王室公式のメロンクリームソーダ

佐藤たま

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 レース当日 もう季節は夏から秋へ移り変わろうとしていた。会場に生えている木の葉も色づき始めていた。

 空は高く絶好のレース日和。

 私たちは、男女混合チームのレースにエントリーしている。
 タイムテーブルを見ると午後イチのレースだ。

「みんな,朝ごはんはしっかり食べて、レース前に昼食はとらないようにね。レース中に消化活動すると集中力が欠けるから」
 蒲田くんがみんなに口早に伝える。少しピリッとした緊張感が走る。

 私と言えば、ちゃんと走れるのかもわからないのに、なぜだかあまり緊張していない。

 今、走ってる人たちがやたら楽しそうだからかも知れない。コースのあちこちで、「きゃー」やら、「ぎゃー」やらが聞こえてくるけど、みんな笑っている。

 お昼前の練習走行では、みんな全力で走った。
 レースの前に一回疲れ切っておくと、本番で身体が軽くなるから、練習走行は本番のつもりで走ってきてみてと、疋田くんに言われたからだ。

「急がなくていい、しっかり目で浮き石を踏まないように走るラインを選んぶべし」

「崖や穴は見たら落ちるから見ない」

「前の人があまり上手くなさそうなら、転ぶかもしれないから別のラインから抜くべし」

 練習のとき、何度も言われた言葉を反芻しながら、進む。


 練習場よりコースは荒れているので
思った通りに進まないが,転ぶことはなかった。
 でも、中には感じの悪い選手もいて、
「のろのろしてると轢くぞ」とか、
「噂じゃダークホースとか言われてたチームにこんなのいるのか? 楽勝じゃん」などと言ってきた。

 一度戻ってきた私に疋田くんが手招きをする。

「何、怒ってるんだ?」
 私がプンスコしているのに気づき、疋田くんが尋ねてきた。
「のろいとか楽勝じゃんとか言われた…」

「本当のことだから仕方ないな~」
 疋田くんは笑ってる。

「そんなことより、スタートの練習もしておこう。今日はローリングスタートじゃなくてみんな横並びでスタートするからね」

「ローリング…スタート?」

「ローリングスタートは追い越し禁止で一周みんなでゆっくり走ったら、そのまま止まることなくレースが始まるスタート方式だよ」

「今日やるのは、普通にみんな並んでよーいドン。でも正直、スタートを成功させちゃうとその後の技術が伴わないから、今日は最初のグループのあとくらい、真ん中の順位くらいをイメージしてスタートしていこう」

「そんなうまくいきますかね?」
「いや、最後尾だと抜くのも大変だし、前で転んだ奴らをいちいち避けて走らないといけないから、あんまり後ろすぎるのもリスクがあるんだよ」

「なるほど、やれるだけはやってみます」

「マキコ、おまえも一緒に練習しておいたらいいよ」
疋田くんがマキコさんを呼び、私たちはスタートラインについた。

 クラッチを握る。ギアは1速。右手のアクセルは全開。

 体を前傾の姿勢にして、前輪タイヤが浮かないよう注意する。
 クラッチレバーを離していけば、ギアが繋がる…はずがなんだかうまくいかない。
 失速してしまったり、スピードが出過ぎて体がおいていかれたりする。

 マキコさんはスムーズにスタートを決めているが、疋田くんが細かい修正を伝えている。
 私とはさすがに違う。
 スタートラインに戻ってきて首を傾げていると、疋田くんが言った。
「タヌキキツツキキリギリス」
「はい!」と、手でどうぞと私に促す。
「タヌキ、キツツキ…」
「キリギリス」と、疋田くんが続ける。

「タヌキキツツキキリギリス」
 私が復唱する。マキコさんはクスクス笑っている。

「なんなんですか、これ?」

「ボードに15秒前って出たら、タヌキキツツキキリギリスって言ってすぐにクラッチレバー離してごらん」

 車の後ろをガサゴソしていたかと思うと、疋田くんはホワイトボードを出してきて、15秒前と書いて私たちの前方に立った。

 エンジンをかけた私は、クラッチレバーを握り、アクセルを開け、ギアを落とす。

疋田くんが15秒前のホワイトボードを出す。

「タヌキキツツキキリギリス」
 私はクラッチレバーをポンと離し、アクセルを開けた。 


 午後の最終レース。

 レース15分前
 私は一番手だから必ず完走することを目指す。
 みんなが見守るなか、他の人のダッシュに圧倒されると嫌なので、端のほうを選ぶ。

 すると、さっき悪口を言ってきた優勝候補のチームの選手とサポートのメンバーがやってきて、話している内容が聞こえてくる。
「隣が遅い選手だとスタートダッシュで遅れるから2台分のスペースが確保できる。ここだな」

 私のことですかー? 確かに最初に飛び出さない予定ではありますが…そんなこと思われてるなんてーー!

