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好きな人の横にいたいって、私の気持ちはどうなるの?
東京に出てきたら、それだけで勝手に変われると思ってたような私だよ?
そんな私が、いきなり芸術とは、自己表現とは何かなんて考えてない。
誰かに好かれたいって思うことは、あざといのかな?
松永くんにこんなこと思ったこと一度もなかった。松永くんを好きなことを本人に否定されてもうどうしていいのかわからなくなってきた。
「私にはエスニックな恰好の子と、手を繋いで歩いてる松永くんって想像できない」
「初め会う人にこだわりを押しつけても伝わらないと思う」
「バンドだってそうなんじゃないのかな? メジャーデビューするためには、感覚をみんなに合わせたデビュー曲にするじゃない」
「最初からイキった曲でデビューするのはひとりよがりだよ」
「昔の画家の油絵だって作品を作るためにはパトロンもいて、その人たちのためにも描いてたんでしょ?」
「夢と現実はいつだって表と裏についてきちゃうんだよ」
落ち着いてなんかいられなかった。一気に思いが溢れ出てしまったから。
「何それ、トウコちゃんは俺のレベルに合わせた恰好してくれてたってわけ?」
「俺、全否定じゃん」
「オレのやってることや、トウコちゃんへの想いを自己満足って付けないでよ」
松永くんとケンカは今までもしてきたけど、今回ばかりは違うと思う。
出て行ったドアの先へ、彼を追いかけることが出来なかった。
松永くんからは連絡も来なくなった。
大学でも避けられてるのか、まったく会わない。
木曜日の昼、いつも待ち合わせに使っていた駅前の階段下で、待っていても松永くんは来なかった。
涙が溢れてきた。
家の電話は鳴らない。
テレビの音だけが部屋を埋め尽くしている。
お笑い番組で誰かがケーキを顔に投げつけられていた。
街中で大きな石を運んでいた二人組が、いきなり石を落としてしまい、すぐ隣を歩いていた女性のほうに転がる。
ビックリしてズッコケそうになった女性の後ろには看板を持ったテレビスタッフの姿がある。
「えーー? 本当の石かと思ったのに?」
ハメられた女性が悔しがっているのを、スタジオのゲストたちが笑っている。
何を見ても笑えない。
涙が止まらない。
バイト先に電話を入れ、急きょシフトを変更してもらい、いつもより多くバイトを入れた。
その日は、午後からバイトに向かう予定で、電車の座席に座り課題で使う小説を読むが、ページを押さえていた手が外れてしまい、さっきまで読んでいたページを探す。
「ワーニャがなんか言ってた所だから…どこだっけ?」
その行為を3回繰り返した後、私は諦め本を閉じて車窓を眺めることにした。
松永くんとは、今までだって色々あったけど、その都度、状況を受け入れてきたし、不満もなかった。
イジワルな天使が、私の人生を上から見ていてちょっかい出してきたみたいな感じ、
『なんでこんなことに感』が、とにかく強かった。
私の人生ではちょいちょい事件が起きていたけれど、何があっても置かれた状況に身をまかせ、その状況に対応して生きてきたつもりだ。
自分が当事者ではない出来事にあまり深く考えて生きてこなかっただけだ。
でも、今回は違う。めちゃくちゃ当事者だ。
「どうしたの? 珍しくぼーっとしてるけど? 何かあった?」と、主に私がサポートに入っている社員さんの吉沢さんが、聞いてきた。
「すみません! 次何しますか?」
「ああ、この企画の記事ざっと作ってもらおうか? 完璧に作り上げないで、素案出来たら先に見せてもらえる?」
「はい」と、うなずく私に吉沢さんは
「バイト上がったら飲み行こうか? 社長とかも誘ってみんなで」と、声をかけてきた。
「そうそう、トウコちゃん、今日なんか変だよね? さっきなんかトイレのスリッパのまま履き替えずに戻ってきてたし」
ハルオくんにまで、おかしいって思わせてるのか? しっかりしないと!
