを入れたトートバッグを肩に掛け、重そうに歩く徳永くんの背中に手を振った。

「またね」

 その声は松永くんには届いていない。

 
 午後から雪が降り出していた。その日は、学食で前さんたちとお昼ご飯を食べいた。
 松永くんがちょっと離れた所から手招きをしている。
「あ、松永くんだ」
「呼んでるから行ってくる」と、最後のひと口を口に入れて、
「ごちそうさま」も半分腰を上げながら向かう。
「ごめんごめん。食べ終わってるのかと思って呼んじゃった」

「ううん、大丈夫。どうしたの?」
「ああ、今日さバイクで来ちゃったんだよ。で、バンドの練習のあと、この雪じゃバイクで帰れないから、トウコちゃんち行っていい?」

「いいんだけど、今日バイトあるから家に戻るの8時くらいになると思うよ」と、言うと

「僕もそのくらいになると思う。先に着いたら部屋入って待ってるね」

「なんか買ってく?」

「パスタある?」

「あるよ」

「じゃあ、それでいいや」
「またね」
と、美術棟へ戻っていった。

 席に戻ると、前さんが
「しかし、トウコちゃんが松永とつきあうとは思ってなかったわ」

「でも、うまくいってていいじゃん? 【トウコ、初カレ作るぞ計画!】
当初の計画的通り彼氏できたんだしね」と、原ちゃんが言う。

「実行したとたんに、くっつくから驚いちゃったよ」

「次は前さんだな」と、原ちゃんが言う。

「私はいいよ」
「だって彼氏欲しいって言ってたじゃん? 男なんてチョロいって、松永すぐ引っかかったし」

「ねぇ、それ松永のことバカにしてるみたいだからやめなよ」と、ミキちゃんが止める。

「大丈夫? トウコちゃん」
「うん、大丈夫」

「トウコちゃん、ゴメン。調子乗ったわ」と、原ちゃんが頭を下げた。


 夜、バイトから戻ると、玄関の隙間から灯りが漏れていた。

「ただいま、いい匂い」

「自分より先に誰がいて、家に帰ったときに匂いがあるのっていいね」と、言うと

 キッチンスペースで、スープパスタが出来上がっていた。もちろん、茹でたパスタにレトルトソースを和えるだけのものですが、松永くんが料理をして待っててくれるなんて奇跡だ。

「松永くんは実家住まいだから、気にならないかもしれないけど、一人暮らしだと自分が帰る前には誰の匂いもないんだよ」
「岐阜の家も母親や姉は割と早めにいなくなってたし、私が最初の匂いな事がずっとだったから」

 スープパスタをモグモグしていた松永くんは、
「忘れてた」と、ハンバーガーのテイクアウトの袋を取り出した。
 バーガーとポテトとジュースも2人で分けた。

 松永くんがバーガーで、私がポテトとジュース。

 ポテトは私と言っておきながら、横からポテトに手が伸びる。

「バーガー食べてるのにポテト取りすぎ!」

「つい、ポテトって食べだすと止まらない」と松永くんが笑った。



「さっきの話だけど、トウコちゃんのお母さんって今どこにいるの?」

「一番目のお母さんは離婚してどこかにいるんだよね?」

「そう。でも、どこにいるかはわからない。二番目のお母さんに失礼かなって思って私も探したりしてないんだ」

「亡くなった二番目のお母さんに義理立てしてるってこと?」


「義理立てってほどでもないけど…」

「会いたくないの?」

「うーん、会いたいとか会いたくないのとかじゃなくて、私の記憶にもともといなかった人だから、その発想がないんだ」

「そっか、ごめんね。変なこと聞いて」


 その夜は、狭いシングルベッドに身を寄せて眠った。
 松永くんがお母さんのことなんか、いきなり聞いてきたせいか、夢を見た。

 一番目のお母さんがいなくなったときの記憶はない。
 二番目のお母さんが来た時のことも覚えていない。

 でも、私の一番古い記憶のなかには、一階の畳の部屋でオルゴールを何度も鳴らしていたとき、横で誰かが洗濯物を畳んでいた。
 〝かわいい魚屋さん“のメロディが鳴るパンダの絵が描かれた白い木箱。
「お母さん、ありがとう」と、私はその誰かに話しかけている。
 二番目のお母さんは、可愛らしいキャラクターものを選ぶような人ではなかったから、きっとそのオルゴールは一番目のお母さんからのプレゼントだったのだろう。
 南向きの窓からさすひだまりの午後、高音のメロディが響き渡っていた。

 朝、目が覚めると私は泣いていた。
「トウコちゃん、どうしたの?」

「松永くんがお母さんの話するから、夢で見ちゃった」

「どんな夢?」

「洗濯物をたたんでいるお母さんの横でオルゴールのネジを捻ってる夢」

「本当にあったことなの」

「たぶん、そのオルゴールは持ってたから」

「悲しい記憶なのかもわからないのに変なの」そう言うと、松永くんは私の涙を拭ってくれた。




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