王室公式のメロンクリームソーダ

佐藤たま

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 松永くんは、コーヒーには口をつけない。
 
 マグカップを手で包んだまま話し始めた。

「トウコちゃんが、俺とつきあう前に彼氏を作れるかどうかの賭けしてたって本当?」

「賭け?」
「男ウケいいようにキャラ変えて、服も変えて、そしたら、うまい具合にまんまとオレが引っかかったんだろ?」

 そんな話は出たけど、賭けなんてしてない。
 どこからどうそんな話になったんだろう。

 でも、松永くんが言っているのは、たぶん【トウコ、初カレ作るぞ計画!】のことだろう。

「今、バンドの練習終わって、居酒屋でミーティングしてたら、そんな話があがって…」

       ✳︎

「全員ビールでいいか?」
 
 店はまだそんなに遅くないのに結構繁盛している。ガヤガヤとうるさい雑音のなか、ボーカル担当の坂井田がよく響く声で
「すいません、とりあえずビール5」
 
 遠くにいた店員さんが、こちらを見てOKと合図した。

 程なくして届いたビールを受け取り、やきとり、唐揚げ、ほっけ焼き、肉豆腐などと安くてボリュームのあるものを選んで注文する。

「内藤、今日どうしたの?」
「どうもしてねぇし」
「なんか、調子悪かったからなんかあったのかなぁって思って…」

「コイツ、ミカちゃんと別れたらしいよ」

「え? だから今日調子悪かったんだ?  まだ、つきあいだしてそんなに経ってなくないか?」
「よくそんなに次々とつきあっては、別れられるな」

「彼女の何がそんなに気に入らないんだよ?」

「思ってたのと違った。ミカちゃんって
、もっとお淑やかかと思ってた。結構主義、主張、激しくて…。性格の不一致?」

「松永はトウコちゃんと、喧嘩したりしないの?」

「小さい喧嘩はしょっちゅうするけど、別れちゃうような、危機的状況は今までないなぁ」

「まじか、うらやましい」
「ほんと、トウコちゃん可愛いしな」と、坂井田が言うと、内藤は

「松永は噂知らないで能天気もいいとこだな」と、言った。

「噂ってなんだよ? おまえ何言ってんだよ?」

 テーブルが気まずい雰囲気に一気になった。言い出した内藤も、目を合わせない。
 先輩が渋々、
「内藤から聞いた話だと、トウコちゃんが松永とつきあう前に、キャラ変したら、彼氏を作れるかどうかの賭けしてたらしいって」

「男ウケいいようにキャラ変えて、服も変えたら、松永がまんまと引っかかったって、男はチョロいなーって、原ちゃんが話してるの聞いたんだって」

「何それ?」

「女子たちのゲームだって話さ」

       ✳︎

「知らないのは俺と坂井田だけだった」

「坂井田は俺と仲がいいから聞かされてなかった。俺たちだけ何も知らず、誰からも聞かされず、本当のトウコちゃんを知らない俺だけが、ずっとトウコちゃんを大切にしていた」

「ほんとにそんなことしてたのか、聞きたくて今日は来たんだ」


 水のなかに沈んでるのか浮いてるのか、夜闇のなかを手探りで前に進んでいるのか、歩いても歩いても同じ場所に戻ってきてしまうような不安定な場所に立たされているような感覚だった。

 こちらを見据えてくる松永の目が、今まで見たこともない表情で、彼を怒らすとこうなるんだなって初めて知った。

 基本優しい彼をこんな顔にさせているのは自分なのもわかっている。

 水で濡れてしまった本が、そのまま乾いてしまったあと、くっついたページをそっと剥がすときのような慎重さで、話しはじめる。

 ドクンドクンと自分の胸の音が頭に響いてくる。

 落ち着け私。


「私、松永くんのことを好きだよ。これは本当のこと、これから話す事は本当のことしか話さない」

「私は賭け、なんかしてない」

「じゃあなんでそんな噂が立ったの? キャラ変ってなんのこと?」

「彼氏を作りたかったっていうのは本当」

「おしゃれってなんだろうって思ったとき、男の子が見てかわいいって言ってくれる服や髪型やメイクが、正しいおしゃれなんじゃないかなって」

「岐阜にいた頃、自分が好きな恰好をしていたけれど、男の子は誰も私を見てくれなかったの」

「自分が好きな恰好って、単なる自己満足に過ぎないんじゃないかって」

「洋服を買いにみんなで出かけたとき、彼氏が欲しいなら、どんな恰好したらいいかって話が出て…」


「俺はたぶんだけど、そんなことする前から、トウコちゃんに気がついていたと思う」

「前さんたちを迎えに来てた頃から、俺のほうはずっとトウコちゃんのこと気にしてたから」

「俺はまんまのトウコちゃんを、見つけていたよ?」

「田舎で背が高い女の子がどんな目に遭うか知らないくせに」

「私が背が高いせいで、男子にどんなこと言われてきたかも知らないくせに」

       ✳︎

 中学2年の放課後、下駄箱に向かうと男子が何人か先に歩いているのが見えた。

「なぁ、あれコンバースのローカットだ」
「誰のだろ? いいな俺も欲しい」
「ここのスペース女子じゃね?」
「そうか? この靴デカいぞ? 下駄箱からはみ出ててるし?」
「女じゃねーな」と、ゲハゲハと笑う声が聞こえた。

 靴のサイズが25センチの中学2年女子が、恋愛出来るわけがない。

 私は田舎の男子なんか、私に似合わないと自分に言い聞かせて、男の子をシャットアウトした。

       ✳︎

 一年の時、ラフォーレで買い物中に、洋服選びに迷っていたら、みんなに着たい服、似合う服、その時着なくちゃいけない服があるのに、トウコちゃんは、何も考えてないと言われたんだ。

 着たい服が似合う服とは違う。

 自分が他人にどう見られたいのか?

 どんな自分になりたいのかで、服選びをしないといけないって言われたんだ。


「トウコちゃんはなんて答えたの?」と、松永くんが言った。

「彼氏が欲しい」
「私を誰かが傷つけない服にしたいって」

「そうしたら、みんなが考えてくれたんだ」

「背が高さを活かすのかどうか?」
「意気地なしな性格に合わせて可愛い服にするのか?」
「彼氏が欲しいなら、こっちに来て少しハマってるエスニックは封印したほうがいい」

「それで、今の見た目にしたってことか」

「この服だって本当は、他の人に受け入れてもらえるのか、もの凄く不安だった」

「背が高いのに可愛い服なんて似合うのかって」

「でも、みんなが色々相談に乗ってくれて洋服買って、メイクも習って」

「でも、松永くんがまんまと引っかかったなんて思ってなかった」

「トウコちゃんが、オレのこと好きでいてくれてるのは知ってる。オレもトウコちゃんのことめちゃくちゃ好きだ」

「でも、渋谷で見かけたトウコちゃんは俺の知らないトウコちゃんで…」

「俺にはあのトウコちゃんが、ありのままのトウコちゃんに見えた」

「俺といるトウコちゃんは誰?」


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