「社長ー、今日奢ってくださいー。トウコちゃん失恋したみたいだから、慰めてあげる会です!」
「なんで俺の奢りなんだよ。てか、トウコちゃん、彼氏に振られたん?」
「まだ決まってません!」
社内の人たちの目が、残念ものを見る目に変わった。
「やっぱり振られたんだな。よし、俺が本当に美味しい店連れて行ってやる」
「みんな、今日は定時で上がるよー。頑張って!」
吉沢さんは私の肩をポンポンと叩き、愚痴聞いてあげるねと笑った。
出先から戻れなかった人たちを除いて、社内にいたメンバーは、定時より少し過ぎてしまったが、何とか退社することができた。
タクシーで連れてこられた場所は神楽坂だった。
前に松永くんと路地写真を撮りに来たことがある。
路地を入っていくと、一見お店が普通の家かわからないお店の引戸を開ける。
すると、一転してお店の賑わいが聞こえてくる。
今回、私たちはその賑わいを通りすぎてお座敷に案内された。
廊下で社長が適当に女将に指示をしているのが聞こえる。
程なくして、出てきた小鉢はあっという間にテーブルを埋め尽くした。
「ビールの人何人? 日本酒の人は何にしますか? トウコちゃんは烏龍茶でいいのかな?」
飲み物を各自決めたところで
「まずは食べよう」
社長の号令とともに小鉢に群がった。
「みんな、飢えてるなぁ」
「これ、めちゃくちゃ美味しいですね。どれも食べたことない料理ばかりです」
「よかったよかった。トウコちゃんが元気になるなら、おじさんはそれで嬉しいよ」
「やめてくださいよ? まだ振られたわけじゃないですから」
「じゃあなんで、そんな浮かない顔してるんだよ? 鈍感大魔神ハルオにまで気を遣われる始末だし」
「うっ……なんかすみません。連絡が取れなくなっただけで…」
「それって自然消滅? 彼氏感じ悪いわね」
「いや、怒らせたの私ですから」
「恋愛の大先輩に話してごらん」
社長は食べていたウドの酢味噌和えを置いて、こちらに向き直った。
順を追って話し始める。社長とハルオが話を聞いているか、他の人たちは聞いてるのか聞いてないのかわからないが、楽しそうに飲んでいる。
「私、ずっと田舎なんか大嫌いで、高校を卒業したら東京に行くんだと決めてました」
「高校でも田舎の男子なんかダサくて、つきあえないくらい思ってて…。でも、それって言い訳にすぎなくて、単に私がモテなかっただけなんです」
「みんなとは違うような恰好をして、田舎じゃちょっと変わった娘と思われてたかもしれない。そんなんで高校卒業するまで誰かとつきあったことなかったんです」
「そんなふうに見えないけど? アナーキーさ微塵もないよ」
「それは…人に言われて変えたせいです」
「つきあいたい男子が、どんな恰好の女子が好きかどうかはわからないけど、自己主張強い服装より、可愛い見た目でいて、実は中身はこんな子でしたのほうがいいんじゃないかって?」
「まぁ、それは一理あるね。ギャップ萌え? 最初から奇抜な恰好されるとぶっ飛んだ子なのかなとかは思うよね」
「私、彼がなんで好きなものを着ないの? 自分で自分を偽ったら誰を信じるんだよ? って言われたからつい、彼に言っちゃったんです」
「周りの要求するもの描かないとそれは自己満足だって」
「彼、油絵だっけ? まぁ、一緒にいたって食ってけないわな。実家がそこそこ金持ちで不労所得があるんだろうけど、トウコちゃんに自己満足と言われても仕方ないかなー、大人のおじさんとしてはね」
日本酒を飲んでいる手を止めて、社長はこちらを向いた。
「でも、男としては言ってほしくない言葉だな」
東京に出てきたら、それだけで勝手に変われると思ってたような私だよ?