 午前中のレースは比較的、お遊び感があったのに?? 本気モード半端ない。

 今さらですが、場違いな所にいる自分を知り、怖じ気づいている私のリアクションを脇で見ているメンバーが、声援を送っている。

 そうこうしているうちに、15秒前のホワイトボードを持ったスタッフが前に立つ。
「ええい!」

「タヌキキツツキキリギリスーーー」

 砂煙を立てながら、発進する。
 我にかえると驚いたことに、スタートの順位は真ん中くらいだった。
 そのあとのことは殆ど覚えていない。
 3周、走りきって戻ってきてもバイクにまたがったまま、降りることすら出来ない私のみんながヘルメットを取ってくれた。

 「トウコちゃん、すごいよ。よくがんばった。転んでる子いても、慌てずすり抜けてったのは、偉すぎる」
 蒲田くんが興奮気味に言う。
「教え方がいいもので」
 疋田くんが笑っている。マキコさんも後ろで笑っている。
 よかった…。

 レースは続き、みんなは順位をひとつずつ上げていってくれていた。
 そして、最後の交代で疋田くんがバイクに乗ってみんなに何か言っている。
「…みんなで一番上に乗ろう」

 現在3位、2位との差はほとんどない。
 疋田くんは余裕の走りで、2位を抜き去っていった。
 観客の中から声がした。
「本物が交じってる。あれすごいな。奥に観に行こう」

 他の人から見ても疋田くんは、すごいのか…。
 しかし、前情報だと1位を独走しているチームは、このレースの常連で優勝候補と言われていた大学だそうだ。

 1周目戻ってきたとき、疋田くんは1位の背中が見えるか見えないかの位置にいた。
 1位の選手はチームの人に何か言われたのか、振り向いて疋田くんを確認していた。
 私たちの前を駆け抜けていく彼は、一切スピードを落とすことはなかったが、ヘルメットのなかの彼は笑っているように見えた。

 次の周にはしっかりと前の彼を捉えていた疋田くんと、意地で前に行かせない1位の選手の攻防が続いていた。

「スゴっ、疋田カッコいいね。うちら勝っちゃうかもよ?」
 マキコちゃんが横に来た。

「トウコちゃんも特訓に耐えて、すごく上達してたしね。普通の子なら泣き出してやめちゃうよ」

「疋田はたぶん、抜くよ。アイツのことだからさ、トウコちゃんにこの夏まるまる頑張らせておいて2位なんかじゃ、申し訳立たないと思ってるはず」

「私はバイクに乗ったことで、自分が変われた気がするので、そんなこと思ってもらわなくても大丈夫です」

「最初はなんでこんなことになっちゃったんだろう?って、自分の流され性格のこと恨んだけど、今は流されてもそこでどう動くかが大事なんだなと思うようになりました」

「あと、この間、松永くんを見かけました。どこかに旅行に出かけるところだったのかもしれないです」

「え? 声かけなかったの?」

「電車の中から見かけただけなので」

「バイトしていたのはそのためだったのかな?」

「たぶんそうだと思います。」

「何か迷ったり、考えたりしてるんだろうね。彼もトウコちゃんも、どんな人生になっても自分の決めたらいいね」

「はい」

「私、松永くんが戻ってきたら、きちんと話してみます。それでもダメなら仕方ないです」

「そっかぁ、トウコちゃんが勇気出して決断してるのに、私が意気地なしでいたらダメよね」

「疋田はトウコちゃんがいいんだろうけど、私も気長にアタックし続けてみることにする」
 
 マキコさんは疋田くんが好きなのか? 全然気づかなかった。

「あの、私自分のことばかり考えてて、その…ごめんなさい」

「なんで謝るのよ。これは私の問題よ。気にしないで」

 そんなことを話しているうちに、トップ集団が戻ってきた。ホワイトボードには最初ラップの文字が書かれてある。
 泣いても笑ってもラスト一周だ。

 人がゴール前に集まってくる。
 私たちは祈る気持ちで、戻ってくるのを待つ。
 

 
 



 
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