そんな私が、いきなり芸術とは、自己表現とは何かなんて考えてない。
誰かに好かれたいって思うことは、あざといのかな?
松永くんにこんなこと思ったこと一度もなかった。松永くんを好きなことを本人に否定されてもうどうしていいのかわからなくなってきた。
「私にはエスニックな恰好の子と、手を繋いで歩いてる松永くんって想像できない」
「初め会う人にこだわりを押しつけても伝わらないと思う」
「バンドだってそうなんじゃないのかな? メジャーデビューするためには、感覚をみんなに合わせたデビュー曲にするじゃない」
「最初からイキった曲でデビューするのはひとりよがりだよ」
「昔の画家の油絵だって作品を作るためにはパトロンもいて、その人たちのためにも描いてたんでしょ?」
「夢と現実はいつだって表と裏についてきちゃうんだよ」
落ち着いてなんかいられなかった。一気に思いが溢れ出てしまったから。
「何それ、トウコちゃんは俺のレベルに合わせた恰好してくれてたってわけ?」
「俺、全否定じゃん」
「オレのやってることや、トウコちゃんへの想いを自己満足って付けないでよ」
松永くんとケンカは今までもしてきたけど、今回ばかりは違うと思う。
出て行ったドアの先へ、彼を追いかけることが出来なかった。
松永くんからは連絡も来なくなった。
大学でも避けられてるのか、まったく会わない。
木曜日の昼、いつも待ち合わせに使っていた駅前の階段下で、待っていても松永くんは来なかった。
涙が溢れてきた。
家の電話は鳴らない。
テレビの音だけが部屋を埋め尽くしている。
お笑い番組で誰かがケーキを顔に投げつけられていた。
街中で大きな石を運んでいた二人組が、いきなり石を落としてしまい、すぐ隣を歩いていた女性のほうに転がる。
ビックリしてズッコケそうになった女性の後ろには看板を持ったテレビスタッフの姿がある。
「えーー? 本当の石かと思ったのに?」
ハメられた女性が悔しがっているのを、スタジオのゲストたちが笑っている。
何を見ても笑えない。
涙が止まらない。
バイト先に電話を入れ、急きょシフトを変更してもらい、いつもより多くバイトを入れた。
その日は、午後からバイトに向かう予定で、電車の座席に座り課題で使う小説を読むが、ページを押さえていた手が外れてしまい、さっきまで読んでいたページを探す。
「ワーニャがなんか言ってた所だから…どこだっけ?」
その行為を3回繰り返した後、私は諦め本を閉じて車窓を眺めることにした。
松永くんとは、今までだって色々あったけど、その都度、状況を受け入れてきたし、不満もなかった。
イジワルな天使が、私の人生を上から見ていてちょっかい出してきたみたいな感じ、
『なんでこんなことに感』が、とにかく強かった。
私の人生ではちょいちょい事件が起きていたけれど、何があっても置かれた状況に身をまかせ、その状況に対応して生きてきたつもりだ。
自分が当事者ではない出来事にあまり深く考えて生きてこなかっただけだ。
でも、今回は違う。めちゃくちゃ当事者だ。
「どうしたの? 珍しくぼーっとしてるけど? 何かあった?」と、主に私がサポートに入っている社員さんの吉沢さんが、聞いてきた。
「すみません! 次何しますか?」
「ああ、この企画の記事ざっと作ってもらおうか? 完璧に作り上げないで、素案出来たら先に見せてもらえる?」
「はい」と、うなずく私に吉沢さんは
「バイト上がったら飲み行こうか? 社長とかも誘ってみんなで」と、声をかけてきた。
「そうそう、トウコちゃん、今日なんか変だよね? さっきなんかトイレのスリッパのまま履き替えずに戻ってきてたし」
ハルオくんにまで、おかしいって思わせてるのか? しっかりしないと!
「社長ー、今日奢ってくださいー。トウコちゃん失恋したみたいだから、慰めてあげる会です!」
「なんで俺の奢りなんだよ。てか、トウコちゃん、彼氏に振られたん?」
「まだ決まってません!」
社内の人たちの目が、残念ものを見る目に変わった。
「やっぱり振られたんだな。よし、俺が本当に美味しい店連れて行ってやる」
「みんな、今日は定時で上がるよー。頑張って!」
吉沢さんは私の肩をポンポンと叩き、愚痴聞いてあげるねと笑った。
出先から戻れなかった人たちを除いて、社内にいたメンバーは、定時より少し過ぎてしまったが、何とか退社することができた。
タクシーで連れてこられた場所は神楽坂だった。
前に松永くんと路地写真を撮りに来たことがある。
路地を入っていくと、一見お店が普通の家かわからないお店の引戸を開ける。
すると、一転してお店の賑わいが聞こえてくる。
今回、私たちはその賑わいを通りすぎてお座敷に案内された。
廊下で社長が適当に女将に指示をしているのが聞こえる。
程なくして、出てきた小鉢はあっという間にテーブルを埋め尽くした。
「ビールの人何人? 日本酒の人は何にしますか? トウコちゃんは烏龍茶でいいのかな?」
飲み物を各自決めたところで
「まずは食べよう」
社長の号令とともに小鉢に群がった。
「みんな、飢えてるなぁ」
「これ、めちゃくちゃ美味しいですね。どれも食べたことない料理ばかりです」
「よかったよかった。トウコちゃんが元気になるなら、おじさんはそれで嬉しいよ」
「やめてくださいよ? まだ振られたわけじゃないですから」
「じゃあなんで、そんな浮かない顔してるんだよ? 鈍感大魔神ハルオにまで気を遣われる始末だし」
「うっ……なんかすみません。連絡が取れなくなっただけで…」
「それって自然消滅? 彼氏感じ悪いわね」
「いや、怒らせたの私ですから」
「恋愛の大先輩に話してごらん」
社長は食べていたウドの酢味噌和えを置いて、こちらに向き直った。
順を追って話し始める。社長とハルオが話を聞いているか、他の人たちは聞いてるのか聞いてないのかわからないが、楽しそうに飲んでいる。
「私、ずっと田舎なんか大嫌いで、高校を卒業したら東京に行くんだと決めてました」
「高校でも田舎の男子なんかダサくて、つきあえないくらい思ってて…。でも、それって言い訳にすぎなくて、単に私がモテなかっただけなんです」
「みんなとは違うような恰好をして、田舎じゃちょっと変わった娘と思われてたかもしれない。そんなんで高校卒業するまで誰かとつきあったことなかったんです」
「そんなふうに見えないけど? アナーキーさ微塵もないよ」
「それは…人に言われて変えたせいです」
「つきあいたい男子が、どんな恰好の女子が好きかどうかはわからないけど、自己主張強い服装より、可愛い見た目でいて、実は中身はこんな子でしたのほうがいいんじゃないかって?」
「まぁ、それは一理あるね。ギャップ萌え? 最初から奇抜な恰好されるとぶっ飛んだ子なのかなとかは思うよね」
「私、彼がなんで好きなものを着ないの? 自分で自分を偽ったら誰を信じるんだよ? って言われたからつい、彼に言っちゃったんです」
「周りの要求するもの描かないとそれは自己満足だって」
「彼、油絵だっけ? まぁ、一緒にいたって食ってけないわな。実家がそこそこ金持ちで不労所得があるんだろうけど、トウコちゃんに自己満足と言われても仕方ないかなー、大人のおじさんとしてはね」
日本酒を飲んでいる手を止めて、社長はこちらを向いた。
「でも、男としては言ってほしくない言葉だな」
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